2026年5月30日土曜日

豊島にて/母型

 
 音もなく、まるで涙のようにひそやかに湧きでてくる水のかたまりをみていたら、そうだった、こんなふうに、感情はうごくのだった、と思った。思い出した。感情だけではない。からだも、自らの生も、このように、うごかして(うごいて)いけばよいのだった。すっかり忘れていたけれど。

 わたしという生が、泉のように湧いて、流れて、ある地点でほかの生と合わさって、ひとつのかたちをつくる。かすかな風にもふるえ、たやすくすがたを変えてしまう、あいまいな物質としての「わたし」。とどまることはできないのだから、ただ、そのときどきのかたちをいきればいいと思えた。

 梢が揺れて、ときおり葉が落ちてきた。どこからか、虫がやってきた。一枚の葉、一匹の虫を、こんなに近しく(いとしく)感じたことは、かつてなかった。虫の歩みを、いつまでも目で追っていた。わたしのまなざしは、いつしか、わたしではないもののまなざしと重なっていく。

 顔をあげれば、ひとびとがいた。ここでは、にんげんは、鳥たちよりもしずかないきものとして存在することをゆるされていた。灰色のおおきな繭のなかで、まもられながらひらかれて、すこしずつ、世界に解けていく。それはおそろしいことではなかった。 


ながい窖



 手塚治虫『ながい窖』(法政大学出版局)の装訂をしました。
 タイトルは、「な」「が」「い」「窖」、という活字を入手して、それを押して作成したものです。「窖」という文字をはじめて見ました。「穴」ではなくて、「穴蔵」=「窖」(あな)です。
 この装訂は、編集者の赤羽さんと一緒に手探りして出来上がったもの、という気がします。何かとたすけていただきました。この本のこと、装訂のこと、読み返して思うことを、あらためて言葉にできたらと思います。

2026年5月22日金曜日

『パリ散歩』の装訂について


  4月に刊行された高遠弘美さんの本『パリ散歩』の装訂についてのエッセイを、法政大学出版局のnoteに書きました。

 今回は、紙のこととか装画のこととかレイアウトのこととか、具体的なことが、書けませんでした。省きましたけれど、いろいろと迷い、なやみながら作りました。とくに、カバーの紙について。使ったのは「ソフトバルキー」という名前の紙で、色は、「ナチュラル」です。その裏面に刷っています。表面は、なめらかすぎたからです。この紙を見つけられたことが、この装訂にとって、よかったと思っています。(あとから気付いたのですが、『丹生谷貴志コレクション』のカバーと同じ紙でした。)

 本の触り心地のよさと、愛着の深さは、自分によっては関係があるようですが、人によるのでしょうか。読んでいて、指が心地よい、手になじむ本がすきです。

2026年5月19日火曜日

拾い読み日記 361


 何気なく手にとってめくってみた雑誌に読み耽る、そんなささやかなことこそが、読むことのよろこびであり、生活のたのしみだろうと思う。ずっとそれができなくて、物足りなかった。

 今朝は、いつ買ったかも忘れてしまった(とはいえそんなにむかしではない)89年刊の『季刊[武蔵野美術]No.74』を読んだ。早見堯「受動性と差異」。キーファーやポロックなどの現代美術家の制作について語る言葉にひきこまれた。「終始、紙や絵具というメディアに制作を従わせる受動性と、それによって立ち現れてくる差異化される自己の大いなる肯定」。

 自分は読書においても制作・仕事においても感覚的かつ受動的すぎるきらいがあるのだが、それは、確固たる自分がないから、もしくは、うたがっているからだろう。

 見るときも読むときも書くときも作るときも、自己を開いていくこと。自分を見失うこと。自分を見つけること。あらわれてくるものにしたがうこと。「自分らしい」かどうかなんて、気にせずに。

2026年5月17日日曜日

障害と生きることの現象学




  稲原美苗さんの著書『障害と生きることの現象学 脳性まひの身体からみえる生活世界(平凡社、近刊)をデザインしました。

 エッセイ的な「経験を語る」と論考的な「経験を記述する」の二部構成になっていて、どちらから読みはじめてもいいのですが、一度読んだらそれでおしまい、という本ではなく、第一部と第二部をいったりきたりして、長く読み続けたい本ですし、そんなふうに読まれるのがふさわしい本です。

 ゲラを読みながら、書かれていることと自分の思いを、著者の生と自分の生を、いったりきたりして、こころはさまざまに揺れ、ときには、涙が出ました。

 「涙は、見えるものと見えないもの、身体と心、内と外のあいだにかかる橋のようなものである。」(「はじめに」より) 

 涙を「境界をまたぐ声」としてとらえる言葉にはっとしました。それまでは、自分の意志ではコントロールできない涙を、どこか、やっかいなものと思っていました。

 装画について。あらたに描いたのは、流された涙に思いをはせながら描いた青い絵だけで、あとは、手放せずにのこしていた版画のような画のかけらを切って、重ねたものです。あまりあたまでかんがえず、身体のおもむくまま、手のうごくままに作りました。

 わたしにとって、装幀という仕事も、テキスト(書かれた言葉)とわたしのあいだにかかる橋のようなものかもしれません。自分の意図やコンセプトで「つくる」のではなく「生じる」ものとしての装幀を、目指していきたいのだ、と思いました。そのことに気づけたのは、とても大きなことでした。

 編集は、平凡社の、吉田真美さんです。見本を届けてくださって、わかれたあと、古本屋に寄って、それから吉田さんと最初に打ち合わせをしたカフェにいって、ひとりビールをのみながら、出来たばかりの本を開いたり閉じたり眺めたり触ったりしながら、これでよかった、という思いと、これでよかったのか、という不安のなかで、また揺れていました。そういうたちなのです。でも、「わたしたちは〈あいだ〉で生きている」。本がそばにあるから、だいじょうぶ、と思っています。

2026年5月2日土曜日

拾い読み日記 360


 こころをおちつかせて脳内ひとり会議をしよう、と寝床に入って(昼寝をして)目覚めて、今日はもうしごとはやめて本を読もう、と決めた。どうしてだか、はぐれたような気分の午後だった。

 コーヒーを淹れて、おやつをたべながら、このあいだ三日月書店で買った武田花さんのエッセイ集2冊を、かわるがわる手にとる。『煙突やニワトリ』と『カラスも猫も』。むかし持っていた本がなつかしくて買う年ごろになったのか、といえばそれはそうなのだが、この本の「感じ」が大好きで、古本屋の棚で見かけたとき、どうしてた?と声をかけられたような気持ちになったから、また手に入れたくなったのだ。装画も装幀も、まったく力みがなくて、色が調和していて、それでいてふわっと浮いているようで、すばらしいと思う。

(ちょっと恥ずかしいのだけれど)煙突が好きだ。遠くの方に煙突が見えると、行ってみたくなる。そして、真下に立って見上げてみる。気に入ったら、写真も写す。
 そんなことをしながら、知らない町を、あてもなしにうろうろ歩いていると、自分がひどく臆病な癖して見たがり屋の、小さな虫のような気がしてくる。(武田花『煙突やニワトリ』)

 給水塔が見えると、同じような気持ちになる。このまま、はぐれたままでいたいと思う。

2026年4月30日木曜日

トラスト・ミー

 肌寒い4月の終わり。疲れて起きあがれない。このあいだ町にかかったおおきな虹や、約30年ぶりにみたハル・ハートリーの「トラスト・ミー」のことを思い出して、起きあがろうとした。

 とてもすきなのに、こんなくるしい映画だったのか、と意外に思った。ほとんどのことを忘れてしまっていた。久しぶりに会うふたり(マリアとマシュー)は、それぞれに、虐げられていて、孤独で、純粋で、偏屈で、親切だった。彼らが、一緒にいること、見つめあって、思いあっていること、いや、それぞれがひとりで歩いている姿をみているだけで、うれしくて、しあわせな気持ちになった。そのことを、こうして書きとめるだけで、すこしずつ、前に進む力がわいてくる。ふたりがとてもすきなのだ。すきな人は力をくれる。

 ふたりの最後の会話を(聞き取れないから)しらべると、このようだった。

“Why have you done this?”
“Done what?”
“Put up with me like this.”
“Somebody had to.”
“But why you?”
“I just happened to be here.”


 どうして僕につきあってくれたの。誰かがしなくちゃいけないから。でも、なぜ君が? そばにいたから。

 パンフレットのシナリオ採録を読むと、93年公開時の字幕は、マリアの最後の言葉が、「そばにいたから」ではなく、「そばにいたいから」だったようだ。なおってよかった。意味がぜんぜんちがう。


 偶然出会った人、たまたまそばにいた人に親切なふたりだったから、「信頼」が生まれて、そんなふたりの関係に、いま、ふれたかった。まわりにいる人たちに、あまり、親切にできないから、かもしれない。


 しだいに遠ざかっていくおたがいの姿を、もっとよく見ようとして、マリアは眼鏡をかけ、マシューは車から身を乗り出す。別れていくのに、出会いのシーンのようにも感じられる。風が吹いていて、みずみずしくて、せつなくて。季節のおわりと、はじまりみたいで。いつまでも見ていたかった。