部屋に突然、大蛇があらわれる夢をみた。蛇のあたまは人のあたまくらいの大きさだった。逃げようとしてもからだが動かず、蛇がちかづいてきて、もう数センチのところで肌と肌がふれあってしまう、どうしよう、というところで目が覚めた。
友人たちといっしょにバスにのってどこかに出かける、たのしい夢もみたはずなのだが、うまく思い出せない。誰かの世話を焼いていた気がする。現実では、ほとんどそういうことはしない。どちらかといえば、つめたい人間だと思う。
ちょっと急なしごとがふたつ重なり、ほとんど本は読めないが、すこし前に読んだ岩崎力『ヴァルボワまで』、「二つの読書論」がよかった。プルーストとラルボー、二人の、二つの読書論。とりわけ末尾の文章には、力づけられる。そして、泣きたいような気持ちになるのだった。
《また逢う日まで》——彼が希求したのは誰との出会いだったのであろうか? 『罰せられざる悪徳・読書』のなかの言葉を引いて言えば、私にはそれが「世俗の権威をいっさいもたず、数からみてとるに足らぬ選良、さまざまな言語領域に分散させられて小さなグループを形作っているだけの哀れな選良」、しかしながら国籍の相違、言語の相違を超えて相互に理解しあえる選良との出会いであったと思われてならない。
何冊か持っていたはずのラルボーは手放してしまったが、またきっと、出会える。人も、本も、幾度わかれても、ほんとうにはわかれられるものではないのだから。
