向かいあってみると、その人の変化を感じた。20年前より、目のかがやきが増していて、まぶしかった。この人のなかにある、澄み切って、あかるいものがつたわってきた。「あこがれ」とやわらかなこころをうしなっていないのだ、と思って、うれしかった。年をとって、かたくなになっていく、そのことを、おそれている。
ひさしぶりに、宇佐見英治さんの言葉を読みたい、と思い、『一茎有情』(志村ふくみさんとの共著)を手にした。
わたしは知的な芸術家が好きです。しかし苦しむことを知っている本当に知的な芸術家は、常にsimpleであると信じています。辛抱強く、simpleで、敬虔であること。それはすぐれた漁師、よい百姓、とりわけ職人の持っている美徳です。芸術は人びとに語りかけるとともに、一本の草、一つの小石、空に浮ぶ雲にも語りかける仕事です。simpleでなければ、どうして草木に語りかけうるでしょう。
自分をせかすものや、しばるものからはなれようとして、「ここ」にきた。それは、望むと望まざるとにかかわらず、「関係」のなかにいきる人間としては、何度も思い出す必要が、あることなのだった。
