「みた」ことについて書いていると、それが「あった」ことを巻きこんで、ころがり、ふくらんでいくので、とりあえず、ついていくことにした。記憶のスクリーンがカーテンに変貌して、ゆらゆら揺れはじめる。無数の襞からあらわれてきたものを、みなかったことにはできない。虚が実をよみがえらせ、実は虚のなかにあらたな生を見出した。そのことで虚も、うごきだしたようだった。そうなってみると、虚であるか実であるかは、もはや、どうでもいいことに思われた。
朝からジャック・デリダ『絵葉書 Ⅰ』を読んでいた。頁をめくれば熱いうねりを感じる。わけもわからずに、首をつかまれ本のなかに投げ入れられたようになって読みつづける。
書物を読み終えたとき、その書物の数々の声のひとつが君に、何か次のようなことを囁くと仮定してごらん、「おいで(アリーヴ)」と私が言い続けていたそのたびごとに、私はあなたのことを思っていたのです、でもそれは偶然に起きる(アリーヴ)事故のことでも、生じる(アリーヴ)出来事のことでも、到着する(アリーヴ)あるいはしない手紙のことでもなくて、あなたのことなのです。あなたに(傍点)期待している何かを、ではなくて(……)ただただあなたを、到来するあなた、到来するものであるあなた、私に到来するものであるあなた、到来からだけ私へと到来するものであるあなたを、思っていたのです。
顔をあげて、息をついた。やわらかな頰のようなしろい紙の肌に、自分のてのひらを重ねて、幾度かなでてみる。きっと、行間からあふれでるものを、とどめようとして。