2026年2月22日日曜日

拾い読み日記 348

 
 本を数冊買いもとめた日の翌朝は落ちつかない。やってきたばかりの本や、このあいだやってきた本や、ずっとあった本を、気の向くままにぱらぱらめくり拾い読んでいると、それぞれの本の言葉にひかれ、ふかく共鳴するような感覚をおぼえる。さまざまな音が鳴っている。もっと読みたい、読まなければ。そうした思いも、その音によって、みだされてしまう。

 ドアを開けて外に出る。強い風にのって走っていく枯れ葉たちとすれちがった。もう退散します、といったような風情でどこかへ去っていった。橋のところで、かすかに、よい匂いがした。帰りに、また風が、その匂いをはこんできたので、花をさがした。どこにいる? すぐには見つからず、左右を見まわしながら、歩いて、見つけた、低い木の、ちいさな花。まだはんぶん以上は、蕾だった。沈丁花の匂いを、どうあらわしたらよいのか、わからない。よい匂い。きよらかな匂い。おくゆかしい匂い。うつくしい匂い。

 一昨日の夜中、足が二度つった。しぬかと思うほど痛くて、今もまだすこし痛い。昨夜の卓球でも、足があまり動かなかった。動画を撮りたいというひとに協力して、その動画を送ってもらって見ると、角度のせいか、体型のせいか、前傾姿勢のせいか、どこか、熊っぽかった。体は重そうだが、ここぞというときに相手に一撃をくらわせるところとか(比較的フォアハンドが強い)。球技をおぼえた熊。もっとかろやかにプレーしているつもりだったのに。

 午後、バシュラールをときどき繙きつつ、針と糸を使った制作をすすめる。

 書かれた夢想を知るもの、ペンの流れとともに生きること、十全に生きることを知るものにとって、現実世界は何と遠いものだろう。いわねばならなかったことが、思わず書きたくなるものによってたちまちとってかわられるので、書かれる言語が自分自身の世界を創造することがよくわかる。(G・バシュラール『空と夢』宇佐見英治訳)
 
 軽くなるためには、書かなければならない。「動体(モビール)」になるために、書くこと、夢をみること。

2026年2月19日木曜日

拾い読み日記 347


 ひかえめな光沢のある水色の紙を、少しだけ針の先で削ったようなかたちのひこうき雲が、ゆっくり、ゆっくり、進んでいった。ふかみどりのプールの水面がきらめいている。水のなかにはさまざまな生きものがひそんでいるのだろうな、と思う。つぎの夏が来るまで生きものは増えつづけ、みどり色はより深くなる。
 月にはいつも不意をつかれてきたけれど、今日は二日月だと知っていたから、さきまわりして待っていた。繊細な、いまにも消えてしまいそうな弱さで光っている。細い月がすきなのは、細い文字がすきなことと、関係があるのか、などとかんがえながら、見ていた。

 今日も美術館へはいけなかった。午後、絵本を一冊、読んだ。規則正しく生活して、まじめに仕事をする、くまの話。ひとりで起きて、ひとりで働いて、ひとりで眠る、ある日のくま。すきな仕事をして、おだやかに暮らすぬいぐるみのくまのすがたを見ているだけで、気持ちがおちつく。

  それから、エプロンを かけ、
 パンのきじを つくります。
 パンのきじを どさっ どさっ どさっ!
 と こねます。どさっ どさっ どさっ!
 それから、パイやケーキを つくります。

 (フィービとセルビ。ウォージントン作・絵『パンやのくまさん』まさきるりこ訳) 

 こういう、「どさっ どさっ どさっ」という擬態語や、ものの数をかぞえるところ(「1こ、2こ、3こ!」)では、たのしそうにさけぶ子どもの声が聞こえる気がして、いつも、ゆかいな気分になる。きっと、読んでいるとき、すぐそばに、しらないこどもや、こどものじぶんが、いるのだ。

2026年2月15日日曜日

拾い読み日記 346


 散歩の帰り、鹿毛の馬を2頭見た。注意書きがあった。大きな音に馬が驚きます/ご注意ください。馬にふさわしいように、できるだけしいんとした自分になって、金網越しに凝視していると、馬はとても
凜々しくて、艶やかで、しずかで、あこがれのひとを盗みみている気がした。それほど、うつくしいのだった。遠いむかし、馬に恋してむすばれた娘の気持ちが、なんとなくわかる。もっと近づきたいけれど、こわい気もする。大きいからだに構えてしまいそうだし、一度ひかれるとのめりこみそうだし、そうしたらそのままどこかに連れ去られて、帰ってこられなくなるかもしれないし。

 昨年ばっさり枝下ろしされた梅の木に、白い花が咲いた。それで、マティスの日記を読み返す。
 
 ヴァンスに着いてどうして自分があんなにひとりぼっちの気持だったのか今朝それがわかりました。それはつまり——樹木がすべて枝おろしをやられていたのです。(『マティス 画家のノート』)

 これまでにしたしんだ木のことを思った。あるときは近所のスダジイに、あるときは隣家の泰山木に、またあるときは目の前の柿の木に、こころを寄せてきた。木をじいっと見ているときは、いつもひとりだったけれど、ひとりでなければ、ふかまらない関係があるのだろう。木はいつでも、しずかな力で、明るいほうへ、わたしをのばそうとした。

2026年2月13日金曜日

拾い読み日記 345

 
 二度、葉擦れの音に立ち止まった。二度目の木はたしかシラカシで、一度目の木より、やや低い音がした。同じ葉擦れの音といっても、葉の厚さや、大きさや、風の吹きかたによって、微妙に異なる。日陰で、すこし寒いと感じた。それでも、世界の秘密をささやいているようなその木を前にして、かつて、どこかで、このような音を聞いた気がして、立ち去りがたかった。

 帰ってきてから、宮沢賢治の詩集を手にして、その音に似たものを探したのだが、見つけることはできなかった。「わたくしは森やのはらのこひびと」。異界からの声だったかもしれない。異界とは、きっと、なつかしい場所なのだろう。

 50年以上前に刷られた文庫本は、表紙も天地も小口も茶色く焼けてしまって、詩が、木の肌でおおわれているように見える。

2026年2月10日火曜日

2月のおしらせ


  森雅代さんの版画展が渋谷のウィリアムモリス(カフェ/ギャラリー)で開催中です。DMをデザインしました。『窓の韻』や、詩と版画の小冊子もありますので、お近くにお越しの際は、ぜひいってみてください。今月28日までです。詳細は、森さんのInstagramをごらんください。

 翻訳家の川野太郎さんによる読書日誌「読んだり、読まなかったり」で『ある日 読書と断片』がとりあげられています。こんなふうに読んでもらえるとは、本にして、よかった! と思いました。

 佐々木活字店の塚田さんのインタビューが、雪朱里さんのnoteで読めます。ぜひ。
 2007年ごろに活版印刷機を買ってすぐ、佐々木活字店にいって、何から何まで教えていただきました。はじめてのとき、名刺の版を頼もうとしたら、(活字を)拾ってみる? と中に入れてくれたり、うまく刷れないときは相談にのってくれたりと、とても親切で、あたたかいかたでした。
 『春の詩集』、『雨の日』、『窓の韻』、『ほんほん蒸気』の表紙、そのほか、ヒロイヨミ社の本の活字は、ほとんど佐々木活字店で組んでもらったものです。お店にうかがって、塚田さんとちょっと話すのがたのしみでした。印刷や制作への(ときには生活への)そこはかとない不安も、塚田さんの笑顔と活字の重さで、だいじょうぶ、といわれたような気がして帰ってきたりして。ささえてもらっていました。
 もっと話を聞きたかった、と思っていたので、インタビューの公開、ありがたいです。
 今でも、榎町にいけば塚田さんに会える気がします。とてもさみしいです。

2026年2月9日月曜日

拾い読み日記 344

 
 今日も卓球はたのしくて、ころされる夢をみたことなんてすっかりわすれてしまった。それでも書き留めておきたいと思うのは、なぜだろう。打撃を受けて倒れ、うつ伏せで、ダイイング・メッセージを残そうとしたが、どう書いたらいいか迷っているうちに、とどめを刺されてしまった。お腹ににぶい痛みを感じ、やがて、ブラックアウト。はやく書けばよかった、と後悔しながら。なにものかに追われる夢やちいさないきものをしなせてしまう夢は、むかしからよくみていたが、ころされる夢ははじめてかもしれない。顔も声もない不気味なころし屋だった。

 ピン・ポン・ピン・ポン・ピン・ポン・ピン・ポン。その音は異様にさわやかで、僕らは異様に気持ちが軽くなった。汗が流れた。殴られた痛さなんかはもう、汗といっしょに流れ出ちゃったような感じで。(パク・ミンギュ『ピンポン』斎藤真理子訳、白水社)

 卓球場以外では会わない、年上のひとびと。ずいぶん年上でも、上手くても、えらそうな人なんていない。白い球を打ち合うだけで、異様にたのしい。ここでは大声を出したり、くやしがったり、ふだんより素直に感情をあらわすことができる。卓球場を出ても、そのたのしさやすがすがしさはつづいていて、もっと、何か、できそうだ、とわけもなく前向きな気分になれる。

2026年2月8日日曜日

拾い読み日記 343


 雪が降りしきるなか、投票所へ。思ったより寒くない、そのことを忘れていた。あしうらが雪を踏む、きしきし、という感触がなつかしかった。あしがよろこんでいた。白い空から白い雪が降る。見上げると、白い雪は薄いグレーだった。墨を一滴だけおとしたくらいの淡さ。空の一部がはがれて、欠片になっておちてくるようでもあった。欠片はつぎからつぎへと、天から地へはこばれていった。

 天地(あめつち)の息合ひて激し雪降らす  野沢節子
 
 鼻をぐずつかせながら投票して、立会人の机にボックスティッシュがあったので、一枚いただけますか、といったらその人はとてもおどろいたようだった。箱が開いてなかったから? いわなければよかった、と思ったが、戸惑いながらもその青年は、箱を開けて、2枚くれた。

 木に積もる雪を立ち止まって見つめた。あのとき、人も車もいなくて、とてもしずかで。ちり、とかすかな音がした。雪片が傘に触れる音。お酒を買って家に戻り、のみながら、本を読んだり窓の外を見たりして過ごす。雪からひろがるしんとした世界のなかで、息をふかく吸って、吐いて。

 白い紙に白い箔押しは、雪にのこされた足跡みたいだ、と思う。だから何度も触りたくなる。指が表紙のうえを、あきることなく歩きまわる。