2026年7月5日日曜日

拾い読み日記 369

 
 石井桃子『新編 子どもの図書館』(岩波現代文庫)を読みはじめる。石井桃子が自宅で開いた子どものための図書館「かつら文庫」の7年間の記録をまとめた本である。
 まえがきの一節を、どこかで読んだことはあった。その箇所を、中野重治が引用していることを、『市村弘正著作集 下巻』で最近知って、まえがきだけでなく、本文も、ちゃんと読んでみよう、と思った。

 お知らせの立て札を立てたり、貸し出しカードを作ったり、本を準備したり、部屋をしつらえたり、手探りであたらしいことをはじめて、それがかたちになっていくさまに、わくわくする。通ってくる子どもの話すことや仕草や身振りや変わっていくようすが、たんたんと書き留められていて、そのおちついた語り口に安心する。

 さまざまな本と子どもたちのすがたが描かれている。父親から誕生日に買ってもらった図鑑の話を聞いて、今度見せてね、と帰り際にいったらすぐに重たくて厚い本をふうふういいながら持ってきた子どもの話が、すきだ。

 それは、とても茂ちゃんに読めるような本ではなかったのですが、かれは、お父さんやお母さんから聞いた説明をそら(下線部は傍点)でおぼえてしまっていたとみえ、その本をとりかこんだ中学生や私たちに、「ほら、この本のここ。××星。すごいだろ。ほら、△△星はここ。」と、自由自在にパタンパタンとそのページをあけて見せてくれたのです。(p.101)

 その子と本が、いきいきとうごいて、ひとつになって、なにかを伝えようとしている。こんなふうに、本をいきいきとさせることが、ほんとうに、本を愛するということかもしれない、と思った。

 私は、この本を書くにあたって、「これからの子どもは、いままでの子どもにくらべて、本を読まなくてもいいのか、または、本は読まなければいけないのか」という点では、「読まなければいけない」という立場をとりました。(「まえがき」より)

 中野重治は、このことに賛成する、と書いたあと、石井の表現のしかたについて触れている。いさぎよく、美しく、そして「楽しい」という。この書き方は、石井桃子というひとの、ほかのひととは異なるたぐいのまじめさとたのしさをつたえるものだと思うが、もちろん、本を読むことそのものの楽しさにもつながっている。だから、つい、「これからの大人は、」といいかえたくなってしまう。