2026年10月12日月曜日

テクストと装訂 



 11月14日に、ロシア文学研究者の斉藤毅さんの著書『石原吉郎の詩の構造』(法政大学出版局)をめぐるトークが開催されます。斉藤毅さんと、編集の赤羽健さんと話しますので、よろしくお願いします。刊行から一年たって、あらためて、装訂した本とテクストに、このようなかたちでむきあえることは、とても、うれしいことです。ありがとうございます。口べたなので、何が話せるのかわからなくて不安ですが、斉藤さんにお目にかかれるのはたのしみですし、赤羽さんがいらっしゃるのでだいじょうぶ、と思っています。


〈テクストと装訂 『石原吉郎の詩の構造』をめぐる対話〉

斉藤毅 山元伸子 司会進行:赤羽健

日時:11月14日(土)19時—20時30分
料金:2000円
人数:18名
場所:詩をはじめる本屋 蒼枯
〒164-0003 東京都中野区東中野1-56-5ホシノビル2階

詳細・お申し込みは、こちら

2026年10月9日金曜日

マルケの海


 アルベール・マルケの絵をみていると、ゆっくりと、何かが、やってきた。ほんのりと、ものがあたたまるように、しあわせな気持ちになっていった。風景を、愛したひとの幸福。晴れの日も、曇りの日も、霧の日も、雪の日も。天気によって色合いが変わる景色に、目をみはり、その変化のすべてをいつくしむ、熱っぽいまなざしを感じた。じぶんが消えてしまっても、まだ、みている。そう思った。

 マルケの描いた水をみていると、色がたゆたいながら深まっていくようで、あまく不安な気持ちになった。夢幻的な水色に、身も心もひたされていき、あしもとがゆらぎだす。はるかなものがおしよせる。ああ、ずっと、海がみたかった、のかもしれないと、思う。海をみにいったら、きっと、マルケの海が、むしょうに恋しくなるだろう。

2026年10月4日日曜日

拾い読み日記 382


  彼女にとってだいじだったのは、人生に自分をむきだしに曝すこと、そうすることで、「傘なしに悪天候のなかにいるように」、人生がじかに彼女に降りかかるようにすることだった(「なにをしています? なんにも。生をわたしに雨と降りそそがせているのです」)。(ハンナ・アーレント『ラーエル・ファルンハーゲン』)

 生は、わたしにじかに降りそそいでいるだろうか。「生」を「人生」に変えて問うてみると、そのこたえは異なる気がしたが、どこがどうちがうのか。うまくいえないからこそ、そのちがいは、だいじなことのように思える。

 朝、光るうろこ雲をみた。真珠の飾りがついた毛布のような、きよらかさとやわらかさのある雲で、窓から、ベランダから、何度もみた。ひかりがおだやかに降りそそぐ。雲をみているひとにも、みていないひとにも。


2026年10月3日土曜日

『首都』の装訂について



 9月に刊行されたローベルト・メナッセの小説『首都』(福間具子訳、法政大学出版局刊)の装訂についてのエッセイを、法政大学出版局のnoteに書きました。 


2026年9月30日水曜日

拾い読み日記 381


 夜、水中書店に寄ってみると、常連とおぼしき若い男性とMが話していた。雨の古本屋はしずかで、ほんとうに水のなかにいるみたいに、べつの世界に来た感じがした。ふたりの声がやわらかくくぐもって響いている。ひとの多い殺風景なところから帰ってきたので、その空間に身を置いていることが、心地よかった。若いひとは、ゆったりとおだやかな、品のある話し方をした。こういう声をひさしぶりに聞いた、と思った。しずかな音を奏でているような声。いったいどういうひとなのだろう? こんなふうに他人に興味を持つのはわるい癖で、むかし店番をしていたときも、あまりお客さんの顔をみないように、と注意されたことがある。しかし、興味をおさえきれず、気づかれないように、横顔をぬすみみた。

 リディア・デイヴィスの話になったとき、ちょうどかばんに『ほとんど記憶のない女』が入っていたから、ふたりの会話に割ってはいってしまいたい気持ちに、一瞬なったけれど(「偶然ですね!」)、戸惑われるだけだろうから、やめておいた。

 もし私が私でなく下の階の住人で、私と彼が話している声を下から聞いたなら、きっとこう思うことだろう、ああ私が彼女でなくてよかった、彼女みたいな話し方で、彼女みたいな声で、彼女みたいな意見を言うなんて。(リディア・デイヴィス「下の階から」)

 今朝、昨日のかばんを整理していたら本が出てきたので、すこしだけ読んだ。診察の待ち時間に読もうと思って持っていったのに、まったく読まなかった。短い話なら読む気になるかと思ったのに、触れもしなかった。

2026年9月23日水曜日

拾い読み日記 380


 また、本をつくっている。かつて書いた文を読みかえす。切りとる。ハコにうつす。だんだん、めまいがしてくる。「わたし」が「わたし」を追いかけてつかまえるみたいなことか、と思いいたる。「わたし」を追う「わたし」を追いかけようとする「わたし」もあらわれ、複数の「わたし」がぐるぐるまわり、いつまでも「わたし」たちは追い追われ、いまどの「わたし」が「わたし」であるのか、わからなくなってめまいがする。みんなよろよろしはじめる。それは、自作自演のゾンビ映画のようなものなのか。

 めまいがして本が読めないが、棚から出してあったクルト・シュヴィッタース展の図録をなんとなく開いて作品をじっとみていたら、目がよろこぶ感じがあった。目だけではない、お腹の奥のほうからうれしくなる感じ。

 「戦争は終わったが,  世界は瓦礫の廃墟となった.  私はその断片を集め,  新しい世界をつくりだしたい.」*   どのような状況にあっても自分のやりかたで自分の作りたいものを作りつづけたシュヴィッタース。芸術のための芸術を志向し「政治嫌い」だった彼の著書は皮肉にも焚書で焼かれ、ライフワークだった「メルツ建築」も空襲で破壊されたという。さまざまな不運や事故や病気に屈せず、最後まで力を振り絞って制作を続けたと息子のエルンスト・シュヴィッタースは書いている。

 「芸術は不思議なものだ.  それは芸術家を完全に使い果たしてしまう.」というクルト・シュヴィッタースの言葉が、胸にしみついた。「芸術」をほかの営為に置き換えることも可能だろう。このような境地にいたることができるかどうかはわからない。だいじなことは、「それ」を不思議なものだと思いつづけることと、衝きうごかされつづけることではないだろうか。


*「クルト・シュヴィッタース——メルツの父、わが父」エルンスト・シュヴィッタース(『シュヴィッタース展図録』西武美術館、1983)

2026年9月16日水曜日

拾い読み日記 379


  午前中、雨が降って空もくらいのに、プールで男の子たちがさわいでいた。ひと夏はたらいた憂さ晴らしだろうけれど、きっと寒いだろうなあと心配になる。たのしそうな声が上がるたびに、しんじがたくて、窓から、ベランダから、見つめていた。

 自分の書くテクストは私にとって欲望の対象なのです。そのテクストと私のあいだには昼と夜とを問わず絶えざる交流があるのです。それが紙のうえで生じるかどうかは重要ではありません。ある意味で私は四六時中そのテクストとともに生きているのです。(エレーヌ・シクスー)*

 つよく惹かれて、そのことがあたまから離れないとき、書くことによってそれを振りはらおうとしてきた。書きたいと思う対象に「憑かれる」ことは、恋することに似ている。あるいは、「恋するように愛してしまうこと」。そして、書く/書いている言葉もまた、欲望の対象になる。情熱をうしなうくらいなら、書き終えないほうがいいとも思う。いつまでも途上にいること。

 ミランダ・ジュライ『はいつくばって』を読み始める。しょっぱなからはげしい欲望と妄想の渦に巻き込まれていく。彼女のことが、どうにも気になる。まるで恋のように? いったい、どうなってしまうのか。


*ジャン゠ルイ・ド・ランビュール編『作家の仕事部屋』(岩崎力訳、中公文庫)

2026年9月7日月曜日

ながい一日


 昨日の朝、衰弱した蟬が、6本の細いあしをゆっくりゆっくりうごかして、すこしずつ前にすすんでいるようすを、しゃがんで見ていた。せつないものを感じたが、すぐには目をそらすことができない。おわりにむかういきものの、おごそかさと繊細さとつよさが、そこにはあった。

 手塚治虫『ながい窖』を再読する。最後まで読む。主人公の叫びが胸にひびいてなかなか消えない。「わしは朝鮮人だ!  それがなぜわるい!!」。卑劣な差別主義者に激昂して、(ようやく)声を上げる彼。この声を、ながい窖からの脱出、とする読みかたもある。わたしも、そう読みたい気持ちがある。彼の言葉は、目の前の他者だけでなく、彼自身にも届いて、日本人として生きてきた彼のアイデンティティは、これからますますゆらいでいくことになるのだろう。部屋に掛かる額のガラスに、反転した彼がうつっている。オープンエンディング、と林晟一さんがいっていたが、このように終わるからこそ、読者ひとりひとりのなかで、それぞれのかたちで、物語はつづいていく。みずからのアイデンティティに悩みくるしむすべての人への、はげましにもなりうる。じぶんはじぶんでいい、ゆらいでいてもいい、それがなぜわるいことがあるだろう。

 「他人をもっともよく感動させるものは、他人に対するみずからの真摯な関心であると信じてきた」(エドワード・ヤン)*という言葉に、はっとした。いや、ひやっとした。水を浴びせられたみたいに。

 朝から夜中まで気をもむできごとがたくさんあって、昨日は、一日が、とてもながかった。心配して、よく眠れなかった。睡眠不足の今朝、ごみを捨てに外にでたら、まだ同じところに昨日の蟬がいた。じっとしている。思いきって、土のあるところにうつしてみたら、そこでやすめばいいのに、またゆっくり歩き出そうとする。細いあしで地面をつかんで、じぶんのちからで、じぶんのリズムで、どこかへ向かおうとしている。みずからにもわからないどこかへ。


*手塚治虫『ながい窖』(法政大学出版局)p.85

2026年9月5日土曜日

拾い読み日記 378


 エクリチュールとは、我々の主体が逃げ去ってしまう、あの中性的なもの、混成的なもの、間接的なものであり、書いている肉体の自己同一性そのものをはじめとして、あらゆる自己同一性がそこでは失われることになる、黒くて白いものなのである。(ロラン・バルト「作者の死」)

 この「黒くて白いもの」が気になって、しかたがない。「黒くて白いもの」に惑わされて、こんなにもたやすく、ものを書いてしまっているのだろうか。

 夏の終わり、秋のはじまり。昨夜、また階段のまんなかであおむけになっている蟬を見かけた。これはどうみてもしんでいる、と判断して、端に移動させようと羽をつまんだら、生きていて、飛んでいった。こないだの蟬と同じような軌道で。さすがに二度目なので、声は出なかった。しかし、心臓にはわるかった。この場所でねるのが、蟬のあいだで、はやっているのか。あるいは、触れるから、よみがえるのか。

2026年9月2日水曜日

洋書まつり 2026




 今年も洋書まつりのポスターをデザインしました。今年は、10月16日(金)、17日(土)開催です。東京古書会館地下ホールにて。おもしろそうな本がたくさんあると思いますので、ぜひ足をお運びください。わたしもたのしみにしています。

 

2026年8月31日月曜日

拾い読み日記 377


 8月31日。曇天の下、高いところから人気のないプールを見守るひとのすがたが目にとまる。その日焼けしてひきしまったうつくしい肉体を、終わろうとしている夏が、もてあましているようだった。
 すこし日が出てあかるくなってから、泳ぎにいった。水がつめたかった。7月1日のプール開きの日も、こんなふうに水はつめたかった。

 水にもぐった瞬間は、いつでも、アナーキーな気分になる。どうなってもいい、と思う。水につけるとむくむくふくらむ紙の花みたいに、たのしさがわあっとひろがる。今日は泳いでいるときに、からだがさかなのようにしなる感覚があって、水にのって、いつまでも泳げる気がした。からだが、水のなかで、水のリズムでうごいていた。

 家に帰ってすこしねむってから、本を読んだ。「そしてわたしの主要な闘いは、「シニフィアン」の勝利のため「シニフィアン」の崇高なるエロチスム、その衝動と解放のためなのです」*。ロラン・バルトのように、ロラン・バルトを読むことができたら、と思う。水のなかで、水のように泳ぐこと。


*「ロラン・バルトとの対話」(蓮實重彦『批評あるいは仮死の祭典』せりか書房)

2026年8月30日日曜日

首都




 オーストリアの作家、ローベルト・メナッセの『首都』(福間具子訳、法政大学出版局刊)の装訂をしました。本について、くわしくはこちらをごらんください。9月3日発売予定です。この小説のことや、装訂のことは、あらためて、書く予定です。編集は、『パリ散歩』『ながい窖』と同じく、法政大学出版局の赤羽健さんです。

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 装訂した本の刊行記念イベントが開催されますのでお知らせします。


・手塚治虫『ながい窖』(法政大学出版局)復刻記念トークイベント
「1970年の手塚治虫——『ながい窖』が描いた日本社会」

本浜秀彦×林晟一  司会進行:赤羽健

日時:9月6日(日)17:00〜18:30
会場:西荻のことビル2F 西荻シネマ準備室(今野書店主催)

会場参加:2200円 配信参加:1650円

詳細はこちら

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・松井裕美『掌の美術論』刊行記念トークイベント
「美術と魔術——みる、さわる、ずれる」

松井裕美×井奥陽子

日時:9月6日(日)15:00〜16:30
会場:本と珈琲の店 UNITÉ(三鷹)

会場参加:1980円 配信参加:1320円

詳細はこちら 


2026年8月26日水曜日

幻化


 その絵をみたあとでは、にんげんの世界を遠く感じた。とても暑い日だった。気持ちをふるいたたせて、美術館にいった。慣れない場所につかれはて、帰りの電車で空席をみつけて腰をおろし、目を閉じて、まなうらにのこされた絵を、ずっとみていた。ちいさな子が目の前で大声をだしても、どこか遠いところから聞こえるようで、ちっともうるさく感じなかった。

 山口華楊「幻化」では、2匹の狐が輪をえがくように跳ねて、あそんでいる。からだが、ぼうと白くひかっている。なずなや野罌粟や、さまざまな草花がやわらかく茂っている。しっとりと湿っている。まぼろしが、たしかに、目のまえに「ある」こと、絵という「もの」になって、そこにあることに、おどろき、言葉をうしなった。止められた時のなかで、永遠にまわりつづけるいきものたちは、みるものを、その世界へまねいて、帰そうとしない。

 帰り道、空を見上げて、夕暮れの雲の色や、月のひかりに、あそぶ狐のまぼろしをみた。そこ(ここ)にある、はるかなものたちのすべてに、その絵は似ている。それは、遠いむかしから、ひとびとがみてきたものたちだから、だから、絵のまえに立ったとき、この時を待っていたような、絵に待たれていたような、そんなふしぎなあたたかさにつつまれたのかもしれなかった。

2026年8月23日日曜日

海辺の一日


 というのも、体験された出来事は有限であり、少なくとも体験というひとつの領域に包みこまれているのに対し、追想される出来事は、その前後に起こった一切の事柄に対する鍵にほかならないがゆえに、限界をもたないのだ。(ヴァルター・ベンヤミン「プルーストのイメージについて」)

 追想される出来事の無限性。エドワード・ヤン「海辺の一日」に、ここまでこころを囚われるのはどうしてだろうかと、ふいによみがえるワンシーンとたわむれるように日を過ごしながら、かんがえるともなくかんがえつづけていて、偶然よんだ言葉を手がかりに、この状態から抜け出してみたいと思った。

 追想という行為の終わりのなさ。彼女は、その女性と別れてから13年のあいだに起きた出来事を想起して、語ることで、それらと、ふたたび、出会いたかったのかもしれない。彼女の兄は最期にいった。「僕は心からこの世界ともう一度知り合いたい」。

 「それから?」とうながすひとのまなざしの優美なこと。口をつぐんで遠くをみているようなひとの睫毛が、かすかに震えていたこと。

 回想のなかの回想のシーンがはじまったとき、からだにちいさなしびれがはしり、わずかにこみあげてくるものがあったが、自分でもその意味がわからなかった。少女に愛おしさのようなものを感じた。彼女がのちに味わう痛みを知っているから? あるいは、追想の果てしなさに、その迷宮性に、ただ、打ちのめされていただけのようにも思える。

 映画をみおえて、彼女たちが生きた時間と、自分が生きた時間を重ねて、終わりのない追想の時間がはじまる。あの日は、映画をみたあと、にぎやかな中華料理屋で、Mと興奮して話しつづけ、ふたりとも、のみすぎ、たべすぎた。隣では若い男女が大勢で飲み食いしていて、うるさいので、わたしたちは大声で話しあった。それら前後に起こったこともふくめて、のちの日に、さまざまに、くりかえし、「海辺の一日」を思い出すことになるだろう。

2026年8月19日水曜日

拾い読み日記 376


 本をひらいてよんでいて、ふと文字列から目がそれて、自分の手が目にとまり、その老化におどろくことがある。こんなにしわが多かったかと。日に焼けて、みずみずしさもない。つかいこまれた道具にもみえる。これはほんとうに自分の手なのか、と思いつつ、こんなことを思うのはどうしてだろう、とか、そもそも手とはなになのか、とかんがえたりもしている。

 小長谷清実の「指はイモ虫」という詩をよんだ。窓辺で椅子に座り、何かを思い出そうとして混乱し、カーテンをつかんだ指が、イモ虫になぞらえられている。イモ虫が「寒天状のカーテン」のなかでうごいている。

 寒天のなかで無意味にのたうつ
 その背その腹のいやらしさ

 無意味さといやらしさのみ
 指の先からジンジンひびいてくる

 わたしは少し疲れているのだろうか
 気にかかるのはイモ虫だけだ 自分のことだけだ

 イモ虫なんか一匹もいない
 椅子にすわってカーテンをいじっている中年のおじさん

 この最終行に、とても惹かれる。指という「もの」、あるいはイモ虫という他者にこころをうばわれていたのが、ふと我にかえって、その「我」がまた他者としてあらわれる、といえばいいのだろうか。
 目を落とすと、不恰好な自分の指が目にはいる。イモ虫の指。それらがもぞもぞうごいてキーボードを叩き、文字があらわれる。イモ虫が無意味に本のうえを這い、紙をめくる。いいことではない、いやらしいことをしているのだ、と中年のおばさんが、かんがえはじめている。

2026年8月17日月曜日

40年前の虫について


  夜おそく、へとへとになって家に帰りついて、ドアを開けてMにただいま、といったとき、ずいぶんひさしぶりに会った気がした。たった一泊二日の旅から帰ってきただけなのに。とても遠いところまでいってきたのだ、おそらく40年前までいって、帰ってきたのだろう。

 みんな、どんな55歳になったのかなあ、という興味もあって出掛けてきた。どうしてあの子がこんなふうになったのだろう、という好奇心から、やや、あぶない目にもあった。しかしその瞬間、その人のいきいきした部分にふれられて、それは、かならずしも、わるいことではなかった。いきいきしたものを、すっかりうしなったのかと思っていたから。

 なつかしい人と話していると、その人の今の顔のなかにむかしの面影をみることになり、そこからさまざまによみがえる記憶があって、あたまが、いっぱいになった。彼ら彼女らの「今」を知りたかったが、彼ら彼女らのなかにのこる過去の自分のことも、知りたかった。そのころの自分がどんな人間だったか、よくわからない。おそらく、中学生になっても、まだ、ものごころが、ついてなかった。

 自分は、まじめで、無口で、反応がちょっとへんな中学生らしかった。授業中、とつぜんパン!と手をはたいて虫をころしたよね、といわれた。もちろんそんなことは、まったくおぼえていない。それでも、その虫は、蠅だったのか、蚊だったのか、妙に、気になっている。ひょっとしたら、そのような奇矯な行動をとることで、自己を、表現しようとしていたのか?

 帰りの新幹線で「linger」を聴いた。Royel Otisのカバーのほうが、乾いている感じですきだ。Do you have to let it linger? 40年前のことと一昨日のことを、すこしのあいだひきずったら、「今」にもどって「これから」に目をむけたい。今は、まだ、ひきずっていてもいい。

2026年8月11日火曜日

拾い読み日記 375


 「みた」ことについて書いていると、それが「あった」ことを巻きこんで、ころがり、ふくらんでいくので、とりあえず、ついていくことにした。記憶のスクリーンがカーテンに変貌して、ゆらゆら揺れはじめる。無数の襞からあらわれてきたものを、みなかったことにはできない。虚が実をよみがえらせ、実は虚のなかにあらたな生を見出した。そのことで虚も、ゆれうごいているようだった。そうなってみると、虚であるか実であるかは、もはや、どうでもいいことに思われた。

 朝からジャック・デリダ『絵葉書 Ⅰ』を読んでいた。頁をめくれば熱いうねりを感じる。わけもわからずに、首をつかまれ本のなかに投げ入れられたようになって読みつづける。

 書物を読み終えたとき、その書物の数々の声のひとつが君に、何か次のようなことを囁くと仮定してごらん、「おいで(アリーヴ)」と私が言い続けていたそのたびごとに、私はあなたのことを思っていたのです、でもそれは偶然に起きる(アリーヴ)事故のことでも、生じる(アリーヴ)出来事のことでも、到着する(アリーヴ)あるいはしない手紙のことでもなくて、あなたのことなのです。あなたに(傍点)期待している何かを、ではなくて(……)ただただあなたを、到来するあなた、到来するものであるあなた、私に到来するものであるあなた、到来からだけ私へと到来するものであるあなたを、思っていたのです。

 顔をあげて、息をついた。やわらかな頰のようなしろい紙の肌に、自分のてのひらを重ねて、幾度かなでてみる。きっと、行間からあふれでるものを、とどめようとして。

2026年8月10日月曜日

Gという男


 傷心のGという男をはげますために、ひたすら、あたまや背中や頰をなでていた。彼はなにかをうしなったらしかった。とりかえのきかないなにか。必要としていただれか。その喪失をつかのまでもわすれるために、彼はひとの肌をもとめていた。うつくしく繊細だが、どこかおろかなところのある男で、もう中年といっていい年齢なのに、まるで幼児のように、ひととの距離感がはかれないあやうさを持っていた。そしてそのあやうさが、Gの魅力のひとつでもあった。

 彼がもとめていたのは、わたしの肌、手のひらや指だけでなく、声の肌や、言葉の肌でもあるのだった。だから、彼のからだをさすりながら、声をかけることもわすれなかった。そんなふうに自分のすべてをさしだすことに、どこか、陶酔するような感覚があった。いつまでも、こうしていてもいい、と思った。もしかしたら、彼のうつくしさと繊細さに、ひかれていたのかもしれない。

 だいじなものをみせてあげる、といわれてドアの外で待っていると、Gが持ってきたのは、犬のぬいぐるみだった。ショコラとかなにか、あまったるい名前がついていた。よくみると、ぬいぐるみのあたまが人形になっている。つぶらなひとみとつるんとした肌を持つ、可愛らしいおんなの人形で、それをみたとき、これか、と思った。これだったのか。彼に起こるすべてのもめごとの理由を目の前にして、さとった。わたしは彼をはげましていたのではなく、あまやかしていただけだった。

 それは、あまり、ひとにみせないほうがいいと思う、とちいさな声でつたえて、路面電車に乗って、家に帰った。つぎつぎあらわれては消えてゆく景色をながめながら、Gはこれからも、ひとをはげしくすきになったり、とつぜんきらいになったりするのだろうな、とぼんやりかんがえていた。

2026年8月8日土曜日

本を開く感じで


 明け方の空に、真珠色の雲がうかんでいた。あわい桃色がまじっていて、まだ、夢のなかにいるようだった。なにかがあった、というおぼろげな記憶しかない夢のなかに。蟬の声と鳥の声を、しばらく聞く。空を横切る鳥の影が見えて、ある男のくぐもった声が、あたまをよぎった。なあ、空飛ぶのってどんな気持ちだ? 「動物と話す感じで人に話しかける男」が気になって、昨日、ついみてしまった動画のなかで耳にした台詞だった。
 人と話す感じで動物に話しかけることはあるが、逆は、なかった。人と話す感じでぬいぐるみに話しかけることはあるし、ぬいぐるみと話す感じで人に話しかけることもある。本に話しかけることはないが、人に話しかける感じで本を開くことはあるし、本を開く感じで人に話しかけることも、きっとある。

 どんな本がすき? たまに人に聞くけれど、聞く前から、あらかた答えはわかる気がする。人は愛する本に、くりかえし読む言葉に似てくるものだ。顔に書いてある。顔が書いている。以前は、そう思っていた。しかし近ごろは、「顔が書いていない」人も多いみたいだ。
 だから、わかった気にならないで、気になる人には、たずねてみようと思う。ねえ、どんな本がすき? 本を読むのって、どんな気持ち?

2026年8月3日月曜日

あおむけの蟬


 ドアを開けて外に出ると、階段のまんなかであおむけになっている蟬がいた。「あんた……なんでこんなところで……」。つい声をかけてしまう。あとからかんがえると、蟬に「あんた」はへんだったし、なんだか、よっぱらって家にたどり着けずに階段で寝てしまった人に対する口調みたいだった。誰かに踏まれないように、羽をつまんで端に移動させようとすると、びびびびといって動き出し、飛び去ったので、うわあっ!と声が出た。しばらくのあいだ、動悸が止まらなかった。
 「わたしたちが身体を持っているのは、〈いまここ〉によりいっそう付着するためにではなく、場を変え、時間を変え、空間を変え、形態を変え、物質を変えることができるためである。」(エマヌエーレ・コッチャ『メタモルフォーゼの哲学』) ねむっていた蟬は、めざめて、どこへ向かったのか。やみくもで、ふらふらしていて、まるで、あれは、自分をみるようだった。よわよわしいけれど、たしかにそれは、ひとつの生命の力であって、その変化のエネルギーが、指のさきから一気にながれこんできたせいで、まだ、どきどきしている。

2026年7月31日金曜日

拾い読み日記 374


 本を読んでいて、何かを感じる。思う。思い出す。かんがえる。読んでいることと読んでいないことの絶え間ないせめぎ合い、それが本を読むということなのか、「読んでいない」がいつも「読んでいる」を圧倒してしまうのは、感覚が、つよすぎるからだろうか。
 
 ラルフ・ジェームズ・サヴァリーズ『嗅ぐ文学、動く言葉、感じる読書 自閉症者と小説を読む』を読んでいる。「自閉症的読み方」、ゆっくりと、濃く、ふかく読むこと。言葉に憑かれたり、言葉にとらわれたりすることを、おそれなくて、いいのだと思った。

 はやく読めなくていい。たくさんの本を読めなくてもいい。感覚にのみこまれて、何を読んでいるのかわからなくなってもいい。感じたことがすべて、いずれ、「本」を豊かにすることにつながっていく。妄想かもしれないが、そんなことを、寝そべって本を読んでいて、すこしねむって意識がもどったときに、思った。

 黄昏どき、一羽の白い鳥が、北のほうに向かって飛んでいった。川に来ていたシラサギだろうか。あの鳥のかたち、はばたきかた、ゆったりしたリズム。それはやわらかな啓示のように、とつぜん胸におりてきて、このことを、だれかにつたえなければ、と思ったのだった。

2026年7月25日土曜日

拾い読み日記 373


 まちがった方向に進んでいたらどうしようかと、ときどき不安になりながら、作業を進める。まちがっていたら、指摘してもらえばいいのだから、今は、先に進むしかない。

 このところ、ほとんど本が読めなくて、淋しい。しんそこ、たよりない。だから今日は、本棚に手をのばして、『クレーの日記』を、少しだけ読んだ。
 
 記録され分類されたものは、生気を失う。いつまでもこんな環境に身をおくことは不可能だ。こんなことでは、自分を失ってしまう。
 いつか、何もない場所に跪き、不在に深く心を奪われなければならない。

2026年7月24日金曜日

わたしのオバケ


 形象であたまがいっぱいになる。さまざまな色やかたちや線が、それらがつくりだすイメージが、つかのまくみあわさって、はなれて、うかんで、ながれていく。またすぐにやってくる。うごいて、おどって、うたっている。たわむれている。それを、ずっとみている。きいている。ついていこうとする。ふれようとしてみる。つかれる。なにも、きめられない。ことばはまったくあたまにはいってこない。それでもことばとはなれたくない。それらはすべて、ことばによってあつまってきた形象だからだ。ことばのようで、ことばでないもの。それはわたしを、ことばの外へ、つれだしてくれる。ことばによるかんがえの外へ。
 
 「絵は描く人それぞれのオバケ」(清宮質文)。わたしのオバケは、このあたまのなかの漂流状態から、ぶじに、ぬけだすことができるだろうか。

2026年7月21日火曜日

拾い読み日記 372

 
 愛は「与える」ものでも「受け取る」ものでもない。それは、関係の中で起こり、私たちを変え、揺さぶり、境界を超えさせる事象である。そこには安心だけでなく、不安も含まれる。理解と誤解、近さと距離、支えることと支えられることが、絶えず入れ替わる。その不安定さを抱えたまま、共にあろうとすること。そこにこそ、愛の現実がある。(稲原美苗『障害と生きることの現象学』)

 この本は、ロマン主義なんだよ! という國分功一郎の声が、よかったなあ、と思い出している。実感がこもっていた。ロマン主義者に、ぜひ読んでほしい。ひとを愛するとはどういうことか、考えずにはいられないひとに。ひとを愛しすぎてしまうじぶんを、どうしたらいいのか、わからないひとに。
 稲原さんを目の前にすると、その透き通った、愛にあふれた「気」に、ふれられて、涙が出てしまった。人の「気」に感応しやすいので、ときどきは、そのせいで、ねこんでしまう。

2026年7月20日月曜日

拾い読み日記 371


 500ページ近い小説のゲラを、10日間ほどかけて、読み終えた。毎日、あと何ページ残っているか確認しながら、遠い目的地までゆっくり歩いていくように、読んできた。読み終えた瞬間、ある感慨があった。感動していた。とてもいい小説だったから。そして、それが終わってしまったから。同時に、一枚のペラペラの紙(ゲラ)をもって感動している自分が、なんだか、おかしいなと思った。手応えのあるものを受け取った。その手応えがほしかった。小説を読み終えることにとって、本を閉じるという行為が持つ意味は、おおきいのではないかと思う。そして、小説を読むことにとって、ページをめくるという行為が持つ意味についても、考えてみたい。ものがたりが「もの」であることのよさ。

 昨日、本のしごとをしているともだちとのんでいて、装幀の話になり、松浦寿輝『巴』(講談社文芸文庫)のカバー表1の画像をみたその人が、「ロボットパルタじゃん!」といった。え、何それ。みてみると、確かに、ちょっと似ていた。「巴」がフリーズしたロボットにもみえてくる。この文字のかたちと、小説世界は、どうかかわっているのか。まったく関係がないのか。たしかめてみたい気もする。ひょっとしたら、読みすすめていくと、この「巴」の文字が、目覚めて、うごきだすなんてことが、あるのだろうか。

 せっかくなので、ロボットパルタのアニメをみた。カクカクしたかたちでカクカクうごき、不明瞭なことばを話すパルタが、すっかりすきになった。主題歌も、よかった。「きみのためなら こわいことでも たのしいことに なんでもかえちゃう」。ともだち思いの、けなげなパルタ。


2026年7月17日金曜日

むげん


 数年前に知って、ふしぎな曲だ、と感じ、もう何十回も聞いている「むげん」(崎山蒼志 with 諭吉佳作/men)の歌詞を、眠る前にぼんやり思い出していたら、ふと、これは胎児の歌ではないか、と思った。「くらい せまい あたたかい 顔を洗う水 踊る 踊る 蹴る きづいて ほしい」。お腹のなかにいるいきものが感じていることは、何だろうか。じぶんは何を感じていただろうか。どうして忘れてしまったのだろうか。というか、ほんとうに忘れてしまったのだろうか。

 昨日、プールで泳いでいるとき、水底いっぱいにひろがってゆれる光のもようを見ていたら、とつぜん、意識はつながっている、と感じた。つながっている、もしくは、溶けあっている。意識、しかし、誰の? わたしと「あなた」の? 人間と世界の? いまとむかしの? よくわからないままに、こわばっていたものが、やわらかくほどけていくようだった。意識のなかに、他者がすでに存在すること。そしてたましいのなかにも他者が、いや、たましいそのものが他者であること。

 私が魂を持つのではなく、私は魂の保管所なのである。(西郷信綱『古代人と夢』(下線部は傍点))

 ステージで、ここにいないひとの声と歌う崎山蒼志の孤独。この世にひとりとりのこされた人間の(身体の)、癒やしようのない淋しさをみているようで、胸がくるしくなる。

2026年7月15日水曜日

球とたましい

 
 はじめての場所で、はじめてのひとたちと球を打ち合う。
ちいさな声で話す白髪の女性がいた。20歳ほど年上だろうか。その中身、なんですか? 水筒の飲み物についてほかのひとにたずねられて、緑茶です、とこたえると、横から、お茶の色とユニフォームの色が合っていますね、と、ちょっとおもしろいことを、その女性は言った。趣味のよさと品のよさを感じさせる、ひかえめな口調だった。すこし言葉を交わしただけで、そのひとがどういうひとなのか、わかる。それはたぶん錯覚だけれど、ある程度、あたまのなかに、その人物像ができあがる。

 彼女と打ち合ってみると、いきなりバックサイド深いところに速いロングサーブが来て不意をつかれる。そのサーブでバック側に意識を向けさせて、フォア前の短いサーブでこちらを揺さぶろうとする。相手にまったく隙をあたえない、勝つための卓球だった。そして少しでも球が浮いたら、びっくりするくらい力強いスマッシュが飛んできた。ラケットの振り方に、殺気すら感じた。さっきまでのあのやさしいひとは、どこにいったの? 人間の多面性におどろきながら、初対面の相手にこんなにも「全力」をぶつけられることのよろこびを、全身に感じた。強打を決められてうれしくなったのは、はじめてかもしれない。

 それは、おそらく、身近な者たちには見せることのないはげしさであるだろう。球によって、奥にひそむものが飛び出してきたのだ。あの球にこめられていて、わたしを強く打ったものは、彼女の「たましい」だったのではないか。そんな気がしてならない。わたしには、まだ、あのような球を打つことができない。

2026年7月14日火曜日

拾い読み日記 370

 
 君は私に、君も、未知のひとりの死者に向けて書いている(私はそのことをますます確信している)、そして私がその死者の代わりをなしている、と言う。だから、君はあらかじめ私を殺している(確かに私は、死刑宣告を待つように、君の合図を待つことがよくある)、けれども、君はまた生を返してくれる。私たちはとても特異な亡霊を相手にしているのだろうか、それとも、それは往復書簡すべての運命なのだろうか、君はどう思う?(ジャック・デリダ『絵葉書  Ⅰ』)

 死者の代わりになってくれそうな相手に、もし出会ったとしたら。その人との距離を保つことが重要なのではないか。手紙を書きつづけるためには。読む気もなく開いたページから、突然問いかけられて立ち止まる、あわただしい朝。
 外に出かけよう。真夏の光にたえられるかどうか、すこし不安だ。

2026年7月5日日曜日

拾い読み日記 369

 
 石井桃子『新編  子どもの図書館』(岩波現代文庫)を読みはじめる。石井桃子が1958年に自宅で開いた子どものための図書館「かつら文庫」の7年間の記録をまとめた本である。
 まえがきの一節を、どこかで読んだことはあった。その箇所を、中野重治が引用していることを、『市村弘正著作集  下巻』で最近知って、まえがき(の一部)だけでなく、本文も、ちゃんと読んでみよう、と思った。

 お知らせの立て札を立てたり、貸し出しカードを作ったり、本を準備したり、部屋をしつらえたり、手探りであたらしいことをはじめて、それがかたちになっていくさまに、わくわくする。通ってくる子どもの話すことや仕草や身振りや本を読むことで変わっていくようすが、たんたんと書き留められていて、そのおちついた語り口に安心する。

 さまざまな本と子どもたちのすがたが描かれている。父親から誕生日に買ってもらった図鑑の話を聞いて、今度見せてね、と帰り際にいったらすぐに重たくて厚い本をふうふういいながら持ってきた子どもの話が、すきだ。

 それは、とても茂ちゃんに読めるような本ではなかったのですが、かれは、お父さんやお母さんから聞いた説明をそら(下線部は傍点)でおぼえてしまっていたとみえ、その本をとりかこんだ中学生や私たちに、「ほら、この本のここ。××星。すごいだろ。ほら、△△星はここ。」と、自由自在にパタンパタンとそのページをあけて見せてくれたのです。(p.101)

 その子と本が、いきいきとうごいて、ひとつになって、なにかを伝えようとしている。こんなふうに、本をいきいきとさせることが、ほんとうに、本を愛するということかもしれない、と思った。

 私は、この本を書くにあたって、「これからの子どもは、いままでの子どもにくらべて、本を読まなくてもいいのか、または、本は読まなければいけないのか」という点では、「読まなければいけない」という立場をとりました。(「まえがき」より)

 中野重治は、このことに賛成する、と書いたあと、石井のこの文章の魅力について触れている。いさぎよく、美しく、そして「楽しい」という。たしかに、この書き方は、石井桃子というひとの、ほかのひととは異なるたぐいの「美しさ」、すなわち、きまじめさやつつましさやおもしろさ、それらをふくんだ独特の「間合い」をつたえるものだと思う。そしてそれらの美質は、本を読むことそのものの楽しさにもつながっているので、ただあとをついてまわりたいだけの子どものように、「これからの大人は、」といいかえたくなってしまう。

2026年7月1日水曜日

拾い読み日記 368


 一昨日、高橋源一郎『文学じゃないかもしれない症候群』の文庫版(朝日文芸文庫)を、水中書店で見つけて買った。単行本のほうを学生のときに持っていたのだが、それも拾い読みだったのだろう、読んだおぼえのない箇所が多かった。

 たとえば、「少数派としぐさ」。著者は書く。エドワード・サイードが見たジャン・ジュネのしぐさについて。加藤三郎が見たグループ(東アジア反日武装戦線「狼」)から脱落して死んでいった者たちの最後のしぐさについて。ひとりの東ドイツの反体制作家が見た油絵のなかのスターリンのしぐさについて。とりあげた三冊の本から、七つの言葉が導き出される。少数派、しぐさ、裏切り、暫定的、伝達、翻訳、反復。

 ことばが思考を正確に伝えることができると信ずる者がいる。だが、少数派はそれを信じない。ことばは人を裏切る。だから、少数派にとってことばはいつも暫定的だ。だが、それでも人は伝達を願う。なにによって? しぐさによってだ。なぜなら、しぐさはある特定の個人に属していてその意味を別の言葉に翻訳したりできないからだ。そして、翻訳できないものだけが、類型的な反復を免れるからだ。(p.179 )

 昨日の新聞で、「沖縄戦「集団自決」教科書記述の修正——執筆者の後悔」という記事を読んだ。2007年の第一次安倍政権下、文科省の教科書検定意見により「集団で『自決』を強いられた」という記述を「『集団自決』においこまれた」と修正した元高校教諭についての記事だ。意見撤回を求める沖縄県民大会に参加して帰ってきた、日焼けしたその人の教卓での「むせび泣き」、その姿を記憶していたひとりの生徒が、記者になって書いた記事だった。

 「私は私自身の言葉の選択によって裏切られる」(ジュネ)。だが、しぐさは「わたし」を裏切ることはない。意思で制御できないしぐさ、つまり身体から溢れてしまう、あらわれてしまうものを見つめる目と、見たものについて考えつづける力が、自分にあるのか、問われているようにも思われた。見ること。気づくこと。そしてそれを記憶すること。ひとのしぐさや身振りをうつす、白いスクリーンのような身体のイメージが浮かんだ。あるいは、そうしたものたちが生きる舞台としての身体。

 ひとは、よりよい方に、向かっているのかどうかわからないが、いや、向かっていないように見えるからこんなことを書いているのだろうが、いま、ヒューマニズムについて、身体の問題を抜きにして考えることができない。わたしは、わたしの身体を、わたしの感覚を、裏切っていないだろうか。これはかけがえのない「媒体」としての身体を、他者にひらいていくための問いでもある。

 先を考えずに書き始めて、途中で食事したり眠ったり泳いだりのんだりして、考えるともなく考えながら書き進め、まだ先にいきたい気がするが、ひとまずここでやめておく。今日は下半期のはじまり。あたらしいことがはじまりそうな予感がする。


2026年6月27日土曜日

拾い読み日記 367


 印刷された本のなかに避難所を見出し、そこで自律的な生を営んできた文字は、広告によって、情容赦もなく街頭に引きずり出され、経済的混沌という野獣のごとき他律の足下に引き据えられる。これが、文字の新しい形態にあてがわれた苛酷な教育課程である。
もう何世紀も前から徐々に横臥し始め、直立した碑銘から、斜面机に斜(はす)に寝そべった手稿へと格好を変え、とうとう書籍印刷という衣をきて寝転がってしまうまでにいたった文字は、そういう言い方をするなら、いままた、まったく同様に、ゆっくりと床から身を起し始めているのだ。すでに、新聞は水平よりもむしろ垂直の姿勢で読まれているし、映画と広告は、文字に、完全に独裁者的直立姿勢を強いている。そして、本など開こうものなら、たちまち、移ろいやすい、色とりどりの、喧嘩腰に喚きたてる活字の群れが、ぼくらの両眼の上に雨霰と降り注ぎ、本の持つ古代の静謐のなかに忍びこめるチャンスなど、微々たるものになってしまったこの節なのである。(『ヴァルター・ベンヤミン著作集10 一方通行路』晶文社) 

 今や、文字は、せわしなく流れていくものである。文字は垂直にも水平にも斜めにもなる。どこにでも入り込むし、いつのまにか忘れ去られる。光の明滅のように素早く、現れたり消えたりする。出し抜けにやってくる。気の向くままに公にできる。この手軽さによって失ったものは何だろう? そして、得たものは、失ったものより、よいものなのだろうか?

 難波優輝『本とは何か』を読み始める。読みやすいけれど、いそいで読まないようにしよう。途切れ途切れに読むことの重要性。一気に読んでしまうと、読んだことについて、ぼんやりとでもかんがえる時間が少なくなる。生活に、本の内容を、溶かしていく、もしくは、縫い込んでいく、そういう時間が大切なのだと思う。濃く深く、その本を読むために。自分だけの、忘れがたい、「読書パフォーマンス」にするために。

2026年6月25日木曜日

ながい窖/掌の美術論




 手塚治虫『ながい窖』の装訂について、エッセイを書きました。これまでは法政大学出版局の編集者の赤羽さんからいわれて書いていたのですが、今回は、たのまれてもいないのに、自分から書きました。どうしてか、書かないとすまないような気がしたのですが、書いてみると、書いてすむようなことでもなかったとわかりました。

 今朝は、偶然、新聞で「窖」という字をみました。「戦争トラウマ」の記事(朝日新聞朝刊)に出てきました。日中戦争の最前線となった中国の農村地帯で、日本兵に襲われ、殺された人びとの遺体が投げ込まれた場所が、水窖(すいこう、地下貯水槽のこと)というそうです。
 「窖」という文字そのものに、戦争における加害と被害を伝える意味合いが込められていたのでしょうか。親からくりかえしその話を聞くことで、「水窖」によるトラウマが受け継がれてしまう事実に胸が塞ぎ、同時に、自分の知らない「窖」が、世界のいたるところに存在するということ、それらの「窖」との関わりは、はじまったばかりなのだということを、思いました。



 美術史家の松井裕美さんの新著『掌の美術論 触覚と想像力』(勁草書房、近刊)をデザインしました。
 触覚や身体感覚を軸にして芸術作品に向かい合ってみると、こんなにゆたかな世界がひろがるのか、と目がひらかれると思います。たくさんの刺激をうけました。文字を追いながら、もっと、みたい、しりたい、つくりたい、遊びたい、という渇望が、おなかのあたりから湧いてくるようでした。

 装画には、紙版画と紙刺繍によってできたグラフィックを配しました。どちらも、偶然の力が大きく作用してできたものです。美術史家の「遊び」にデザイナーの「遊び」を重ねてみました。自分の手で「遊戯場」を作れたらいいのに、という思いがかたちになったものかもしれません。どんな人でも遊ぶことができる場所。夢中で遊んでいるうちに楽しくなって、こころが解き放たれて、自分も何かできる、その力がある、と思えるような場所が作れたら。ようするに、この本がそういう本なので、それをかたちにしたいと思ったらこうなった、ということでしょうか。アートに触れることなしにいきられない人や、絵を描く人、ものを作る人に、とくにおすすめします。 

 どのページにも熱いものが流れているような本なので、もしむずかしいと感じたら、まずは拾い読みでもいいのではないかなと思います。今は、以下の部分に、特にひかれます。

 墓の上で遊ぶということは、死者とともに生きるということだ。芸術という遊戯の中に立ち現れてくる聖なるものの亡霊に注目したディディ゠ユベルマンは、そのボルタンスキー論の中で、死者とともに生きるのに二つのあり方があると述べる。一つは「精神の病へと沈むこと、喪の悲しみ、無為のなかで立ちすくみ、身動きできなくなること」。もう一つは「遊び、動き、自身にとりつくものとダンスし、作業をすること」。(p.205)


2026年6月24日水曜日

たまごについて


 玄関のドアの前に、小さな卵の殻がある。しばらく前にも、そのあたりに、べつのやつが、あった気がする。なぜこんなところにウズラの玉子の殻を捨てるのだろう、と不審に(かつ不快に)思っていたけれど、これは、ヒトのしわざではない、ということに、ようやく、気がついた。たしか、新聞か、本を読んでいたときだった。おどろいて顔をあげると、ぬいぐるみと目が合った。(そうなの?)(そうだよ)。どんな生き物の卵なのかは知らないが、なぜここにのこされたのか。卵の中から、何が出てきたのか。知る者は誰もいない。殻は中から割られたのだろうか。何かあたらしいものが、うまれたのだろうか。それにしても、なぜそんな些細なことを書きたいと思ったのか。ちいさな卵が落ちていただけなのに、いくつもの疑問によって、自分の内側がなんだかいきいきしてきたのが、おもしろいというか、ふしぎだった。しらないうちに、殻が割れて、あたらしいものがうまれる。あたらしいものになる。ヒトだって生き物だから、そういうことが、ないとはいえない。


2026年6月20日土曜日

拾い読み日記 366

 
 湿気のせいか、もしくは朝から二時間半も全力で卓球したせいか、身体がとてもだるい。うつ伏せでくったりして、このあいだみたアンドリュー・ワイエスの描いたしんだカラスのことをぼんやりかんがえていた。カラスのからだから抜け出したたましいは、ワイエスのことが、きっとたまらなくすきだろう、と思った。それから、本を手に取った。
 
「現代美術」として通用するルリユール。しかし、不必要な細工は一切したくない。思わず手に取りたくなるような、手に取って読まずにいられなくなるような、そんな本がつくりたい。(栃折久美子『装丁ノート』)

 そうだった。自分も、そんな本がつくりたかった。「時流」からはずれているような不安から、自分にとってたいせつなことや自分の資質を、見失いそうになっていたことに気付かされた。「本」の存在に、感謝した。
 それから、かんがえたこと。1981年に書かれた言葉を、2026年にブックデザインという問題になやむひとりの人間(わたし)が読んで、力を得た、ということは、ちょっとおこがましいけれども、自分の書いたことも、40年後の本に関わる誰かが読んで、ひとりではない、と思ったり、するかもしれない。できたら、そのひとを力づけたい。今、求められなくてもいいから、40年後のそのひとに向けて、文を綴り、本を作ってみたくなった。書物は手紙、という、その意味が、ようやく、わかりつつある、ということだろうか。

 『装丁ノート』は、1987年刊。活版印刷、糸かがり、見返し紙なし、別丁扉なし、と著者の書物観と美意識があらわれた、並製だけれど端正な、うつくしい本である。誠実であることはうつくしい。内容だけでなく、そのかたちによって伝わってくるものがあって、開きもよく組版もすっきりと読み心地がよいから、何度も読み返したくなる本だ。

2026年6月18日木曜日

拾い読み日記 365


 買い換えたあともめんどうで放ってあった約20年前のiMacと約10年前のiMacを、ようやく処分する気になり、初期化しようとしていて、10年前のほうはどうにかこうにか出来たのだが、20年前のほうは、なかなかに難しい。調べると、買ったときに添付されていたインストールDVDがないと初期化できないらしいのだが、もうそんなもの、とっくに捨ててしまった。いろいろと調べて、試して、しんから疲れた。もうハードディスクをドリルでぶっこわすしかないのか、という思いもよぎったが、そんな気概もない。

 眼鏡をはずして横になって、本棚の背の文字も見えないまま手をのばし、本を一冊抜き取ってみると、『日本の詩歌30 俳句集』(中公文庫)だった。てきとうに目についた句を読む。

 翅わつててんたう虫の飛びいづる   高野素十

 天道虫は、夏の季語。太陽に向かって飛んでいく、幸運を象徴する虫だという。ちいさな虫のちいさな翅のうごきを思い浮かべて、こころがすこし晴れて、またこの「めんどうくさい」機械に向かい合う気力が出てきた。

 それからしばらくして、自分自身に、驚いてしまった。毎日のように使っていた道具に対して、ドリルでぶっこわすなどと、暴力的な考えを持ったことが意外だった。この「物」への暴力性は、どこから来たのか。この機械を使ってなされる行為(読むことや書くことや調べることやデザインすること、そのほか)に、その暴力性はおよんでいないのか、かんがえる必要がある、と思った。

2026年6月15日月曜日

拾い読み日記 364


 あるデザインを見て怒りが湧く、というのはどういうことなのだろう。身近な者がネットで見たブックデザインに対して(同時に、装幀家に対して)怒っている。実物を見ていないのに。
 自分は、どうだろう。そうしたデザインを見て感じるのは、失望や落胆である。なぜそのようなデザインがなされるのか。なぜある者はそれに怒り、ある者は落胆するのか。そして、ある者は称賛するのか。ブックデザインについて、もっと深く考えなければ、と思う。そしてそれを、言葉にしなければと。

 戸田ツトムがブックデザインの制作過程について話している言葉を書き留めておきたい。「画面を見て、出力して、本に巻いて、手にとって、棚に置いて。そういう環境との関係を見ます」(「ユリイカ 総特集 戸田ツトム」、平倉圭によるインタビュー)。自分もそうしている。多くのデザイナーはそうしているだろう。件の装幀家はどうか知らないが、「環境との関係」は、あまり重視していないように見える。

 戸田ツトムがデザインしたジル・ドゥルーズ+クレール・パルネ『ディアローグ』(河出文庫)を見る。澤直哉「線の倫理のために 河出文庫における戸田ツトム」を読んだあとでは、デザインが、以前とはまったくちがって見える。横組みの近接した文字と文字は揃えられず、文字と写真も揃えられず、かたまっていない。縦組みの文字、右端に一行で組まれた著者名と訳者名は、固定されているようで、そうではない。横組みの文字との関係のせいか、写真の「わからなさ」のせいか、全体に、何か、見るものを、ざわつかせるものがある。しかし、それは不快なざわつきではない。「ひと」の気配のせいかもしれない。ものを見る視線のぶれ、目のゆらぎ。文字をそっと放つ手のうごき、指のふるえ。

 よく見ると、著者名の欧文「Gilles Deleuze/Claire Parnet」は、スミ100%ではない。わずかにアミ点が見え、文字のエッジがクリアではない。さらに、その左に置かれた欧文タイトル「Dialogues」は、それよりほんの少し、薄くなっている。それが、どういう意図でなされたのかはわからない。もしかしたら、使われている写真の濃度と関係があるのか。ひょっとして、左のほうから弱い光が射しているのか? わからない。しかし、その、濃度のちがいに気付いたときの感覚を、記憶しておきたい。ものごとのささやかなちがいを見出すという出来事を、おくられてきたものとして、受け取った。


2026年6月12日金曜日

拾い読み日記 363


 ベンヤミンについて書かれた本を読む。その合間に、ベンヤミンが書いた本を読む。古本で買った三島憲一『ベンヤミン 破壊・収集・記憶』(現代思想の冒険者たち 第09巻)には、すこし書き込みがあって、「アクチュアリティ」と、余白に書かれているのが目にとまる。まだ幼さの残る、おそらくは大学生くらいの人が書いた文字に見える。
 もっとも興味のある部分「収集と引用」を読みたいが、そこを読んでしまうとほかのところは読めない気がして、最初から読んでいくことにする。

 雨が来る前、東の空をずっと見ていた。とても淡い水色の空にパールホワイトの絵の具で描いたような大きな雲が低いところに横たわっていて、このような儚い美しい光を放つ雲が存在することが信じられなくて、まぼろしのようだ、と思った。夢のような雲。というよりは、雲のような夢、といったほうがふさわしい。あの雲は、いったい、何だったのだろう。

 「形象の世界に浸る喜びとは、知に対する陰にこもった反抗心によって培われるものではなかろうか」、とベンヤミンは書いている。もしかしたら、思うように本が読めないのは、「形象」にこころを奪われすぎているから、かもしれない。

2026年6月8日月曜日

拾い読み日記 362


 くもり空。今日はあんまりひとに会いたくない。
しずかに、本を読んだり、ものを書いたりして過ごす。昼寝から覚めて、南Q太『ボールアンドチェイン』の5巻を読む。読むのは二度目だが、最後のページでは、またすこし、じいんとして泣いてしまう。
 けいとさんとあやさんの出逢いと再会は奇跡のようだが、こういうことは、現実にもあると思う。通りすがりのひとに、すくわれること。知らずに、すくっていたこと。思いがけなく、つながっていたこと。
 仕事をしながらボクシングに真剣に取り組むけいとさんにはげまされる。何かに真剣になることで、強くなれる。

 自分の卓球生活も転機を迎えている。たのしみながら少しずつ上手くなれたらいいなあと思っていたが、先日の市民大会でスカウト?され、クラブチームに入ることになりそうだ。50代は、レディース卓球の世界では、まだまだ若手なのだった。60代でもまだ若いほう。70代、80代のベテランプレイヤーにまじってたたかうことで、これからむかえる老年期を、あかるい気持ちですごせる気がする。

 自分を「生かす」ために、強くなりたいと、このところとみに思うようになった。ラリーと同じで、自分の持っている力を出すことができれば、相手もそれに応えてくれる。自分を生かすことが、他者を生かすことにつながる。


2026年5月30日土曜日

豊島にて/母型

 
 音もなく、まるで涙のようにひそやかに湧きでてくる水のかたまりをみていたら、そうだった、こんなふうに、感情はうごくのだった、と思った。思い出した。感情だけではない。からだも、自らの生も、このように、うごかして(うごいて)いけばよいのだった。

 わたしという生が、泉のように湧いて、流れて、ある地点でほかの生と合わさって、ひとつのかたちをつくる。かすかな風にもふるえ、たやすくすがたを変えてしまう、あいまいな物質としての「わたし」。とどまることはできないのだから、ただ、そのときどきのかたちをいきればいいと思えた。

 梢が揺れて、ときおり葉が落ちてきた。どこからか、虫がやってきた。一枚の葉、一匹の虫を、こんなに近しく(いとしく)感じたことは、かつてなかった。虫の歩みを、いつまでも目で追っていた。わたしのまなざしは、いつしか、わたしではないもののまなざしと重なっていく。

 顔をあげれば、ひとびとがいた。ここでは、にんげんは、鳥たちよりもしずかないきものとして存在することをゆるされていた。灰色のおおきな繭のなかで、まもられながらひらかれて、すこしずつ、世界に解けていく。それはおそろしいことではなかった。 


ながい窖




 手塚治虫『ながい窖』(法政大学出版局)の装訂をしました。
 タイトルは、「な」「が」「い」「窖」、という活字を入手して、それを押して作成したものです。「窖」という文字をはじめて見ました。「穴」ではなくて、「穴蔵」=「窖」(あな)です。
 この装訂は、編集者の赤羽さんと一緒に手探りして出来上がったもの、という気がします。何かとたすけていただきました。この本のこと、装訂のこと、読み返して思うことを、あらためて言葉にできたらと思います。

2026年5月22日金曜日

『パリ散歩』の装訂について


  4月に刊行された高遠弘美さんの本『パリ散歩』の装訂についてのエッセイを、法政大学出版局のnoteに書きました。

 今回は、紙のこととか装画のこととかレイアウトのこととか、具体的なことが、書けませんでした。省きましたけれど、いろいろと迷い、なやみながら作りました。とくに、カバーの紙について。使ったのは「ソフトバルキー」という名前の紙で、色は、「ナチュラル」です。その裏面に刷っています。表面は、なめらかすぎたからです。この紙を見つけられたことが、この装訂にとって、よかったと思っています。(あとから気付いたのですが、『丹生谷貴志コレクション』のカバーと同じ紙でした。)

 本の触り心地のよさと、愛着の深さは、自分にとっては関係があるようですが、人によるのでしょうか。読んでいて、指が心地よい、手になじむ本がすきです。

2026年5月19日火曜日

拾い読み日記 361


 何気なく手にとってめくってみた雑誌に読み耽る、そんなささやかなことこそが、読むことのよろこびであり、生活のたのしみだろうと思う。ずっとそれができなくて、物足りなかった。

 今朝は、いつ買ったかも忘れてしまった(とはいえそんなにむかしではない)89年刊の『季刊[武蔵野美術]No.74』を読んだ。早見堯「受動性と差異」。キーファーやポロックなどの現代美術家の制作について語る言葉にひきこまれた。「終始、紙や絵具というメディアに制作を従わせる受動性と、それによって立ち現れてくる差異化される自己の大いなる肯定」。

 自分は読書においても制作・仕事においても感覚的かつ受動的すぎるきらいがあるのだが、それは、確固たる自分がないから、もしくは、うたがっているからだろう。

 見るときも読むときも書くときも作るときも、自己を開いていくこと。自分を見失うこと。自分を見つけること。あらわれてくるものにしたがうこと。「自分らしい」かどうかなんて、気にせずに。

2026年5月17日日曜日

障害と生きることの現象学




  稲原美苗さんの著書『障害と生きることの現象学 脳性まひの身体からみえる生活世界』(平凡社、近刊)をデザインしました。

 エッセイ的な「経験を語る」と論考的な「経験を記述する」の二部構成になっていて、どちらから読みはじめてもいいのですが、一度読んだらそれでおしまい、という本ではなく、第一部と第二部をいったりきたりして、長く読み続けたい本ですし、そんなふうに読まれるのがふさわしい本です。

 ゲラを読みながら、書かれていることと自分の思いを、著者の生と自分の生を、いったりきたりして、こころはさまざまに揺れ、ときには、涙が出ました。

 「涙は、見えるものと見えないもの、身体と心、内と外のあいだにかかる橋のようなものである。」(「はじめに」より) 

 涙を「境界をまたぐ声」としてとらえる言葉にはっとしました。それまでは、自分の意志ではコントロールできない涙を、どこか、やっかいなものと思っていました。

 装画について。あらたに描いたのは、流された涙に思いをはせながら描いた青い絵だけで、あとは、手放せずにのこしていた版画のような画のかけらを切って、重ねたものです。あまりあたまでかんがえず、身体のおもむくまま、手のうごくままに作りました。

 わたしにとって、装幀という仕事も、テキスト(書かれた言葉)とわたしのあいだにかかる橋のようなものかもしれません。自分の意図やコンセプトで「つくる」のではなく「生じる」ものとしての装幀を、目指していきたいのだ、と思いました。そのことに気づけたのは、とても大きなことでした。

 編集は、平凡社の、吉田真美さんです。見本を届けてくださって、わかれたあと、古本屋に寄って、それから吉田さんと最初に打ち合わせをしたカフェにいって、ひとりビールをのみながら、出来たばかりの本を開いたり閉じたり眺めたり触ったりしながら、これでよかった、という思いと、これでよかったのか、という不安のなかで、また揺れていました。そういうたちなのです。でも、「わたしたちは〈あいだ〉で生きている」。本がそばにあるから、だいじょうぶ、と思っています。

2026年5月2日土曜日

拾い読み日記 360


 こころをおちつかせて脳内ひとり会議をしよう、と寝床に入って(昼寝をして)目覚めて、今日はもうしごとはやめて本を読もう、と決めた。どうしてだか、はぐれたような気分の午後だった。

 コーヒーを淹れて、おやつをたべながら、このあいだ三日月書店で買った武田花さんのエッセイ集2冊を、かわるがわる手にとる。『煙突やニワトリ』と『カラスも猫も』。むかし持っていた本がなつかしくて買う年ごろになったのか、といえばそれはそうなのだが、この本の「感じ」が大好きで、古本屋の棚で見かけたとき、どうしてた?と声をかけられたような気持ちになったから、また手に入れたくなったのだ。装画も装幀も、まったく力みがなくて、色が調和していて、それでいてふわっと浮いているようで、すばらしいと思う。

(ちょっと恥ずかしいのだけれど)煙突が好きだ。遠くの方に煙突が見えると、行ってみたくなる。そして、真下に立って見上げてみる。気に入ったら、写真も写す。
 そんなことをしながら、知らない町を、あてもなしにうろうろ歩いていると、自分がひどく臆病な癖して見たがり屋の、小さな虫のような気がしてくる。(武田花『煙突やニワトリ』)

 給水塔が見えると、同じような気持ちになる。このまま、はぐれたままでいたいと思う。

2026年4月30日木曜日

トラスト・ミー

 肌寒い4月の終わり。疲れて起きあがれない。このあいだ町にかかったおおきな虹や、約30年ぶりにみたハル・ハートリーの「トラスト・ミー」のことを思い出して、起きあがろうとした。

 とてもすきなのに、こんなくるしい映画だったのか、と意外に思った。ほとんどのことを忘れてしまっていた。久しぶりに会うふたり(マリアとマシュー)は、それぞれに、虐げられていて、孤独で、純粋で、偏屈で、親切だった。彼らが、一緒にいること、見つめあって、思いあっていること、いや、それぞれがひとりで歩いている姿をみているだけで、うれしくて、しあわせな気持ちになった。そのことを、こうして書きとめるだけで、すこしずつ、前に進む力がわいてくる。ふたりがとてもすきなのだ。すきな人は力をくれる。

 ふたりの最後の会話を(聞き取れないから)しらべると、このようだった。

“Why have you done this?”
“Done what?”
“Put up with me like this.”
“Somebody had to.”
“But why you?”
“I just happened to be here.”


 どうして僕につきあってくれたの。誰かがしなくちゃいけないから。でも、なぜ君が? そばにいたから。

 パンフレットのシナリオ採録を読むと、93年公開時の字幕は、マリアの最後の言葉が、「そばにいたから」ではなく、「そばにいたいから」だったようだ。なおってよかった。意味がぜんぜんちがう。


 偶然出会った人、たまたまそばにいた人に親切なふたりだったから、「信頼」が生まれて、そんなふたりの関係に、いま、ふれたかった。まわりにいる人たちに、あまり、親切にできないから、かもしれない。


 しだいに遠ざかっていくおたがいの姿を、もっとよく見ようとして、マリアは眼鏡をかけ、マシューは車から身を乗り出す。別れていくのに、出会いのシーンのようにも感じられる。風が吹いていて、みずみずしくて、せつなくて。季節のおわりと、はじまりみたいで。いつまでも見ていたかった。



2026年4月19日日曜日

拾い読み日記 359


 夜中に目が覚めてしまい、眠れないのでたまたま見つけた装幀をめぐるエッセイを暗がりで読んでいたら、悶々として、ますます目が冴えてしまった。装幀家の自己表現、自己実現、
「生存戦略」に奉仕させられる装幀のかなしさ。そうなると装幀は、かぎりなく広告に近づいていく。書物のからだ(顔)が広告的になってしまうことに、いいようのない不安と息ぐるしさをおぼえる。余白をつくったらしぬのか? と思ってしまうような、どこか強迫的なブックデザインが、多い気がする。いいすぎだろうか。そうかもしれない。そうであってほしい。

 装幀の仕事をしながら装幀についてかんがえることはできるが、書くことは、困難だ。こんなことを書くおまえの仕事はどうなのだ、と問う声がどこかから飛んできて、うつむくしかないから。

 それでも仕事がおちついたら、本の美しさと装幀の新しさということについて、かんがえてみたいと思う。それには、本とは何か、という問いから、ふたたび、はじめなければならない。

 近所に買い物に出たとき、日差しがつよくて、日傘を持って出なかったことを後悔した。躑躅の濃いピンク色に目をうばわれる。朝は淡いうろこ雲がうつくしかった。

2026年4月15日水曜日

白い月


 午前2時、そのあと5時に目が覚めて、6時に起きる。5時に起きたときベランダに出てみると、空気がつめたくて、見上げた空に、今にも消えていきそうな薄片がうかんでいた。欠けてゆく弓張月だった。その下には淡い灰白の雲がたなびいて、さらにその下には、暗いラベンダー色の雲が横たわっていた。欅の木のむこうから鳥たちの群れがやってきて、北に向かって飛び去った。それが一昨日のこと。今朝も月をさがしたが、綿雲が空一面ひろがっていて、見えなかった。灰色の濃淡の奥にひそむ、まぼろしのようにかすかな白。

2026年4月12日日曜日

梅の木に梅の実が生る


 梅の木に梅の実が生る。なにごとの不思議なけれど、という言葉がよぎり、誰がいったかすぐに確かめたくなるのは、現代人の(わたしの)やまいなのだろうな、と思いつつ調べ(薔薇の木に薔薇の花、だった)、そのあとでは、梅の木に梅の実が生る「不思議」を感じているのは自分だけではないから、ひとりで木を見ていても、誰かに相槌を打つような気分に、なったりもする。

 桜の木のそばを通ると、ぱら、ぱら、と音がして、桜蕊が降ってくる。拾い上げて、ながめる。木の根元にはたんぽぽが咲いていて、綿毛になったものもあり、それに触れてみたいと思うけれど、触れたらきっと壊すだろうから、じっと見るだけで通りすぎる。

 それから、迷子のようなしゃぼん玉をひとつ、見かけた。木にふらふらと吸い寄せられるように接近して、舞いあがったところで見失った。

2026年4月9日木曜日

拾い読み日記 358

 
 欅の梢が風にのって踊るように揺れている。春の欅のいきおいはおどろくほどで、このあいだ芽吹いたと思ったら、もう新緑が茂っている。それがゆうらゆうらといつまでも揺れているので、目が離せない。猫じゃらしを見つめる猫は、こんな気持ちなのだろうか。まえあしで触れられないから、書いているのかもしれない。どうにかして、この手が、あのしなやかな枝のうごきに、触れられないものかと思う。

 一年ほど前に手に入れてほとんど読めていなかった『市村弘正著作集  下巻』を、読みはじめた。

 再開すること。いつでも、どこからでも再開しうること。それが読むという行為がもちうる、おそらく最大の特性である。物質化された書物という形態を想ってみればいい。どの頁のどの箇所からでも自在に読みなおすことができるだけではない。一覧し全体に目を配り、かつて中断した頁や躓いた箇所から新たに読むことができる。本そのものの重量を手に受けながら全体を一覧しつつ再読すること、この触覚的な受容はまだ書物という形態がもちうる特権であり、「読み返す」ということの物質的な基礎を提供しつづけている。(「読むという生き方」より「五 再開するために」)
 
 仕事のあと、窓の外が青から濃紺に変わるまでのあいだの、たった13頁の読書ではあったが、書物を手にして、深く息を吸い、吐く時間を持てたことが、うれしかった。こういうふうに、本を読んできた人がいる、ということ。いつでも、どこからでも、ふたたび、読むことができるということ。「「読む」という小さな梃子」。


2026年4月7日火曜日

拾い読み日記 357

 
 朝、うっかり手がすべって「パリ散歩」の投稿を消してしまったので、書いたことを思い出して投稿しなおす。どうしてだか、噓を書いているような気がしたが、実際には、噓を書いているわけではない。

 このところ、澤直哉『架空線』の一節をよく思い出す。「私たちの心が手と協働して物を作るのですから、性根が腐っている者に、まともなものを作れるわけがない。」
 読んだ当初は、すごいことを書く、と震えあがったが、今では、この言葉はいましめであり、はげましでもある、と感じている。自分の性根はいくぶんねじれている気はするが、腐ってはいない。と思う。しかし、もっと本をふかく読まなければ、根が、乾いてしまいそうだ。

 風がびゅうびゅう吹いて、桜の花びらが、窓の外で舞っていた。


パリ散歩




 高遠弘美さんの著書『パリ散歩 我もまたアルカディアにありき』(法政大学出版局)を装訂しました。二年間のパリ滞在の日々を、ともに歩いて辿るような本です。手にした人の心に、やわらかな風が吹いてくるような、そういう装訂になっていたらと思います。

 プルーストの『楽しみと日々』の初版本をお借りして、マドレーヌ・ルメールの挿絵を装画としました。

 2024年刊行の高遠さんの著書『楽しみと日々 壺中天書架記』と同じく、編集は、法政大学出版局の赤羽健さんです。

2026年3月29日日曜日

花の下

 
 桜を見に、近所に出かける。大勢のひとたちが集まっていた。ステージで踊るなんとかレンジャーによろこぶ子どもたちの姿を見ながらビールをのみ、そのあとは、麦屋節(富山民謡)。民謡を、年をとるにつれ、好きになる。うたのなかに生きている、むかしのひとびとに会えるから。

 すれちがう人の声を拾った。「ひとりでどこにでもいこうとしないで」。きつい口調で母親が子どもに言い聞かせていた。顔もしらない子どもに、こころのなかで話しかける。あっというまに、ひとりでどこにでもいける日がくるよと。
 
 それから、桜なんてどうでもいい、とばかりに野球をするひとたちを見た。バッターが打った球は一二塁間に転がり、ランナーもバッターもアウトになる。あんなきれいなゲッツー、久しぶりに見たわ。一塁ベースコーチの声にうなずきながら、家に帰る。

 それからベランダに椅子を出して、また桜を見た。思い出すこと、思い出すひとが多すぎて、感情をおさえられない。ひとりで花をみていると、毎年、そうなる。ひとりでいるときにしか、そうならない。それはようするに、「わたし」と桜がつくりだす、つかのまの映画のようなものなのか? 友だちがくれたはがきを読みかえす。

2026年3月28日土曜日

拾い読み日記 356


  満開の桜の気配を感じながら、家にいた。隣家のアンテナで、澄んだのびやかな声を持つシジュウカラが囀りはじめた。去年の6月に来た鳥の声に似ていた。むこうから日が射して、黒いちいさな影が囀りのたびにわずかに動く。おだやかな春の空気にくっきりとした輪郭をあたえるような声だった。
 
 ある本の扉のレイアウトをして、別の本の校正刷りを読み進め、出来上がったばかりの本をめくり、なにごとかを書きつけ、今日も気まぐれな読書はまったくできずに日が暮れていく。それでも、〈本〉にたしかに関われている、自分の手が〈本〉に触れている、というよろこびが、ときどき胸にきざす。

 手元にあるのは、読むためではなく、構成やレイアウトがどうなっているのか確認するための本で、ひさしぶりに書棚から抜き出してみると、背のピンクが吃驚するほど抜けていた。めくって、読んでみる。

 歴史はひとつの世界であり、だからこそ人は本のなかに入っていけるのだ。最後のシャンディは、自分の本は散歩できるもうひとつの空間だと考えている。(エンリーケ・ビラ=マタス『ポータブル文学小史』)

2026年3月24日火曜日

拾い読み日記 355

 
 桜が咲いて、欅が芽吹いた。このあたりの景色と空気が変わった。風のなかにほのかな甘い匂いがまじり、細かくふるえてやまないものたちの気配を、肌で感じる。いつのまに。いつもそう思う。巡りくるものを全身でうけとめるためには、身体のこわばりをほどかなければいけない。忘れていたやわらかさをとりもどすこと。
 
 読んだものに影響されやすい性質を、うまく使いたい。ソル・ルウィットの手紙の言葉は、よい呪文だ。「あなたの掌には何だってできる力がある」。こうして書き留めていて、気付く。近くにいる人が、前から言ってくれていたことだった。
 
 近ごろ、わるい夢をみなくなった。きのう近所で見かけたのは、小枝をくわえた鴉。桜の木を見上げる若い人。樹上の尾長。二羽いた。あの羽の色を、もっと近くで見たかった。

2026年3月19日木曜日

拾い読み日記 354

 
 ソル・ルウィット展「オープン・ストラクチャー」をみた。開かれた構造/作品、開かれたアイデアにふれることは、ここちよいことだった。緻密に設計され、完璧にレイアウトされている作品も、手で制作されているから、揺れやずれやぶれがあって、そこに、「温度」や、「風」を感じる。息ぐるしくない。その開放感は、ルウィットの、このような言葉にもあらわれているだろう。「アイデアは一度でも表されたなら、すべての人の共有財産になると信じている」。これらの作品=アイデアは、すでに、それらをみた(知った)、自分のものでもある、ということ。眺めのよい広場にいる気分になって、ゆっくり、みて、歩いた。

 「一万本のランダムな直線、長さ約4インチ(10㎝)、10フィート(300㎝)四方の枠内に描かれる」ウォール・ドローイングの前に立つ。見上げると、線はあたまから降りそそぐようだった。雨や雪に降られることはあるが、線に降られたのははじめてで、陶然とする。

 「エヴァ・ヘスに宛てた手紙」を、何度も読んだ。

 あなたを信頼している。たとえあなたが自分で自分を苦しめているとしても、あなたの仕事はとてもいい。いっそ「ひどい」仕事——思いつくだけの最悪な仕事をして、どうなるか確かめてみればいい。大事なのは肩の力を抜くこと。全部どうなっても構わない——世界に対して責任を背負うことはない——責任を背負うべきは、ただ自分の仕事だけだ——だから、そう「する」こと。(展示図録より)

 無数の、垂直な、まっすぐでない線が描かれた壁の前では、とりとめがない、とほうもない、と思った。はてしないものを目の前にして、言葉をなくした。エヴァ・ヘスの早逝を受けて構想されたというあの作品の無数の線が、このような手紙を読んだあとでは、エヴァ・ヘスへの、言葉にならない、おわりもない、追悼の文字のつらなりにも感じられる。
 そのような連想は、もちろん、自分が、縦書き(縦組み)の文字を読むことが多いからではあるだろう。あの数え切れない「線たち」に思いを馳せると、音もなく降りしきるものを身体に感じる。

2026年3月17日火曜日

拾い読み日記 353


 ふつかよい。あたまがおもたい。昨夜ぬぎすてた服のかたまりから居酒屋のにおいがして、げんなりする。たのしかった。しかし、またよっぱらって乱暴狼藉をはたらいた、という思いで、おちこむ。のみすぎないようにしよう、と何度もじぶんにいいきかせながら会にのぞんだのに、のみすぎた。「あなた、山賊みたいに笑いますね」。のみすぎた翌日にあたまをよぎる言葉だが、どの本で読んだのか、思い出せない。

 このところ、しごとばかりして、本のことばかりかんがえて、閉じこもっていた。昨日、バスから降りて、駅の階段を上るとき、こんなことでいいのだろうか、と思った。〈生〉をたのしんでいるのだろうかと。そのとき聞いていた音楽のせいかもしれなかった。森の奥から聞こえてくるような、ひそやかな響きを持つその声が、耳から身体にはいってきて、みずからの〈生〉をかえりみるように、うながした。

 流浪の終点は死である。ボストンバッグを一つ持って出掛ける。自分の部屋から出て行く。ベビーダンスや本棚から離れること、持っているものから離れるのだ。それから家族や友人や貯金通帳とも離れるのである。なんと素晴らしいことだろう、裸で生れてきたのに生きているうちにいろんなものが纏いついてしまう。それは、ダニだ。持ち物、家族、友人、ダニだよ、流浪はそのダニから離れることが出来るのである。(深沢七郎『書かなければよかったのに日記』中公文庫)

 「ダニ」が3回出てくるが、2回目の「ダニだよ」が、なんだかすごいと思った。この語にまとわりつかれてしまったのを振りはらおうとして、ここにうつす。


2026年3月13日金曜日

拾い読み日記 352


 しょっちゅうあたまがいっぱいになるので、しずめたくて、瞑想しよう、と寝床にはいれば(さむいから)、たいてい、ねてしまう。それで、いくらか、すっきりする。

 なにかをゼロからかんがえるときは、すっきりしていたほうがいい。なにもない、ひとつの空間としてのじぶんをイメージして、しずかになって、そこに、あらわれてくるものを待つ。あらわれたら、こわさないように、そっとつかまえる。よくみてみる。流れにまかせて、かたちにする。それをととのえる。つよいちからはいらない。

 倉数茂『私自身であろうとする衝動』の宮沢賢治論にみちびかれて、宮沢賢治の手紙を読んでいた。

 どうかもう私の名前などは土をかけて、きれいに風を吹かせて、せいせいした場処で、お互ひ考へたり書いたりしようではありませんか。こんな世の中に心象スケッチなんといふものを、大衆めあてで決して書いてゐる次第ではありません。全くさびしくてたまらず、美しいものがほしくてたまらず、ただ幾人かの完全な同感者から「あれはさうですね。」といふやうなことを、ぽつんと云はれる位がまづのぞみといふところです。(母木光宛、1932.6.19/『宮沢賢治全集9』ちくま文庫)

2026年3月8日日曜日

拾い読み日記 351


  向かいあってみると、その人の変化を感じた。20年前より、目のかがやきが増していて、まぶしかった。この人のなかにある、澄み切って、あかるいものがつたわってきた。「あこがれ」とやわらかなこころをうしなっていないのだ、と思って、うれしかった。年をとって、かたくなになっていく、そのことを、おそれている。

 ひさしぶりに、宇佐見英治さんの言葉を読みたい、と思い、『一茎有情』(志村ふくみさんとの共著)を手にした。

 わたしは知的な芸術家が好きです。しかし苦しむことを知っている本当に知的な芸術家は、常にsimpleであると信じています。辛抱強く、simpleで、敬虔であること。それはすぐれた漁師、よい百姓、とりわけ職人の持っている美徳です。芸術は人びとに語りかけるとともに、一本の草、一つの小石、空に浮ぶ雲にも語りかける仕事です。simpleでなければ、どうして草木に語りかけうるでしょう。

 自分をせかすものや、しばるものからはなれようとして、「ここ」にきた。それは、望むと望まざるとにかかわらず、関係のなかにいきる人間としては、何度も思い出す必要が、あることなのだった。

2026年3月5日木曜日

拾い読み日記 350


 部屋に突然、大蛇があらわれる夢をみた。蛇のあたまは人のあたまくらいの大きさだった。逃げようとしてもからだが動かず、蛇がちかづいてきて、もう数センチのところで肌と肌がふれあってしまう、どうしよう、というところで目が覚めた。
 友人たちといっしょにバスにのってどこかに出かける、たのしい夢もみたはずなのだが、うまく思い出せない。誰かの世話を焼いていた気がする。現実では、ほとんどそういうことはしない。どちらかといえば、つめたい人間だと思う。

 ちょっと急なしごとがふたつ重なり、ほとんど本は読めないが、すこし前に読んだ岩崎力『ヴァルボワまで』、「二つの読書論」がよかった。プルーストとラルボー、二人の、二つの読書論。とりわけ末尾の文章には、力づけられる。そして、泣きたいような気持ちになる。

 《また逢う日まで》——彼が希求したのは誰との出会いだったのであろうか? 『罰せられざる悪徳・読書』のなかの言葉を引いて言えば、私にはそれが「世俗の権威をいっさいもたず、数からみてとるに足らぬ選良、さまざまな言語領域に分散させられて小さなグループを形作っているだけの哀れな選良」、しかしながら国籍の相違、言語の相違を超えて相互に理解しあえる選良との出会いであったと思われてならない。

 何冊か持っていたはずのラルボーは手放してしまったが、またきっと、出会える。人も、本も、幾度わかれても、ほんとうにはわかれられるものではないのだから。

2026年2月24日火曜日

拾い読み日記 349

 
 このところ、すこし言葉に関して過敏になっているのか、見るだけは見ていたXに流れてきたある作家のらんぼうな言葉を読んで、もう無理だ、と思い、アカウントを削除した。そして、「タイムライン」から解放された。

 あのような、無思慮かつ威圧的な人間の書いた本が広く読まれていることを、どう考えたらいいのか。くらい気持ちになった。このことは、現在の出版状況や政治状況とも、無縁ではないと思われる。アテンション・エコノミーという怪物がのさばっている。そこから、どう身を守るのか。
 もう無理だ、と思ったのは、自分が、その人の、唐突にも思える攻撃的な言葉に、何が起きたのか、知りたい、といっしゅん思ってしまったからだった。こころと言葉の危機を感じた。

 私は、自分はひとりぼっちでいるほうが、いい人間になれることを考えて、おかしくも思ったが、それは、うそいつわりのない事実であった。元来、不器用な人間が、すばやいひとたちについてゆこうとすると、納得もしないうちに物事を切りあげ、何かを口にし、先へ歩いていかなければならない。いつも中途半端なところで、粗雑に生きていかなければならない。(石井桃子「ひとり旅」/『石井桃子集7』)
 
 ブログは、反応がないから、続けられる。SNS的には、隠居、みたいな。偏屈とか変人とかいわれてもいい、とMにいったら、彼は、だいじょうぶ、俺のほうが偏屈だから、といった。

2026年2月22日日曜日

拾い読み日記 348

 
 本を数冊買いもとめた日の翌朝は落ちつかない。やってきたばかりの本や、このあいだやってきた本や、ずっとあった本を、気の向くままにぱらぱらめくり拾い読んでいると、それぞれの本の言葉にひかれ、ふかく共鳴するような感覚をおぼえる。さまざまな音が鳴っている。もっと読みたい、読まなければ。そうした思いも、その音によって、みだされてしまう。

 ドアを開けて外に出る。強い風にのって走っていく枯れ葉たちとすれちがった。もう退散します、といったような風情でどこかへ去っていった。橋のところで、かすかに、よい匂いがした。帰りに、また風が、その匂いをはこんできたので、花をさがした。どこにいる? すぐには見つからず、左右を見まわしながら、歩いて、見つけた、低い木の、ちいさな花。まだはんぶん以上は、蕾だった。沈丁花の匂いを、どうあらわしたらよいのか、わからない。よい匂い。きよらかな匂い。おくゆかしい匂い。うつくしい匂い。

 一昨日の夜中、足が二度つった。しぬかと思うほど痛くて、今もまだすこし痛い。昨夜の卓球でも、足があまり動かなかった。動画を撮りたいというひとに協力して、その動画を送ってもらって見ると、角度のせいか、体型のせいか、前傾姿勢のせいか、どこか、熊っぽかった。体は重そうだが、ここぞというときに相手に一撃をくらわせるところとか(比較的フォアハンドが強い)。球技をおぼえた熊。もっとかろやかにプレーしているつもりだったのに。

 午後、バシュラールをときどき繙きつつ、針と糸を使った制作をすすめる。

 書かれた夢想を知るもの、ペンの流れとともに生きること、十全に生きることを知るものにとって、現実世界は何と遠いものだろう。いわねばならなかったことが、思わず書きたくなるものによってたちまちとってかわられるので、書かれる言語が自分自身の世界を創造することがよくわかる。(G・バシュラール『空と夢』宇佐見英治訳)
 
 軽くなるためには、書かなければならない。「動体(モビール)」になるために、書くこと、夢をみること。

2026年2月19日木曜日

拾い読み日記 347


 ひかえめな光沢のある水色の紙を、少しだけ針の先で削ったようなかたちのひこうき雲が、ゆっくり、ゆっくり、進んでいった。ふかみどりのプールの水面がきらめいている。水のなかにはさまざまな生きものがひそんでいるのだろうな、と思う。つぎの夏が来るまで生きものは増えつづけ、みどり色はより深くなる。
 月にはいつも不意をつかれてきたけれど、今日は二日月だと知っていたから、さきまわりして待っていた。繊細な、いまにも消えてしまいそうな弱さで光っている。細い月がすきなのは、細い文字がすきなことと、関係があるのか、などとかんがえながら、見ていた。

 今日も美術館へはいけなかった。午後、絵本を一冊、読んだ。規則正しく生活して、まじめに仕事をする、くまの話。ひとりで起きて、ひとりで働いて、ひとりで眠る、ある日のくま。すきな仕事をして、おだやかに暮らすぬいぐるみのくまのすがたを見ているだけで、気持ちがおちつく。

  それから、エプロンを かけ、
 パンのきじを つくります。
 パンのきじを どさっ どさっ どさっ!
 と こねます。どさっ どさっ どさっ!
 それから、パイやケーキを つくります。

 (フィービとセルビ。ウォージントン作・絵『パンやのくまさん』まさきるりこ訳) 

 こういう、「どさっ どさっ どさっ」という擬態語や、ものの数をかぞえるところ(「1こ、2こ、3こ!」)では、たのしそうにさけぶ子どもの声が聞こえる気がして、いつも、ゆかいな気分になる。きっと、読んでいるとき、すぐそばに、しらないこどもや、こどものじぶんが、いるのだ。