2026年7月5日日曜日

拾い読み日記 369

 
 石井桃子『新編  子どもの図書館』(岩波現代文庫)を読みはじめる。石井桃子が1958年に自宅で開いた子どものための図書館「かつら文庫」の7年間の記録をまとめた本である。
 まえがきの一節を、どこかで読んだことはあった。その箇所を、中野重治が引用していることを、『市村弘正著作集  下巻』で最近知って、まえがき(の一部)だけでなく、本文も、ちゃんと読んでみよう、と思った。

 お知らせの立て札を立てたり、貸し出しカードを作ったり、本を準備したり、部屋をしつらえたり、手探りであたらしいことをはじめて、それがかたちになっていくさまに、わくわくする。通ってくる子どもの話すことや仕草や身振りや本を読むことで変わっていくようすが、たんたんと書き留められていて、そのおちついた語り口に安心する。

 さまざまな本と子どもたちのすがたが描かれている。父親から誕生日に買ってもらった図鑑の話を聞いて、今度見せてね、と帰り際にいったらすぐに重たくて厚い本をふうふういいながら持ってきた子どもの話が、すきだ。

 それは、とても茂ちゃんに読めるような本ではなかったのですが、かれは、お父さんやお母さんから聞いた説明をそら(下線部は傍点)でおぼえてしまっていたとみえ、その本をとりかこんだ中学生や私たちに、「ほら、この本のここ。××星。すごいだろ。ほら、△△星はここ。」と、自由自在にパタンパタンとそのページをあけて見せてくれたのです。(p.101)

 その子と本が、いきいきとうごいて、ひとつになって、なにかを伝えようとしている。こんなふうに、本をいきいきとさせることが、ほんとうに、本を愛するということかもしれない、と思った。

 私は、この本を書くにあたって、「これからの子どもは、いままでの子どもにくらべて、本を読まなくてもいいのか、または、本は読まなければいけないのか」という点では、「読まなければいけない」という立場をとりました。(「まえがき」より)

 中野重治は、このことに賛成する、と書いたあと、石井のこの文章の魅力について触れている。いさぎよく、美しく、そして「楽しい」という。たしかに、この書き方は、石井桃子というひとの、ほかのひととは異なるたぐいの「美しさ」、すなわち、きまじめさやつつましさやおもしろさ、それらをふくんだ独特の「間合い」をつたえるものだと思う。そしてそれらの美質は、本を読むことそのものの楽しさにもつながっているので、ただあとをついてまわりたいだけの子どものように、「これからの大人は、」といいかえたくなってしまう。

2026年7月1日水曜日

拾い読み日記 368


 一昨日、高橋源一郎『文学じゃないかもしれない症候群』の文庫版(朝日文芸文庫)を、水中書店で見つけて買った。単行本のほうを学生のときに持っていたのだが、それも拾い読みだったのだろう、読んだおぼえのない箇所が多かった。

 たとえば、「少数派としぐさ」。著者は書く。エドワード・サイードが見たジャン・ジュネのしぐさについて。加藤三郎が見たグループ(東アジア反日武装戦線「狼」)から脱落して死んでいった者たちの最後のしぐさについて。ひとりの東ドイツの反体制作家が見た油絵のなかのスターリンのしぐさについて。とりあげた三冊の本から、七つの言葉が導き出される。少数派、しぐさ、裏切り、暫定的、伝達、翻訳、反復。

 ことばが思考を正確に伝えることができると信ずる者がいる。だが、少数派はそれを信じない。ことばは人を裏切る。だから、少数派にとってことばはいつも暫定的だ。だが、それでも人は伝達を願う。なにによって? しぐさによってだ。なぜなら、しぐさはある特定の個人に属していてその意味を別の言葉に翻訳したりできないからだ。そして、翻訳できないものだけが、類型的な反復を免れるからだ。(p.179 )

 昨日の新聞で、「沖縄戦「集団自決」教科書記述の修正——執筆者の後悔」という記事を読んだ。2007年の第一次安倍政権下、文科省の教科書検定意見により「集団で『自決』を強いられた」という記述を「『集団自決』においこまれた」と修正した元高校教諭についての記事だ。意見撤回を求める沖縄県民大会に参加して帰ってきた、日焼けしたその人の教卓での「むせび泣き」、その姿を記憶していたひとりの生徒が、記者になって書いた記事だった。

 「私は私自身の言葉の選択によって裏切られる」(ジュネ)。だが、しぐさは「わたし」を裏切ることはない。意思で制御できないしぐさ、つまり身体から溢れてしまう、あらわれてしまうものを見つめる目と、見たものについて考えつづける力が、自分にあるのか、問われているようにも思われた。見ること。気づくこと。そしてそれを記憶すること。ひとのしぐさや身振りをうつす、白いスクリーンのような身体のイメージが浮かんだ。あるいは、そうしたものたちが生きる舞台としての身体。

 ひとは、よりよい方に、向かっているのかどうかわからないが、いや、向かっていないように見えるからこんなことを書いているのだろうが、いま、ヒューマニズムについて、身体の問題を抜きにして考えることができない。わたしは、わたしの身体を、わたしの感覚を、裏切っていないだろうか。これはかけがえのない「媒体」としての身体を、他者にひらいていくための問いでもある。

 先を考えずに書き始めて、途中で食事したり眠ったり泳いだりのんだりして、考えるともなく考えながら書き進め、まだ先にいきたい気がするが、ひとまずここでやめておく。今日は下半期のはじまり。あたらしいことがはじまりそうな予感がする。


2026年6月27日土曜日

拾い読み日記 367


 印刷された本のなかに避難所を見出し、そこで自律的な生を営んできた文字は、広告によって、情容赦もなく街頭に引きずり出され、経済的混沌という野獣のごとき他律の足下に引き据えられる。これが、文字の新しい形態にあてがわれた苛酷な教育課程である。
もう何世紀も前から徐々に横臥し始め、直立した碑銘から、斜面机に斜(はす)に寝そべった手稿へと格好を変え、とうとう書籍印刷という衣をきて寝転がってしまうまでにいたった文字は、そういう言い方をするなら、いままた、まったく同様に、ゆっくりと床から身を起し始めているのだ。すでに、新聞は水平よりもむしろ垂直の姿勢で読まれているし、映画と広告は、文字に、完全に独裁者的直立姿勢を強いている。そして、本など開こうものなら、たちまち、移ろいやすい、色とりどりの、喧嘩腰に喚きたてる活字の群れが、ぼくらの両眼の上に雨霰と降り注ぎ、本の持つ古代の静謐のなかに忍びこめるチャンスなど、微々たるものになってしまったこの節なのである。(『ヴァルター・ベンヤミン著作集10 一方通行路』晶文社) 

 今や、文字は、せわしなく流れていくものである。文字は垂直にも水平にも斜めにもなる。どこにでも入り込むし、いつのまにか忘れ去られる。光の明滅のように素早く、現れたり消えたりする。出し抜けにやってくる。気の向くままに公にできる。この手軽さによって失ったものは何だろう? そして、得たものは、失ったものより、よいものなのだろうか?

 難波優輝『本とは何か』を読み始める。読みやすいけれど、いそいで読まないようにしよう。途切れ途切れに読むことの重要性。一気に読んでしまうと、読んだことについて、ぼんやりとでもかんがえる時間が少なくなる。生活に、本の内容を、溶かしていく、もしくは、縫い込んでいく、そういう時間が大切なのだと思う。濃く深く、その本を読むために。自分だけの、忘れがたい、「読書パフォーマンス」にするために。

2026年6月25日木曜日

ながい窖/掌の美術論




 手塚治虫『ながい窖』の装訂について、エッセイを書きました。これまでは法政大学出版局の編集者の赤羽さんからいわれて書いていたのですが、今回は、たのまれてもいないのに、自分から書きました。どうしてか、書かないとすまないような気がしたのですが、書いてみると、書いてすむようなことでもなかったとわかりました。

 今朝は、偶然、新聞で「窖」という字をみました。「戦争トラウマ」の記事(朝日新聞朝刊)に出てきました。日中戦争の最前線となった中国の農村地帯で、日本兵に襲われ、殺された人びとの遺体が投げ込まれた場所が、水窖(すいこう、地下貯水槽のこと)というそうです。
 「窖」という文字そのものに、戦争における加害と被害を伝える意味合いが込められていたのでしょうか。親からくりかえしその話を聞くことで、「水窖」によるトラウマが受け継がれてしまう事実に胸が塞ぎ、同時に、自分の知らない「窖」が、世界のいたるところに存在するということ、それらの「窖」との関わりは、はじまったばかりなのだということを、思いました。



 美術史家の松井裕美さんの新著『掌の美術論 触覚と想像力(勁草書房、近刊)をデザインしました。
 触覚や身体感覚を軸にして芸術作品に向かい合ってみると、こんなにゆたかな世界がひろがるのか、と目がひらかれると思います。たくさんの刺激をうけました。文字を追いながら、もっと、みたい、しりたい、つくりたい、遊びたい、という渇望が、おなかのあたりから湧いてくるようでした。

 装画には、紙版画と紙刺繍によってできたグラフィックを配しました。どちらも、偶然の力が大きく作用してできたものです。美術史家の「遊び」にデザイナーの「遊び」を重ねてみました。自分の手で「遊戯場」を作れたらいいのに、という思いがかたちになったものかもしれません。どんな人でも遊ぶことができる場所。夢中で遊んでいるうちに楽しくなって、こころが解き放たれて、自分も何かできる、その力がある、と思えるような場所が作れたら。ようするに、この本がそういう本なので、それをかたちにしたいと思ったらこうなった、ということでしょうか。アートに触れることなしにいきられない人や、絵を描く人、ものを作る人に、とくにおすすめします。 

 どのページにも熱いものが流れているような本なので、もしむずかしいと感じたら、まずは拾い読みでもいいのではないかなと思います。今は、以下の部分に、特にひかれます。

 墓の上で遊ぶということは、死者とともに生きるということだ。芸術という遊戯の中に立ち現れてくる聖なるものの亡霊に注目したディディ゠ユベルマンは、そのボルタンスキー論の中で、死者とともに生きるのに二つのあり方があると述べる。一つは「精神の病へと沈むこと、喪の悲しみ、無為のなかで立ちすくみ、身動きできなくなること」。もう一つは「遊び、動き、自身にとりつくものとダンスし、作業をすること」。(p.205)


2026年6月24日水曜日

たまごについて


 玄関のドアの前に、小さな卵の殻がある。しばらく前にも、そのあたりに、べつのやつが、あった気がする。なぜこんなところにウズラの玉子の殻を捨てるのだろう、と不審に(かつ不快に)思っていたけれど、これは、ヒトのしわざではない、ということに、ようやく、気がついた。たしか、新聞か、本を読んでいたときだった。おどろいて顔をあげると、ぬいぐるみと目が合った。(そうなの?)(そうだよ)。どんな生き物の卵なのかは知らないが、なぜここにのこされたのか。卵の中から、何が出てきたのか。知る者は誰もいない。殻は中から割られたのだろうか。何かあたらしいものが、うまれたのだろうか。それにしても、なぜそんな些細なことを書きたいと思ったのか。ちいさな卵が落ちていただけなのに、いくつもの疑問によって、自分の内側がなんだかいきいきしてきたのが、おもしろいというか、ふしぎだった。しらないうちに、殻が割れて、あたらしいものがうまれる。あたらしいものになる。ヒトだって生き物だから、そういうことが、ないとはいえない。


2026年6月20日土曜日

拾い読み日記 366

 
 湿気のせいか、もしくは朝から二時間半も全力で卓球したせいか、身体がとてもだるい。うつ伏せでくったりして、このあいだみたアンドリュー・ワイエスの描いたしんだカラスのことをぼんやりかんがえていた。カラスのからだから抜け出したたましいは、ワイエスのことが、きっとたまらなくすきだろう、と思った。それから、本を手に取った。
 
「現代美術」として通用するルリユール。しかし、不必要な細工は一切したくない。思わず手に取りたくなるような、手に取って読まずにいられなくなるような、そんな本がつくりたい。(栃折久美子『装丁ノート』)

 そうだった。自分も、そんな本がつくりたかった。「時流」からはずれているような不安から、自分にとってたいせつなことや自分の資質を、見失いそうになっていたことに気付かされた。「本」の存在に、感謝した。
 それから、かんがえたこと。1981年に書かれた言葉を、2026年にブックデザインという問題になやむひとりの人間(わたし)が読んで、力を得た、ということは、ちょっとおこがましいけれども、自分の書いたことも、40年後の本に関わる誰かが読んで、ひとりではない、と思ったり、するかもしれない。できたら、そのひとを力づけたい。今、求められなくてもいいから、40年後のそのひとに向けて、文を綴り、本を作ってみたくなった。書物は手紙、という、その意味が、ようやく、わかりつつある、ということだろうか。

 『装丁ノート』は、1987年刊。活版印刷、糸かがり、見返し紙なし、別丁扉なし、と著者の書物観と美意識があらわれた、並製だけれど端正な、うつくしい本である。誠実であることはうつくしい。内容だけでなく、そのかたちによって伝わってくるものがあって、開きもよく組版もすっきりと読み心地がよいから、何度も読み返したくなる本だ。

2026年6月18日木曜日

拾い読み日記 365


 買い換えたあともめんどうで放ってあった約20年前のiMacと約10年前のiMacを、ようやく処分する気になり、初期化しようとしていて、10年前のほうはどうにかこうにか出来たのだが、20年前のほうは、なかなかに難しい。調べると、買ったときに添付されていたインストールDVDがないと初期化できないらしいのだが、もうそんなもの、とっくに捨ててしまった。いろいろと調べて、試して、しんから疲れた。もうハードディスクをドリルでぶっこわすしかないのか、という思いもよぎったが、そんな気概もない。

 眼鏡をはずして横になって、本棚の背の文字も見えないまま手をのばし、本を一冊抜き取ってみると、『日本の詩歌30 俳句集』(中公文庫)だった。てきとうに目についた句を読む。

 翅わつててんたう虫の飛びいづる   高野素十

 天道虫は、夏の季語。太陽に向かって飛んでいく、幸運を象徴する虫だという。ちいさな虫のちいさな翅のうごきを思い浮かべて、こころがすこし晴れて、またこの「めんどうくさい」機械に向かい合う気力が出てきた。

 それからしばらくして、自分自身に、驚いてしまった。毎日のように使っていた道具に対して、ドリルでぶっこわすなどと、暴力的な考えを持ったことが意外だった。この「物」への暴力性は、どこから来たのか。この機械を使ってなされる行為(読むことや書くことや調べることやデザインすること、そのほか)に、その暴力性はおよんでいないのか、かんがえる必要がある、と思った。

2026年6月15日月曜日

拾い読み日記 364


 あるデザインを見て怒りが湧く、というのはどういうことなのだろう。身近な者がネットで見たブックデザインに対して(同時に、装幀家に対して)怒っている。実物を見ていないのに。
 自分は、どうだろう。そうしたデザインを見て感じるのは、失望や落胆である。なぜそのようなデザインがなされるのか。なぜある者はそれに怒り、ある者は落胆するのか。そして、ある者は称賛するのか。ブックデザインについて、もっと深く考えなければ、と思う。そしてそれを、言葉にしなければと。

 戸田ツトムがブックデザインの制作過程について話している言葉を書き留めておきたい。「画面を見て、出力して、本に巻いて、手にとって、棚に置いて。そういう環境との関係を見ます」(「ユリイカ 総特集 戸田ツトム」、平倉圭によるインタビュー)。自分もそうしている。多くのデザイナーはそうしているだろう。件の装幀家はどうか知らないが、「環境との関係」は、あまり重視していないように見える。

 戸田ツトムがデザインしたジル・ドゥルーズ+クレール・パルネ『ディアローグ』(河出文庫)を見る。澤直哉「線の倫理のために 河出文庫における戸田ツトム」を読んだあとでは、デザインが、以前とはまったくちがって見える。横組みの近接した文字と文字は揃えられず、文字と写真も揃えられず、かたまっていない。縦組みの文字、右端に一行で組まれた著者名と訳者名は、固定されているようで、そうではない。横組みの文字との関係のせいか、写真の「わからなさ」のせいか、全体に、何か、見るものを、ざわつかせるものがある。しかし、それは不快なざわつきではない。「ひと」の気配のせいかもしれない。ものを見る視線のぶれ、目のゆらぎ。文字をそっと放つ手のうごき、指のふるえ。

 よく見ると、著者名の欧文「Gilles Deleuze/Claire Parnet」は、スミ100%ではない。わずかにアミ点が見え、文字のエッジがクリアではない。さらに、その左に置かれた欧文タイトル「Dialogues」は、それよりほんの少し、薄くなっている。それが、どういう意図でなされたのかはわからない。もしかしたら、使われている写真の濃度と関係があるのか。ひょっとして、左のほうから弱い光が射しているのか? わからない。しかし、その、濃度のちがいに気付いたときの感覚を、記憶しておきたい。ものごとのささやかなちがいを見出すという出来事を、おくられてきたものとして、受け取った。


2026年6月12日金曜日

拾い読み日記 363


 ベンヤミンについて書かれた本を読む。その合間に、ベンヤミンが書いた本を読む。古本で買った三島憲一『ベンヤミン 破壊・収集・記憶(現代思想の冒険者たち 第09巻)には、すこし書き込みがあって、「アクチュアリティ」と、余白に書かれているのが目にとまる。まだ幼さの残る、おそらくは大学生くらいの人が書いた文字に見える。
 もっとも興味のある部分「収集と引用」を読みたいが、そこを読んでしまうとほかのところは読めない気がして、最初から読んでいくことにする。

 雨が来る前、東の空をずっと見ていた。とても淡い水色の空にパールホワイトの絵の具で描いたような大きな雲が低いところに横たわっていて、このような儚い美しい光を放つ雲が存在することが信じられなくて、まぼろしのようだ、と思った。夢のような雲。というよりは、雲のような夢、といったほうがふさわしい。あの雲は、いったい、何だったのだろう。

 「形象の世界に浸る喜びとは、知に対する陰にこもった反抗心によって培われるものではなかろうか」、とベンヤミンは書いている。もしかしたら、思うように本が読めないのは、「形象」にこころを奪われすぎているから、かもしれない。

2026年6月8日月曜日

拾い読み日記 362


 くもり空。今日はあんまりひとに会いたくない。
しずかに、本を読んだり、ものを書いたりして過ごす。昼寝から覚めて、南Q太『ボールアンドチェイン』の5巻を読む。読むのは二度目だが、最後のページでは、またすこし、じいんとして泣いてしまう。
 けいとさんとあやさんの出逢いと再会は奇跡のようだが、こういうことは、現実にもあると思う。通りすがりのひとに、すくわれること。知らずに、すくっていたこと。思いがけなく、つながっていたこと。
 仕事をしながらボクシングに真剣に取り組むけいとさんにはげまされる。何かに真剣になることで、強くなれる。

 自分の卓球生活も転機を迎えている。たのしみながら少しずつ上手くなれたらいいなあと思っていたが、先日の市民大会でスカウト?され、クラブチームに入ることになりそうだ。50代は、レディース卓球の世界では、まだまだ若手なのだった。60代でもまだ若いほう。70代、80代のベテランプレイヤーにまじってたたかうことで、これからむかえる老年期を、あかるい気持ちですごせる気がする。

 自分を「生かす」ために、強くなりたいと、このところとみに思うようになった。ラリーと同じで、自分の持っている力を出すことができれば、相手もそれに応えてくれる。自分を生かすことが、他者を生かすことにつながる。


2026年5月30日土曜日

豊島にて/母型

 
 音もなく、まるで涙のようにひそやかに湧きでてくる水のかたまりをみていたら、そうだった、こんなふうに、感情はうごくのだった、と思った。思い出した。感情だけではない。からだも、自らの生も、このように、うごかして(うごいて)いけばよいのだった。

 わたしという生が、泉のように湧いて、流れて、ある地点でほかの生と合わさって、ひとつのかたちをつくる。かすかな風にもふるえ、たやすくすがたを変えてしまう、あいまいな物質としての「わたし」。とどまることはできないのだから、ただ、そのときどきのかたちをいきればいいと思えた。

 梢が揺れて、ときおり葉が落ちてきた。どこからか、虫がやってきた。一枚の葉、一匹の虫を、こんなに近しく(いとしく)感じたことは、かつてなかった。虫の歩みを、いつまでも目で追っていた。わたしのまなざしは、いつしか、わたしではないもののまなざしと重なっていく。

 顔をあげれば、ひとびとがいた。ここでは、にんげんは、鳥たちよりもしずかないきものとして存在することをゆるされていた。灰色のおおきな繭のなかで、まもられながらひらかれて、すこしずつ、世界に解けていく。それはおそろしいことではなかった。 


ながい窖




 手塚治虫『ながい窖』(法政大学出版局)の装訂をしました。
 タイトルは、「な」「が」「い」「窖」、という活字を入手して、それを押して作成したものです。「窖」という文字をはじめて見ました。「穴」ではなくて、「穴蔵」=「窖」(あな)です。
 この装訂は、編集者の赤羽さんと一緒に手探りして出来上がったもの、という気がします。何かとたすけていただきました。この本のこと、装訂のこと、読み返して思うことを、あらためて言葉にできたらと思います。

2026年5月22日金曜日

『パリ散歩』の装訂について


  4月に刊行された高遠弘美さんの本『パリ散歩』の装訂についてのエッセイを、法政大学出版局のnoteに書きました。

 今回は、紙のこととか装画のこととかレイアウトのこととか、具体的なことが、書けませんでした。省きましたけれど、いろいろと迷い、なやみながら作りました。とくに、カバーの紙について。使ったのは「ソフトバルキー」という名前の紙で、色は、「ナチュラル」です。その裏面に刷っています。表面は、なめらかすぎたからです。この紙を見つけられたことが、この装訂にとって、よかったと思っています。(あとから気付いたのですが、『丹生谷貴志コレクション』のカバーと同じ紙でした。)

 本の触り心地のよさと、愛着の深さは、自分にとっては関係があるようですが、人によるのでしょうか。読んでいて、指が心地よい、手になじむ本がすきです。

2026年5月19日火曜日

拾い読み日記 361


 何気なく手にとってめくってみた雑誌に読み耽る、そんなささやかなことこそが、読むことのよろこびであり、生活のたのしみだろうと思う。ずっとそれができなくて、物足りなかった。

 今朝は、いつ買ったかも忘れてしまった(とはいえそんなにむかしではない)89年刊の『季刊[武蔵野美術]No.74』を読んだ。早見堯「受動性と差異」。キーファーやポロックなどの現代美術家の制作について語る言葉にひきこまれた。「終始、紙や絵具というメディアに制作を従わせる受動性と、それによって立ち現れてくる差異化される自己の大いなる肯定」。

 自分は読書においても制作・仕事においても感覚的かつ受動的すぎるきらいがあるのだが、それは、確固たる自分がないから、もしくは、うたがっているからだろう。

 見るときも読むときも書くときも作るときも、自己を開いていくこと。自分を見失うこと。自分を見つけること。あらわれてくるものにしたがうこと。「自分らしい」かどうかなんて、気にせずに。

2026年5月17日日曜日

障害と生きることの現象学




  稲原美苗さんの著書『障害と生きることの現象学 脳性まひの身体からみえる生活世界(平凡社、近刊)をデザインしました。

 エッセイ的な「経験を語る」と論考的な「経験を記述する」の二部構成になっていて、どちらから読みはじめてもいいのですが、一度読んだらそれでおしまい、という本ではなく、第一部と第二部をいったりきたりして、長く読み続けたい本ですし、そんなふうに読まれるのがふさわしい本です。

 ゲラを読みながら、書かれていることと自分の思いを、著者の生と自分の生を、いったりきたりして、こころはさまざまに揺れ、ときには、涙が出ました。

 「涙は、見えるものと見えないもの、身体と心、内と外のあいだにかかる橋のようなものである。」(「はじめに」より) 

 涙を「境界をまたぐ声」としてとらえる言葉にはっとしました。それまでは、自分の意志ではコントロールできない涙を、どこか、やっかいなものと思っていました。

 装画について。あらたに描いたのは、流された涙に思いをはせながら描いた青い絵だけで、あとは、手放せずにのこしていた版画のような画のかけらを切って、重ねたものです。あまりあたまでかんがえず、身体のおもむくまま、手のうごくままに作りました。

 わたしにとって、装幀という仕事も、テキスト(書かれた言葉)とわたしのあいだにかかる橋のようなものかもしれません。自分の意図やコンセプトで「つくる」のではなく「生じる」ものとしての装幀を、目指していきたいのだ、と思いました。そのことに気づけたのは、とても大きなことでした。

 編集は、平凡社の、吉田真美さんです。見本を届けてくださって、わかれたあと、古本屋に寄って、それから吉田さんと最初に打ち合わせをしたカフェにいって、ひとりビールをのみながら、出来たばかりの本を開いたり閉じたり眺めたり触ったりしながら、これでよかった、という思いと、これでよかったのか、という不安のなかで、また揺れていました。そういうたちなのです。でも、「わたしたちは〈あいだ〉で生きている」。本がそばにあるから、だいじょうぶ、と思っています。

2026年5月2日土曜日

拾い読み日記 360


 こころをおちつかせて脳内ひとり会議をしよう、と寝床に入って(昼寝をして)目覚めて、今日はもうしごとはやめて本を読もう、と決めた。どうしてだか、はぐれたような気分の午後だった。

 コーヒーを淹れて、おやつをたべながら、このあいだ三日月書店で買った武田花さんのエッセイ集2冊を、かわるがわる手にとる。『煙突やニワトリ』と『カラスも猫も』。むかし持っていた本がなつかしくて買う年ごろになったのか、といえばそれはそうなのだが、この本の「感じ」が大好きで、古本屋の棚で見かけたとき、どうしてた?と声をかけられたような気持ちになったから、また手に入れたくなったのだ。装画も装幀も、まったく力みがなくて、色が調和していて、それでいてふわっと浮いているようで、すばらしいと思う。

(ちょっと恥ずかしいのだけれど)煙突が好きだ。遠くの方に煙突が見えると、行ってみたくなる。そして、真下に立って見上げてみる。気に入ったら、写真も写す。
 そんなことをしながら、知らない町を、あてもなしにうろうろ歩いていると、自分がひどく臆病な癖して見たがり屋の、小さな虫のような気がしてくる。(武田花『煙突やニワトリ』)

 給水塔が見えると、同じような気持ちになる。このまま、はぐれたままでいたいと思う。

2026年4月30日木曜日

トラスト・ミー

 肌寒い4月の終わり。疲れて起きあがれない。このあいだ町にかかったおおきな虹や、約30年ぶりにみたハル・ハートリーの「トラスト・ミー」のことを思い出して、起きあがろうとした。

 とてもすきなのに、こんなくるしい映画だったのか、と意外に思った。ほとんどのことを忘れてしまっていた。久しぶりに会うふたり(マリアとマシュー)は、それぞれに、虐げられていて、孤独で、純粋で、偏屈で、親切だった。彼らが、一緒にいること、見つめあって、思いあっていること、いや、それぞれがひとりで歩いている姿をみているだけで、うれしくて、しあわせな気持ちになった。そのことを、こうして書きとめるだけで、すこしずつ、前に進む力がわいてくる。ふたりがとてもすきなのだ。すきな人は力をくれる。

 ふたりの最後の会話を(聞き取れないから)しらべると、このようだった。

“Why have you done this?”
“Done what?”
“Put up with me like this.”
“Somebody had to.”
“But why you?”
“I just happened to be here.”


 どうして僕につきあってくれたの。誰かがしなくちゃいけないから。でも、なぜ君が? そばにいたから。

 パンフレットのシナリオ採録を読むと、93年公開時の字幕は、マリアの最後の言葉が、「そばにいたから」ではなく、「そばにいたいから」だったようだ。なおってよかった。意味がぜんぜんちがう。


 偶然出会った人、たまたまそばにいた人に親切なふたりだったから、「信頼」が生まれて、そんなふたりの関係に、いま、ふれたかった。まわりにいる人たちに、あまり、親切にできないから、かもしれない。


 しだいに遠ざかっていくおたがいの姿を、もっとよく見ようとして、マリアは眼鏡をかけ、マシューは車から身を乗り出す。別れていくのに、出会いのシーンのようにも感じられる。風が吹いていて、みずみずしくて、せつなくて。季節のおわりと、はじまりみたいで。いつまでも見ていたかった。



2026年4月19日日曜日

拾い読み日記 359


 夜中に目が覚めてしまい、眠れないのでたまたま見つけた装幀をめぐるエッセイを暗がりで読んでいたら、悶々として、ますます目が冴えてしまった。装幀家の自己表現、自己実現、
「生存戦略」に奉仕させられる装幀のかなしさ。そうなると装幀は、かぎりなく広告に近づいていく。書物のからだ(顔)が広告的になってしまうことに、いいようのない不安と息ぐるしさをおぼえる。余白をつくったらしぬのか? と思ってしまうような、どこか強迫的なブックデザインが、多い気がする。いいすぎだろうか。そうかもしれない。そうであってほしい。

 装幀の仕事をしながら装幀についてかんがえることはできるが、書くことは、困難だ。こんなことを書くおまえの仕事はどうなのだ、と問う声がどこかから飛んできて、うつむくしかないから。

 それでも仕事がおちついたら、本の美しさと装幀の新しさということについて、かんがえてみたいと思う。それには、本とは何か、という問いから、ふたたび、はじめなければならない。

 近所に買い物に出たとき、日差しがつよくて、日傘を持って出なかったことを後悔した。躑躅の濃いピンク色に目をうばわれる。朝は淡いうろこ雲がうつくしかった。

2026年4月15日水曜日

白い月


 午前2時、そのあと5時に目が覚めて、6時に起きる。5時に起きたときベランダに出てみると、空気がつめたくて、見上げた空に、今にも消えていきそうな薄片がうかんでいた。欠けてゆく弓張月だった。その下には淡い灰白の雲がたなびいて、さらにその下には、暗いラベンダー色の雲が横たわっていた。欅の木のむこうから鳥たちの群れがやってきて、北に向かって飛び去った。それが一昨日のこと。今朝も月をさがしたが、綿雲が空一面ひろがっていて、見えなかった。灰色の濃淡の奥にひそむ、まぼろしのようにかすかな白。

2026年4月12日日曜日

梅の木に梅の実が生る


 梅の木に梅の実が生る。なにごとの不思議なけれど、という言葉がよぎり、誰がいったかすぐに確かめたくなるのは、現代人の(わたしの)やまいなのだろうな、と思いつつ調べ(薔薇の木に薔薇の花、だった)、そのあとでは、梅の木に梅の実が生る「不思議」を感じているのは自分だけではないから、ひとりで木を見ていても、誰かに相槌を打つような気分に、なったりもする。

 桜の木のそばを通ると、ぱら、ぱら、と音がして、桜蕊が降ってくる。拾い上げて、ながめる。木の根元にはたんぽぽが咲いていて、綿毛になったものもあり、それに触れてみたいと思うけれど、触れたらきっと壊すだろうから、じっと見るだけで通りすぎる。

 それから、迷子のようなしゃぼん玉をひとつ、見かけた。木にふらふらと吸い寄せられるように接近して、舞いあがったところで見失った。

2026年4月9日木曜日

拾い読み日記 358

 
 欅の梢が風にのって踊るように揺れている。春の欅のいきおいはおどろくほどで、このあいだ芽吹いたと思ったら、もう新緑が茂っている。それがゆうらゆうらといつまでも揺れているので、目が離せない。猫じゃらしを見つめる猫は、こんな気持ちなのだろうか。まえあしで触れられないから、書いているのかもしれない。どうにかして、この手が、あのしなやかな枝のうごきに、触れられないものかと思う。

 一年ほど前に手に入れてほとんど読めていなかった『市村弘正著作集  下巻』を、読みはじめた。

 再開すること。いつでも、どこからでも再開しうること。それが読むという行為がもちうる、おそらく最大の特性である。物質化された書物という形態を想ってみればいい。どの頁のどの箇所からでも自在に読みなおすことができるだけではない。一覧し全体に目を配り、かつて中断した頁や躓いた箇所から新たに読むことができる。本そのものの重量を手に受けながら全体を一覧しつつ再読すること、この触覚的な受容はまだ書物という形態がもちうる特権であり、「読み返す」ということの物質的な基礎を提供しつづけている。(「読むという生き方」より「五 再開するために」)
 
 仕事のあと、窓の外が青から濃紺に変わるまでのあいだの、たった13頁の読書ではあったが、書物を手にして、深く息を吸い、吐く時間を持てたことが、うれしかった。こういうふうに、本を読んできた人がいる、ということ。いつでも、どこからでも、ふたたび、読むことができるということ。「「読む」という小さな梃子」。


2026年4月7日火曜日

拾い読み日記 357

 
 朝、うっかり手がすべって「パリ散歩」の投稿を消してしまったので、書いたことを思い出して投稿しなおす。どうしてだか、噓を書いているような気がしたが、実際には、噓を書いているわけではない。

 このところ、澤直哉『架空線』の一節をよく思い出す。「私たちの心が手と協働して物を作るのですから、性根が腐っている者に、まともなものを作れるわけがない。」
 読んだ当初は、すごいことを書く、と震えあがったが、今では、この言葉はいましめであり、はげましでもある、と感じている。自分の性根はいくぶんねじれている気はするが、腐ってはいない。と思う。しかし、もっと本をふかく読まなければ、根が、乾いてしまいそうだ。

 風がびゅうびゅう吹いて、桜の花びらが、窓の外で舞っていた。


パリ散歩




 高遠弘美さんの著書『パリ散歩 我もまたアルカディアにありき』(法政大学出版局)を装訂しました。二年間のパリ滞在の日々を、ともに歩いて辿るような本です。手にした人の心に、やわらかな風が吹いてくるような、そういう装訂になっていたらと思います。

 プルーストの『楽しみと日々』の初版本をお借りして、マドレーヌ・ルメールの挿絵を装画としました。

 2024年刊行の高遠さんの著書『楽しみと日々 壺中天書架記』と同じく、編集は、法政大学出版局の赤羽健さんです。

2026年3月29日日曜日

花の下

 
 桜を見に、近所に出かける。大勢のひとたちが集まっていた。ステージで踊るなんとかレンジャーによろこぶ子どもたちの姿を見ながらビールをのみ、そのあとは、麦屋節(富山民謡)。民謡を、年をとるにつれ、好きになる。うたのなかに生きている、むかしのひとびとに会えるから。

 すれちがう人の声を拾った。「ひとりでどこにでもいこうとしないで」。きつい口調で母親が子どもに言い聞かせていた。顔もしらない子どもに、こころのなかで話しかける。あっというまに、ひとりでどこにでもいける日がくるよと。
 
 それから、桜なんてどうでもいい、とばかりに野球をするひとたちを見た。バッターが打った球は一二塁間に転がり、ランナーもバッターもアウトになる。あんなきれいなゲッツー、久しぶりに見たわ。一塁ベースコーチの声にうなずきながら、家に帰る。

 それからベランダに椅子を出して、また桜を見た。思い出すこと、思い出すひとが多すぎて、感情をおさえられない。ひとりで花をみていると、毎年、そうなる。ひとりでいるときにしか、そうならない。それはようするに、「わたし」と桜がつくりだす、つかのまの映画のようなものなのか? 友だちがくれたはがきを読みかえす。

2026年3月28日土曜日

拾い読み日記 356


  満開の桜の気配を感じながら、家にいた。隣家のアンテナで、澄んだのびやかな声を持つシジュウカラが囀りはじめた。去年の6月に来た鳥の声に似ていた。むこうから日が射して、黒いちいさな影が囀りのたびにわずかに動く。おだやかな春の空気にくっきりとした輪郭をあたえるような声だった。
 
 ある本の扉のレイアウトをして、別の本の校正刷りを読み進め、出来上がったばかりの本をめくり、なにごとかを書きつけ、今日も気まぐれな読書はまったくできずに日が暮れていく。それでも、〈本〉にたしかに関われている、自分の手が〈本〉に触れている、というよろこびが、ときどき胸にきざす。

 手元にあるのは、読むためではなく、構成やレイアウトがどうなっているのか確認するための本で、ひさしぶりに書棚から抜き出してみると、背のピンクが吃驚するほど抜けていた。めくって、読んでみる。

 歴史はひとつの世界であり、だからこそ人は本のなかに入っていけるのだ。最後のシャンディは、自分の本は散歩できるもうひとつの空間だと考えている。(エンリーケ・ビラ=マタス『ポータブル文学小史』)

2026年3月24日火曜日

拾い読み日記 355

 
 桜が咲いて、欅が芽吹いた。このあたりの景色と空気が変わった。風のなかにほのかな甘い匂いがまじり、細かくふるえてやまないものたちの気配を、肌で感じる。いつのまに。いつもそう思う。巡りくるものを全身でうけとめるためには、身体のこわばりをほどかなければいけない。忘れていたやわらかさをとりもどすこと。
 
 読んだものに影響されやすい性質を、うまく使いたい。ソル・ルウィットの手紙の言葉は、よい呪文だ。「あなたの掌には何だってできる力がある」。こうして書き留めていて、気付く。近くにいる人が、前から言ってくれていたことだった。
 
 近ごろ、わるい夢をみなくなった。きのう近所で見かけたのは、小枝をくわえた鴉。桜の木を見上げる若い人。樹上の尾長。二羽いた。あの羽の色を、もっと近くで見たかった。

2026年3月19日木曜日

拾い読み日記 354

 
 ソル・ルウィット展「オープン・ストラクチャー」をみた。開かれた構造/作品、開かれたアイデアにふれることは、ここちよいことだった。緻密に設計され、完璧にレイアウトされている作品も、手で制作されているから、揺れやずれやぶれがあって、そこに、「温度」や、「風」を感じる。息ぐるしくない。その開放感は、ルウィットの、このような言葉にもあらわれているだろう。「アイデアは一度でも表されたなら、すべての人の共有財産になると信じている」。これらの作品=アイデアは、すでに、それらをみた(知った)、自分のものでもある、ということ。眺めのよい広場にいる気分になって、ゆっくり、みて、歩いた。

 「一万本のランダムな直線、長さ約4インチ(10㎝)、10フィート(300㎝)四方の枠内に描かれる」ウォール・ドローイングの前に立つ。見上げると、線はあたまから降りそそぐようだった。雨や雪に降られることはあるが、線に降られたのははじめてで、陶然とする。

 「エヴァ・ヘスに宛てた手紙」を、何度も読んだ。

 あなたを信頼している。たとえあなたが自分で自分を苦しめているとしても、あなたの仕事はとてもいい。いっそ「ひどい」仕事——思いつくだけの最悪な仕事をして、どうなるか確かめてみればいい。大事なのは肩の力を抜くこと。全部どうなっても構わない——世界に対して責任を背負うことはない——責任を背負うべきは、ただ自分の仕事だけだ——だから、そう「する」こと。(展示図録より)

 無数の、垂直な、まっすぐでない線が描かれた壁の前では、とりとめがない、とほうもない、と思った。はてしないものを目の前にして、言葉をなくした。エヴァ・ヘスの早逝を受けて構想されたというあの作品の無数の線が、このような手紙を読んだあとでは、エヴァ・ヘスへの、言葉にならない、おわりもない、追悼の文字のつらなりにも感じられる。
 そのような連想は、もちろん、自分が、縦書き(縦組み)の文字を読むことが多いからではあるだろう。あの数え切れない「線たち」に思いを馳せると、音もなく降りしきるものを身体に感じる。

2026年3月17日火曜日

拾い読み日記 353


 ふつかよい。あたまがおもたい。昨夜ぬぎすてた服のかたまりから居酒屋のにおいがして、げんなりする。たのしかった。しかし、またよっぱらって乱暴狼藉をはたらいた、という思いで、おちこむ。のみすぎないようにしよう、と何度もじぶんにいいきかせながら会にのぞんだのに、のみすぎた。「あなた、山賊みたいに笑いますね」。のみすぎた翌日にあたまをよぎる言葉だが、どの本で読んだのか、思い出せない。

 このところ、しごとばかりして、本のことばかりかんがえて、閉じこもっていた。昨日、バスから降りて、駅の階段を上るとき、こんなことでいいのだろうか、と思った。〈生〉をたのしんでいるのだろうかと。そのとき聞いていた音楽のせいかもしれなかった。森の奥から聞こえてくるような、ひそやかな響きを持つその声が、耳から身体にはいってきて、みずからの〈生〉をかえりみるように、うながした。

 流浪の終点は死である。ボストンバッグを一つ持って出掛ける。自分の部屋から出て行く。ベビーダンスや本棚から離れること、持っているものから離れるのだ。それから家族や友人や貯金通帳とも離れるのである。なんと素晴らしいことだろう、裸で生れてきたのに生きているうちにいろんなものが纏いついてしまう。それは、ダニだ。持ち物、家族、友人、ダニだよ、流浪はそのダニから離れることが出来るのである。(深沢七郎『書かなければよかったのに日記』中公文庫)

 「ダニ」が3回出てくるが、2回目の「ダニだよ」が、なんだかすごいと思った。この語にまとわりつかれてしまったのを振りはらおうとして、ここにうつす。


2026年3月13日金曜日

拾い読み日記 352


 しょっちゅうあたまがいっぱいになるので、しずめたくて、瞑想しよう、と寝床にはいれば(さむいから)、たいてい、ねてしまう。それで、いくらか、すっきりする。

 なにかをゼロからかんがえるときは、すっきりしていたほうがいい。なにもない、ひとつの空間としてのじぶんをイメージして、しずかになって、そこに、あらわれてくるものを待つ。あらわれたら、こわさないように、そっとつかまえる。よくみてみる。流れにまかせて、かたちにする。それをととのえる。つよいちからはいらない。

 倉数茂『私自身であろうとする衝動』の宮沢賢治論にみちびかれて、宮沢賢治の手紙を読んでいた。

 どうかもう私の名前などは土をかけて、きれいに風を吹かせて、せいせいした場処で、お互ひ考へたり書いたりしようではありませんか。こんな世の中に心象スケッチなんといふものを、大衆めあてで決して書いてゐる次第ではありません。全くさびしくてたまらず、美しいものがほしくてたまらず、ただ幾人かの完全な同感者から「あれはさうですね。」といふやうなことを、ぽつんと云はれる位がまづのぞみといふところです。(母木光宛、1932.6.19/『宮沢賢治全集9』ちくま文庫)

2026年3月8日日曜日

拾い読み日記 351


  向かいあってみると、その人の変化を感じた。20年前より、目のかがやきが増していて、まぶしかった。この人のなかにある、澄み切って、あかるいものがつたわってきた。「あこがれ」とやわらかなこころをうしなっていないのだ、と思って、うれしかった。年をとって、かたくなになっていく、そのことを、おそれている。

 ひさしぶりに、宇佐見英治さんの言葉を読みたい、と思い、『一茎有情』(志村ふくみさんとの共著)を手にした。

 わたしは知的な芸術家が好きです。しかし苦しむことを知っている本当に知的な芸術家は、常にsimpleであると信じています。辛抱強く、simpleで、敬虔であること。それはすぐれた漁師、よい百姓、とりわけ職人の持っている美徳です。芸術は人びとに語りかけるとともに、一本の草、一つの小石、空に浮ぶ雲にも語りかける仕事です。simpleでなければ、どうして草木に語りかけうるでしょう。

 自分をせかすものや、しばるものからはなれようとして、「ここ」にきた。それは、望むと望まざるとにかかわらず、関係のなかにいきる人間としては、何度も思い出す必要が、あることなのだった。

2026年3月5日木曜日

拾い読み日記 350


 部屋に突然、大蛇があらわれる夢をみた。蛇のあたまは人のあたまくらいの大きさだった。逃げようとしてもからだが動かず、蛇がちかづいてきて、もう数センチのところで肌と肌がふれあってしまう、どうしよう、というところで目が覚めた。
 友人たちといっしょにバスにのってどこかに出かける、たのしい夢もみたはずなのだが、うまく思い出せない。誰かの世話を焼いていた気がする。現実では、ほとんどそういうことはしない。どちらかといえば、つめたい人間だと思う。

 ちょっと急なしごとがふたつ重なり、ほとんど本は読めないが、すこし前に読んだ岩崎力『ヴァルボワまで』、「二つの読書論」がよかった。プルーストとラルボー、二人の、二つの読書論。とりわけ末尾の文章には、力づけられる。そして、泣きたいような気持ちになる。

 《また逢う日まで》——彼が希求したのは誰との出会いだったのであろうか? 『罰せられざる悪徳・読書』のなかの言葉を引いて言えば、私にはそれが「世俗の権威をいっさいもたず、数からみてとるに足らぬ選良、さまざまな言語領域に分散させられて小さなグループを形作っているだけの哀れな選良」、しかしながら国籍の相違、言語の相違を超えて相互に理解しあえる選良との出会いであったと思われてならない。

 何冊か持っていたはずのラルボーは手放してしまったが、またきっと、出会える。人も、本も、幾度わかれても、ほんとうにはわかれられるものではないのだから。

2026年2月24日火曜日

拾い読み日記 349

 
 このところ、すこし言葉に関して過敏になっているのか、見るだけは見ていたXに流れてきたある作家のらんぼうな言葉を読んで、もう無理だ、と思い、アカウントを削除した。そして、「タイムライン」から解放された。

 あのような、無思慮かつ威圧的な人間の書いた本が広く読まれていることを、どう考えたらいいのか。くらい気持ちになった。このことは、現在の出版状況や政治状況とも、無縁ではないと思われる。アテンション・エコノミーという怪物がのさばっている。そこから、どう身を守るのか。
 もう無理だ、と思ったのは、自分が、その人の、唐突にも思える攻撃的な言葉に、何が起きたのか、知りたい、といっしゅん思ってしまったからだった。こころと言葉の危機を感じた。

 私は、自分はひとりぼっちでいるほうが、いい人間になれることを考えて、おかしくも思ったが、それは、うそいつわりのない事実であった。元来、不器用な人間が、すばやいひとたちについてゆこうとすると、納得もしないうちに物事を切りあげ、何かを口にし、先へ歩いていかなければならない。いつも中途半端なところで、粗雑に生きていかなければならない。(石井桃子「ひとり旅」/『石井桃子集7』)
 
 ブログは、反応がないから、続けられる。SNS的には、隠居、みたいな。偏屈とか変人とかいわれてもいい、とMにいったら、彼は、だいじょうぶ、俺のほうが偏屈だから、といった。

2026年2月22日日曜日

拾い読み日記 348

 
 本を数冊買いもとめた日の翌朝は落ちつかない。やってきたばかりの本や、このあいだやってきた本や、ずっとあった本を、気の向くままにぱらぱらめくり拾い読んでいると、それぞれの本の言葉にひかれ、ふかく共鳴するような感覚をおぼえる。さまざまな音が鳴っている。もっと読みたい、読まなければ。そうした思いも、その音によって、みだされてしまう。

 ドアを開けて外に出る。強い風にのって走っていく枯れ葉たちとすれちがった。もう退散します、といったような風情でどこかへ去っていった。橋のところで、かすかに、よい匂いがした。帰りに、また風が、その匂いをはこんできたので、花をさがした。どこにいる? すぐには見つからず、左右を見まわしながら、歩いて、見つけた、低い木の、ちいさな花。まだはんぶん以上は、蕾だった。沈丁花の匂いを、どうあらわしたらよいのか、わからない。よい匂い。きよらかな匂い。おくゆかしい匂い。うつくしい匂い。

 一昨日の夜中、足が二度つった。しぬかと思うほど痛くて、今もまだすこし痛い。昨夜の卓球でも、足があまり動かなかった。動画を撮りたいというひとに協力して、その動画を送ってもらって見ると、角度のせいか、体型のせいか、前傾姿勢のせいか、どこか、熊っぽかった。体は重そうだが、ここぞというときに相手に一撃をくらわせるところとか(比較的フォアハンドが強い)。球技をおぼえた熊。もっとかろやかにプレーしているつもりだったのに。

 午後、バシュラールをときどき繙きつつ、針と糸を使った制作をすすめる。

 書かれた夢想を知るもの、ペンの流れとともに生きること、十全に生きることを知るものにとって、現実世界は何と遠いものだろう。いわねばならなかったことが、思わず書きたくなるものによってたちまちとってかわられるので、書かれる言語が自分自身の世界を創造することがよくわかる。(G・バシュラール『空と夢』宇佐見英治訳)
 
 軽くなるためには、書かなければならない。「動体(モビール)」になるために、書くこと、夢をみること。

2026年2月19日木曜日

拾い読み日記 347


 ひかえめな光沢のある水色の紙を、少しだけ針の先で削ったようなかたちのひこうき雲が、ゆっくり、ゆっくり、進んでいった。ふかみどりのプールの水面がきらめいている。水のなかにはさまざまな生きものがひそんでいるのだろうな、と思う。つぎの夏が来るまで生きものは増えつづけ、みどり色はより深くなる。
 月にはいつも不意をつかれてきたけれど、今日は二日月だと知っていたから、さきまわりして待っていた。繊細な、いまにも消えてしまいそうな弱さで光っている。細い月がすきなのは、細い文字がすきなことと、関係があるのか、などとかんがえながら、見ていた。

 今日も美術館へはいけなかった。午後、絵本を一冊、読んだ。規則正しく生活して、まじめに仕事をする、くまの話。ひとりで起きて、ひとりで働いて、ひとりで眠る、ある日のくま。すきな仕事をして、おだやかに暮らすぬいぐるみのくまのすがたを見ているだけで、気持ちがおちつく。

  それから、エプロンを かけ、
 パンのきじを つくります。
 パンのきじを どさっ どさっ どさっ!
 と こねます。どさっ どさっ どさっ!
 それから、パイやケーキを つくります。

 (フィービとセルビ。ウォージントン作・絵『パンやのくまさん』まさきるりこ訳) 

 こういう、「どさっ どさっ どさっ」という擬態語や、ものの数をかぞえるところ(「1こ、2こ、3こ!」)では、たのしそうにさけぶ子どもの声が聞こえる気がして、いつも、ゆかいな気分になる。きっと、読んでいるとき、すぐそばに、しらないこどもや、こどものじぶんが、いるのだ。

2026年2月15日日曜日

拾い読み日記 346


 散歩の帰り、鹿毛の馬を2頭見た。注意書きがあった。大きな音に馬が驚きます/ご注意ください。馬にふさわしいように、できるだけしいんとした自分になって、金網越しに凝視していると、馬はとても
凜々しくて、艶やかで、しずかで、あこがれのひとを盗みみている気がした。それほど、うつくしいのだった。遠いむかし、馬に恋してむすばれた娘の気持ちが、なんとなくわかる。もっと近づきたいけれど、こわい気もする。大きいからだに構えてしまいそうだし、一度ひかれるとのめりこみそうだし、そうしたらそのままどこかに連れ去られて、帰ってこられなくなるかもしれないし。

 昨年ばっさり枝下ろしされた梅の木に、白い花が咲いた。それで、マティスの日記を読み返す。
 
 ヴァンスに着いてどうして自分があんなにひとりぼっちの気持だったのか今朝それがわかりました。それはつまり——樹木がすべて枝おろしをやられていたのです。(『マティス 画家のノート』)

 これまでにしたしんだ木のことを思った。あるときは近所のスダジイに、あるときは隣家の泰山木に、またあるときは目の前の柿の木に、こころを寄せてきた。木をじいっと見ているときは、いつもひとりだったけれど、ひとりでなければ、ふかまらない関係があるのだろう。木はいつでも、しずかな力で、明るいほうへ、わたしをのばそうとした。

2026年2月13日金曜日

拾い読み日記 345

 
 二度、葉擦れの音に立ち止まった。二度目の木はたしかシラカシで、一度目の木より、やや低い音がした。同じ葉擦れの音といっても、葉の厚さや、大きさや、風の吹きかたによって、微妙に異なる。日陰で、すこし寒いと感じた。それでも、世界の秘密をささやいているようなその木を前にして、かつて、どこかで、このような音を聞いた気がして、立ち去りがたかった。

 帰ってきてから、宮沢賢治の詩集を手にして、その音に似たものを探したのだが、見つけることはできなかった。「わたくしは森やのはらのこひびと」。異界からの声だったかもしれない。異界とは、きっと、なつかしい場所なのだろう。

 50年以上前に刷られた文庫本は、表紙も天地も小口も茶色く焼けてしまって、詩が、木の肌でおおわれているように見える。

2026年2月10日火曜日

2月のおしらせ


  森雅代さんの版画展が渋谷のウィリアムモリス(カフェ/ギャラリー)で開催中です。DMをデザインしました。『窓の韻』や、詩と版画の小冊子もありますので、お近くにお越しの際は、ぜひいってみてください。今月28日までです。詳細は、森さんのInstagramをごらんください。

 翻訳家の川野太郎さんによる読書日誌「読んだり、読まなかったり」で『ある日 読書と断片』がとりあげられています。こんなふうに読んでもらえるとは、本にして、よかった! と思いました。

 佐々木活字店の塚田さんのインタビューが、雪朱里さんのnoteで読めます。ぜひ。
 2007年ごろに活版印刷機を買ってすぐ、佐々木活字店にいって、何から何まで教えていただきました。はじめてのとき、名刺の版を頼もうとしたら、(活字を)拾ってみる? と中に入れてくれたり、うまく刷れないときは相談にのってくれたりと、とても親切で、あたたかいかたでした。
 『春の詩集』、『雨の日』、『窓の韻』、『ほんほん蒸気』の表紙、そのほか、ヒロイヨミ社の本の活字は、ほとんど佐々木活字店で組んでもらったものです。お店にうかがって、塚田さんとちょっと話すのがたのしみでした。印刷や制作への(ときには生活への)そこはかとない不安も、塚田さんの笑顔と活字の重さで、だいじょうぶ、といわれたような気がして帰ってきたりして。ささえてもらっていました。
 もっと話を聞きたかった、と思っていたので、インタビューの公開、ありがたいです。
 今でも、榎町にいけば塚田さんに会える気がします。とてもさみしいです。

2026年2月9日月曜日

拾い読み日記 344

 
 今日も卓球はたのしくて、ころされる夢をみたことなんてすっかりわすれてしまった。それでも書き留めておきたいと思うのは、なぜだろう。打撃を受けて倒れ、うつ伏せで、ダイイング・メッセージを残そうとしたが、どう書いたらいいか迷っているうちに、とどめを刺されてしまった。お腹ににぶい痛みを感じ、やがて、ブラックアウト。はやく書けばよかった、と後悔しながら。なにものかに追われる夢やちいさないきものをしなせてしまう夢は、むかしからよくみていたが、ころされる夢ははじめてかもしれない。顔も声もない不気味なころし屋だった。

 ピン・ポン・ピン・ポン・ピン・ポン・ピン・ポン。その音は異様にさわやかで、僕らは異様に気持ちが軽くなった。汗が流れた。殴られた痛さなんかはもう、汗といっしょに流れ出ちゃったような感じで。(パク・ミンギュ『ピンポン』斎藤真理子訳、白水社)

 卓球場以外では会わない、年上のひとびと。ずいぶん年上でも、上手くても、えらそうな人なんていない。白い球を打ち合うだけで、異様にたのしい。ここでは大声を出したり、くやしがったり、ふだんより素直に感情をあらわすことができる。卓球場を出ても、そのたのしさやすがすがしさはつづいていて、もっと、何か、できそうだ、とわけもなく前向きな気分になれる。

2026年2月8日日曜日

拾い読み日記 343


 雪が降りしきるなか、投票所へ。思ったより寒くない、そのことを忘れていた。あしうらが雪を踏む、きしきし、という感触がなつかしかった。あしがよろこんでいた。白い空から白い雪が降る。見上げると、白い雪は薄いグレーだった。墨を一滴だけおとしたくらいの淡さ。空の一部がはがれて、欠片になっておちてくるようでもあった。欠片はつぎからつぎへと、天から地へはこばれていった。

 天地(あめつち)の息合ひて激し雪降らす  野沢節子
 
 鼻をぐずつかせながら投票して、立会人の机にボックスティッシュがあったので、一枚いただけますか、といったらその人はとてもおどろいたようだった。箱が開いてなかったから? いわなければよかった、と思ったが、戸惑いながらもその青年は、箱を開けて、2枚くれた。

 木に積もる雪を立ち止まって見つめた。あのとき、人も車もいなくて、とてもしずかで。ちり、とかすかな音がした。雪片が傘に触れる音。お酒を買って家に戻り、のみながら、本を読んだり窓の外を見たりして過ごす。雪からひろがるしんとした世界のなかで、息をふかく吸って、吐いて。

 白い紙に白い箔押しは、雪にのこされた足跡みたいだ、と思う。だから何度も触りたくなる。指が表紙のうえを、あきることなく歩きまわる。

2026年2月7日土曜日

拾い読み日記 342


 ある不安のせいで、図書館に火の手が迫る妄想がふくらんで、起きぬけに、渡辺一夫の、本を疎開させるエッセイを読んだ。本はまもられて、ここにきた。書棚の前にしゃがみこんで、べつの本を手にとる。

 彼らの存在はぼくにとって生きている強い何かだった。それは紙とか革とか金箔とか以上のものだった。ぼくは彼らの友情の暖かさを感じていたし、また彼らはぼくの仕事を見守ってくれていた。彼らはみな、その静かな調子によってわれわれの世界の持続を信じるようにぼくを勇気づけてくれる、ひとつの声をもっていた。(『ジュリアン・グリーン全集14 日記**』 小佐井伸二訳、人文書院)

 本に避難すること。同時に、本を避難させること。すなわち、「本」が身をひそめていられるような心身をたもつこと。のぞみをうしなわないこと。そのために、ときには、「今」から身をひきはがし、本を読み、本について、書く必要がある。「常套句(フレーズ)(カール・クラウス)から遠く離れて。

 窓から見える空は淡い灰色で、塵のような雪片が舞っている。散りながら消えてゆくちいさな花びらのようでもある。かたちのちがう二本の木が並んで立っている光景を、うつくしいと感じる。そしてまた、「本」がやってくる。

 じぶんが、この美しいきものをぬぎすてた、飾りけのない、あらあらしい自然のすがたを好きになれたことを、モグラは、うれしく思いました。モグラは、そのはだかの骨ぐみの中まで、はいりこんでみましたが、それは、しっかりしていて、強くて簡素でした。(ケネス・グレーアム『たのしい川べ』石井桃子訳、岩波書店)

2026年1月27日火曜日

拾い読み日記 341


 書物的には一年間の日記であるが、現実的には十数年間の「日記」であり、書いた、というよりは、引用した、というのが実感に近い。人が書いたものだけではない。自分が書いたものの引用。だからだろう、自分の本を出した、とはいえ、まったく、晴れがましい思いはない。むしろ疚しい。その疚しさを引き受けて、つぎは、日付のない本を作ってみたい。

 このところ、昼間はひきこもっていたので、昨日は、近くの川辺を散歩した。鳩が歩いていたり、鴨が泳いでいたり、鴉が止まっていたりして、昼の光のなかに、生きものがいる、それをみているだけで、とても幸福になる。それからほかにみたものといったら、紅と白の梅、落ちている団栗、扇状にのびた葉、実の生っている木、沈丁花の蕾。これから開こうとするちいさなもののあつまりを目にして、これは、「予感」そのものだ、と思った。そしてようやく、この倦怠とつかれのほとんどが、冬によるものだ、とわかった。

 ヤン・アンドレアの本を読んでいる。

 そうなのだ。僕はあなたになり代り、あなたのようになりたいので、そこに、その離れ孤島のような場所に、流れ着いてみたい。その場所で、あなたの口から、あなたの頭から、またはどこからやってくるのか分らないそうした言葉の数々が、あふれ出てくるのを待っていたい。(『デュラス、あなたは僕を本当に愛していたのですか』)

 読むことで、デュラスをうしなったヤン・アンドレアのくるしみが、うつってくる。文学が「虚」で生が「実」として、彼はデュラスの本に出会ったときから、虚が実に、実が虚になってしまった人であるのだと思う。それからふたりで生活して、本を作って(「書いて」)、デュラスの言葉と肉体に、ふかく、かかわった人。

 彼の文体、その息づかい、呼吸のリズムに同調してしまうと、この長い濃密な恋文のなかに閉じ込められてしまうような感覚をおぼえるが、もちろんそれは錯覚で、ひとつの恋の果てのなさ、終わりのなさを知ることは、どこにもない場所への扉を指し示されることに似ている。Cet amour-là。

 書かずにはいられなかった人の言葉と呼吸、「声」によって、書くことへみちびかれる。息がくるしいときは、自分の手で、自由に息継ぎできる空間をつくり出す必要があるから。何を書くか、よりも、どこで点を打つか、のほうが、切実に大切なことだって、あるだろう。点はちいさな余白をつくる。ちいさな息をつくための、ちいさな余白を。

2026年1月22日木曜日

拾い読み日記 340

 
 日がしずんで彩度の低いラベンダー色の空に、宝石のかけらのような月がみえて、あまりに綺麗だったので、超越的な存在からの贈りものと思うことにして、すこしのあいだ祈った。「もし君とすれ違ってしまったら世界全体とすれ違うことになる」。昨日みた映画の主人公がいっていた。今日の自分にとっての「君」は、あの月である。月は細ければ細いほど、あやうい気持ちになる。人は際に立っている。

 映画のあと、食事をして、ほろよいで、古本屋に入った。通りすがりの古本屋でたまたま目についた本をぱらぱらめくって、これはどうしても読みたい、と思ったなら、それは遠くから届けられたもの、今届いたばかりのもの、と思って、ただそれを受け取るしかない。

 かくて私たちは、おまえも私も、私からおまえに向って行く言葉、一葉の紙に印刷された燃え立つ言葉に比べてみれば何ものでもないのだ。なぜなら、私はただその言葉を書くためにのみ生きたのだし、その言葉がおまえに宛てられたものだとすれば、おまえはその言葉を聞くだけの力を持ったということで、これからも生きてゆくだろうから。(G.バタイユ『無神学大全 内的体験』出口裕弘訳、現代思潮社


2026年1月21日水曜日

それではない、と死者がいう


 それではない、と死者がいう。焼香をあげて手を合わせる前におりんを鳴らしたときだった。手元を見ると、いくつかのおりんとりん棒がある。では、これか、と別のおりんを鳴らしてみた。このおりんには、この棒がいい、という組み合わせがあるようだった。めんどうくさいな、とすこし思った。ところであなたは、しんでいないのではないですか。たずねると、いや、軀がまだあるから、今だけ、話せるのだという。気配を感じてドアを開けると、不意をつかれて立ちすくむ人がいた。そのまんまるい目と息をのんだときの音をおぼえている。

2026年1月20日火曜日

人の姿は見えなくて、球だけが


 人の姿は見えなくて、球だけが見えた。並木のむこうで、空の青に球の白が、ゆるやかな放物線を描いている。少年から少年へ、球は往き来する。その朝、なぜそんな光景にあれほど感動したのか、といえば、不安だったからだろう。あるいは、幸福を感じていたから? 不安も幸福も、ほとんど同じひとつのことに感じるときがある。「もの」を投げる相手がいること。受け取ってくれること。投げ返してくれること。そこにあるのは「信頼」で、それがこのように何気ない、うつくしいかたちであらわれ、自分のまわりの、「信頼」の放物線を意識させてくれたことに、感謝していた。朝の冷たい空気のなかで、バスを待っていたあいだ。

2026年1月19日月曜日

活版TOKYO


 活版TOKYO2026、ぶじに終了しました。ご来場のみなさま、スタッフのみなさま、どうもありがとうございました。
 イベントに参加するのは2019年のかまくらブックフェスタ以来で、終始、どぎまぎ、あたふたしておりました。それでも、
たくさんの人に会えて、参加させていただき、よかったなあと思います。両隣のブースに旧知の方々がいらして、こころづよかったです。
 活版の魅力がストレートに伝わってくるような、素晴らしい活版作品・活版雑貨が多いなか、ヒロイヨミ社は簡素な冊子ばかりのブースで、いったいこれはなんじゃいな? と思っているにちがいない人々の顔を、たくさん見ました。ですが、手をのばして、一冊一冊ゆっくり見てくださる方も多くいらして、うれしく思いました。

 『あるひ』(とくに「あきふゆ」のほう)をご購入の方々へ、紙の厚みのため、綴じが弱いものがありました。綴じが外れてしまった方は、お手数ですが、あたらしいやり方で綴じなおしますので、ひとまず以下のアドレスまで、ご連絡をいただけますでしょうか。
 
  yamamotonobuko122@yahoo.co.jp 
 
 ご迷惑をおかけして、たいへん申し訳ありません。
 どうぞよろしくお願いいたします。

2026年1月14日水曜日

活版TOKYO 2026 



 活版TOKYOに向けて、小さい『ある日』(2020年/2022年刊)と大きい『ある日』(2025年刊)、それぞれのリミックスバージョンとして、
8ページの『あるひ』を制作しています。「はるなつ」と「あきふゆ」があります。タイトルとクレジットは活版印刷、図版は型押し版画ですので、中身も外側も一点一点異なります。手作業で薄い(たよりない)冊子を作っていると、なつかしいというかなんというか……原点に帰ったような気がします。

 『ある日 読書と断片』『窓の韻』『fumbling』『ほんほん蒸気』3〜5号、『水草』春号のほか、ananas pressの本や、在庫がわずかに残っている本とポストカードも持っていきます。
 活版TOKYOは今度の金曜から開催ですが、わたしの出店は土日だけです。会場は、神保町三井ビルディングとテラススクエア、ふたつにわかれておりまして、わたしはテラススクエア1階の奥のほうにおります。17日と18日、神保町でお待ちしています。

2026年1月13日火曜日

湿った土の匂いのする小屋で、


 湿った土の匂いのする小屋で、詩人の朗読は始まった。聞いている者はわたしひとりだったが、彼はそのことを気に留めてはいなかった。それで、彼はわたしを待っていたのだ、とわかった。どのような詩だったか、すべて忘れてしまった。長い詩だった。耳で聞いても流れていってしまうから、言葉をひとつだけ、拾ってもらったらそれでじゅうぶんだ、と詩人はいった。

 その後、塔のなかにいた。とつぜん無重力の世界に変わる。とても無口な人とつかまりあって空中にうかび、ゆらゆらしているうちにその人は黒いかたまりになってしまった。そのかたまりに、もう手を離してもいいか、とたずねると、まだここにいてほしい、という。

 目が覚めると隣の人と目が合って、今朝も、いい顔で(トラーみたいに)、笑いかけてくれる。夢をたくさんみた、とだけ伝えた。この世界ではない世界で出会ったひとたちのことは、いわなかった。


2026年1月9日金曜日

拾い読み日記 339

 
 今日も、活版TOKYOのための制作。レイアウトしたり紙を切ったり。昨日と同じく、夕方には疲れきって眠くなる。寒さのせいだろうか。ふとんをあたためて、二時間ほど横になっていた。

 一昨日は髪を切って軽くなった。Mが行っていい感じになって帰ってきた美容室で、金髪の美容師さんは、Mの家族、と知ると、コンノさんの、おかあさま? といった。関西の人だったら、誰がおかあさまやねん、とハリセンか何かでぶったたくところだが(偏見かも)、自分は東京(北陸)の人なので、つ、妻です、とびっくりして立ち上がって主張?した。美容師のKさんは気の毒なくらいにうろたえていて、この人のこのあとのパフォーマンスに影響しないか心配になったが、そこはプロで、すっきりといい感じに仕上げてくれた。何度も謝りながら。

 そこまで年の差があるようには自分では見えないのだが、どうなのだろうか。そういえば、最近Mはスキンケアを始めて、肌がツヤツヤしている。わたしは気付いたら5キロ痩せていて、それでやつれて見えたりもしたのか。もしくはKさんのまわりには、妻がけっこう年上の夫婦がいないのか、Kさんが想像していたMの妻がわたしのようではなかったのか。
 そんなことをあれこれ考えてもむなしいことはわかっていて、もうすぐ54歳になるのだし、確実にMより老化が進んでいることは事実なのだった。年をとることは、自分の内なるエイジズムやルッキズムと向き合うことでもあるようだ。
 ここで思い出したのは、メイ・サートンの日記の一節である。

 私は五八歳であることに誇りをもち、いまだに生きて夢だの恋だのと関わりあい、かつてなかったほど創造力もあればバランスも保ち、可能性を感じている。肉体的な凋落のいくつかは気にならないことはないけれど、つきつめてみれば気にはならない。それに、ビルが送ってくれた、死の直前のイサク・ディネセンのすばらしい写真を見れば、そんな心配はふっとんでしまう。なぜなら、結局私たちは生きてゆくことで自分の顔を作ってゆくのだし、若いあいだに、今の彼女のような顔に誰がなれただろう? あの微笑の、言葉につくせないやさしさ、そこから感じられる完全な受容と喜び、生命も、死も、すべて受け入れられ、まるで賞味されているかのよう——そして、そのなかに身をゆだねきる。(メイ・サートン『独り居の日記』武田尚子訳)

 メイ・サートンの描写するイサク・ディネセンの顔はうつくしく、読むものの不安も受け入れて、つつんでくれる。こんなふうなまなざしが存在することに、ほっとする。