満開の桜の気配を感じながら、家にいた。隣家のアンテナで、澄んだのびやかな声を持つシジュウカラが囀りはじめた。去年の6月に来た鳥の声に似ていた。逆光で、黒いちいさな影が囀りのたびにわずかに動く。おだやかな春の空気にくっきりとした輪郭をあたえるような声だった。
ある本の扉のレイアウトをして、別の本の校正刷りを読み進め、出来上がったばかりの本をめくり、なにごとかを書きつけ、今日も気まぐれな読書はまったくできずに日が暮れていく。それでも、〈本〉にたしかに関われている、触れている、というよろこびが、ときどき胸にきざす。
手元にあるのは、読むためではなく、構成やレイアウトがどうなっているのか確認するための本で、ひさしぶりに書棚から抜き出してみると、背のピンクが吃驚するほど抜けていた。めくって、読んでみる。
歴史はひとつの世界であり、だからこそ人は本のなかに入っていけるのだ。最後のシャンディは、自分の本は散歩できるもうひとつの空間だと考えている。(エンリーケ・ビラ=マタス『ポータブル文学小史』)
