朝、うっかり手がすべって「パリ散歩」の投稿を消してしまったので、書いたことを思い出して投稿しなおす。どうしてだか、噓を書いているような気がしたが、実際には、噓を書いているわけではない。
このところ、澤直哉『架空線』の一節をよく思い出す。「私たちの心が手と協働して物を作るのですから、性根が腐っている者に、まともなものを作れるわけがない。」
読んだ当初は、すごいことを書く、と震えあがったが、今では、この言葉はいましめであり、はげましでもある、と感じている。自分の性根はいくぶんねじれている気はするが、腐ってはいない。と思う。しかし、もっと本をふかく読まなければ、根が、乾いてしまいそうだ。
風がびゅうびゅう吹いて、桜の花びらが、窓の外で舞っていた。
