2019年6月16日日曜日

拾い読み日記 133


 一昨日みたジョナス・メカスの「ロスト ロスト ロスト」と昨日の幸福なできごとがまじりあっている。

 海辺の記憶。
 黒猫の鼻の湿り。
 笑い声、やさしい声。
 雨上がり、鳥の囀り。
 庭の葉や花。
 夜明けの静けさ。

 チェルさんの展示にいったら、もう終わっていた。日時を勘違いしていたのだ。奥のバーにいた正一さんから声をかけられ、するすると、いっしょにのんだ。
 作品はみられなかったけれど、せめて話すことができて、よかった。純粋で熱い方だな……と、すこし、緊張した。つくることといきることに、そのふたつの関係に、噓のない方、といったらいいのか。

 三鷹に着いて、疲れていたので帰ろうかと思ったけれど、お腹がすいていたので、夫と藤田くんがのんでるかな、と、ある店に向かったら、あんのじょう、いた。博多うどんをいっしょにたべた。
 藤田くんが井上多喜三郎の詩集をみせてくれて、20000円の値付けの文字にどきどきしつつ、ページを繰った。すると、店のご主人が、ちょっとみせてもらえますか、と小声でいうので、とまどいながらも本をわたすと、すこし読んで、あまりこういうものは読んだことがないけれど、おもしろい、といわれる。それからぽつりぽつりと、詩を、声に出して読まれた。低い声で、呟くように。
 不思議な瞬間だった。どきどきしたひとときだった。ひとの秘密をこっそり聞いてしまったような。切りとって、綺麗な箱にしまって、いつまでも残しておきたいような。

2019年6月14日金曜日

拾い読み日記 132


 ジョーゼフ・コーネルの映画について、どう書けばいいのだろう。このような明るさ、優雅さ、自然さ、率直さは、どこをさがせば見つかるのだろう。私の前にはタイプライターがある。たいへんリアルだ。紙もキーもある。私は、一字一字、言葉を探している。一人のかけがえのない芸術家に敬意を払うために。(ジョナス・メカス『メカスの映画日記 ニュー・アメリカン・シネマの起源 1959—1971』飯村昭子訳、フィルムアート社)

2019年6月9日日曜日

拾い読み日記 131


 ひんやりした日。空は明るいグレー。
 気分はしずんだりあがったりしている。今は、古本や古着を買うのがたのしい。

 金曜、ルート・ブリュック展へ。とてもすばらしくて、ためいきをついたり息をのんだり。ずっとみていたかった。けれど、会場のスマホのシャッター音と、スマホを作品にかざす人々のすがたが、つらかった。おかしくなりそうなほどだった。

 そのあと尾柳佳枝さんの展示にいった。かばんに絵を描いてもらって、その、描いているようすをみたり、絵の具が乾くのをじっと待ったりしている時間が、よかった。尾柳さんの絵をみていると、じわじわと気持ちがかるくなり、何か、描きたくなってくる。

 ジャン=ミシェル・モルポワ『見えないものを集める蜜蜂』を買った。ABC本店にも紀伊國屋書店新宿店にもなかったが、古書ソオダ水にあった。
 
 彼にとってはことばが羽や花粉の代わりをする。蜜を作るのではなく、インクをまき散らす。物思いの中を飛びあさる。この世の物から詩以上に良きものを作り出すことは、彼にはできない。彼のことばには空がひろがる。そして存在しないものたちが、彼の頭の中にひときわ大きな場所を占めている。

 昨日、水中書店でばったりAさんに会って、お茶に誘って、とはいえ自分はいつものようにビールをのんで、いろいろ話した。『団地ともお』の話をしわすれたのが、ちょっとざんねんだ。

2019年6月6日木曜日

拾い読み日記 130


 暑い日。明日から天気がくずれるらしいので、今日のうちに、と布団を干したり、シーツを洗ったり。午後から頭痛。横たわって俳句を読む。『橋本多佳子全句集』(角川文庫)から、いくつかノートに書き留める。
 
 薄翅かげろふ墜ちて活字に透きとほり

 日がしずんで、ようやくすずしい風が吹いてきた。ベランダで雲をみていたら、しだいに三日月があらわれて、それをしばらくのあいだみていた。月は、淡い桃色で、雲とほとんど同じ色に見えた。ずっと記憶しておきたいような空だった。

 何もつくっていないと、ゆっくりとしずんでいきそうになる。
 つぎの展示は11月。その前に、何かをつくろうかな、とちらっと思った。

2019年6月5日水曜日

拾い読み日記 129

 
 なにかを見るとき、ほんとうにそれを知るには
 ずっと見つめなければならない。新緑を
 見わたして、「森の春を見ました」とは、とても
 いえない。見ているものになり切らないと。
 暗い地面を蛇のように、ひっそりと這う茎や、
 尾羽みたいに広がる葉、その葉のあいだの
 小さな静けさにまで深くはいって、時を
 忘れるほどでなければ。静けさがわきおこる
 その奥の、大きな静けさにもふれて。

 ジョン・モフィット「なにかを見るとき」。アーサー・ビナード/木坂涼編訳『ガラガラヘビの味 アメリカ子ども詩集』(岩波少年文庫)より。ときどき、読み返す。この詩集のなかで、もっともすきな詩。

 しずかな時間、ゆっくりする時間が必要だ、とかんがえているところに、素敵なおくりもののように、ある小冊子がとどいた。みずみずしくて、さわやかな冊子だ。ゆっくり読んだら、手紙を書こうと思う。

 夕方、小さな男の子の声がした。「てんとう虫が、てんとう虫が」、そう大声でいったあと、しばらくして、泣き出した。

2019年6月4日火曜日

拾い読み日記 128


 朝、また5時ごろに目が覚める。二度寝して9時前に起きた。

 朝食をとりながら、昨日買った本を積み上げて、いろいろ読んだ。

つまり、子供たちにとって、いまだ単語は洞穴みたいなもので、かれらは、その洞穴という洞穴をつなぐ、奇妙な連絡路を知りぬいているのだ。(ヴァルター・ベンヤミン著作集10『一方通行路』晶文社)

 本は、titleとささま書店で買った。titleでは、しゅんしゅんさんの展示もみた。教会のような場所に、しゅんしゅんさんの絵が一枚あったら、すばらしいだろうな、と思った。あるいは、何もない空間に、一枚の絵だけがあったら。 

 今日も本を何かと買ってしまいそうだ。

2019年6月1日土曜日

拾い読み日記 127


 今朝も5時40分に目が覚めてしまったが、二度寝して、9時ごろ起きた。目にとまった本を読んだりして、ゆっくり過ごす。
 片付けようと思いながらも、なかなか手がつけられない。いろいろなものが入ったかばんやふくろが部屋の隅にあって、紙の束があちこちに積んである。長い旅からようやく家に帰ってきたよう。実際、そうなのかもしれない。

 読んだのは、パスカル・キニャールとイルマ・ラクーザ。

 わたしは眼をあげて、ハンガリー語の、スロヴァキア語の、リトアニア語の看板を読む、車掌も次々に言葉を替えてゆく。たっぷり眺め、たっぷり聞いた後は、眠りに身をゆだねる。眠りは確実に時空を抜けてわたしを運んでゆく、温もりをもった梱となったわたしは、手足を広げ大きく伸びをする。カウナスで、コシツェで、ペーチで、笛の音が鋭く響くと、わたしは眠たい現在へ発射される。
 わたしは何を探しているのか?   
 
 イルマ・ラクーザ『もっと、海を 想起のパサージュ』(鳥影社)より。このところ拾い読みしかできなかったが、この本は、読み進められそうだと思う。
 
 午後、疲れてすこし眠った。夢のなかで、叫び声をあげた気がするのだが、その前後が思い出せない。家に突然、知人の母親だという女性が上がりこんできて、洗面所を使わせてほしい、と頼まれたことはおぼえているのだが。

 夕方の空は雲がきれいで、見とれる。道行くひとをベランダから眺めていると、おだやかな気持ちになる。しばらくは、こうやって暮らそう、と思った。

2019年5月31日金曜日

拾い読み日記 126


 すきなだけ眠ろうと思っていたのに、5時半ごろに目が覚める。もう一度寝ようと思ったが、あたまが冴えていろいろなことをかんがえてしまい寝つけないので、起きた。
 曇り空を眺めて、鳥の声を聞いた。今日はとりあえず、あそぼうかな、と思った。去年の秋からずっと、制作に追われていた。たのしかったけれど、それはおもりのような重さのあるたのしさで、何か、ずっと、心身に負荷がかかっていたように思う。

 みたいもの、よみたい本、つくりたいもの。やってみたいこと、ためしてみたいこと。たくさんあって整理がつかないが、今はただ、外に出たい。

 ある日、ぼくは
 舟からおりてその小さな岩の島にねころび、
 ただそれだけのことで
 遠い願いのなかにいるような気がした。

             (菅原克己「島」)

2019年5月26日日曜日

拾い読み日記 125


 暑すぎてぐったりする。体力と集中力に欠けている。それでも、最低限のしごとだけは済ませた。文字の直しは「殺され→惨殺され」。ぶっそうな件名のメール。

 お昼に外出。五目そばをたべながら新聞をよんだ。「ロスジェネ」はいま、という記事や、加藤典洋追悼文など。
 朝、ステファヌ・マラルメ『詩集』(柏倉康夫訳、月曜社)を読んだ。「扇 マラルメ夫人の」。

 言葉のためであるかのように

 空に向かって一度羽ばたくだけで
 未来の詩句は解き放たれる
 いとも貴いその住処から

 字間がすこし空いているのが、いいなと感じた。ぱっとみて、くるしくならない。


 つかれているのは、昨日のお酒のせいかもしれない。たのしかったので、ややのみすぎた。Mさんの風邪のときの夢の話、もっと聞きたい感じがした。自分は、5年前の夢の話をした。Tくんにあたまから水をかけられ、いっしょに魚をたべる夢。それがしきたりだということだった。

2019年5月24日金曜日

拾い読み日記 124


 暑い日。ふとんを干して、シーツを洗う。ラフを何度かつくりなおし。迷走。昼寝。製本作業。

 夕方になり、ひと段落。涼しい風が吹いてくる。ベランダで、昨日の飲みのこしの白ワインをのんだ。しばらく茜色の雲をながめる。雲はつぎつぎ色を変え、蛍光オレンジになったり、ピンク色になったり、それが灰色とまじりあったり、見飽きなかった。ふと、シングルトンでいっしょに夕焼けをみたふたりは、げんきかな、と思った。あれからもう8年近く経つ。あの町にいくことは、もう、ないだろうと思う。友だちがうまれたところ。かわいらしい結婚パーティーがあった場所。小さく光りながら遠ざかる飛行機をみていたから、きっと、思い出したのだ。

「あなたの微笑と似たところがあって、笑ったあと消えてしまった微笑はどこにも見つからない。あなたの体にしたってそうで、消えてしまう。愛もそうで、あなたも私もいなくなったあとはどうなるのか? それをなんと言ったらいいんでしょう? 愛がなくなったなんて言えますか?」(マルグリット・デュラス「ローマ」)

 本のなかに、まだ、ephemeralをさがしている。

2019年5月23日木曜日

拾い読み日記 123


 午前中、すこし仕事。なかなかうまくいかない。お昼に出たら、日差しがきつくて、つらかった。しおれた躑躅をみて、さみしい気持ちになった。さみしい、というか、わびしい。着ない服を古着屋に持っていった。落ちついたら、本棚の整理もしたい。埋もれている本をみつけて、よみたい。


 帰ってきて、ぐったりして、すこしねた。起きて、珈琲をのんでから、『宮川淳著作集』(美術出版社)をひらいた。


実際、引用とは読むこと(享受)であるのか、書くこと(創造)であるのか。そこでは読むことが書くことであり、書くことが読むことであるような、この鏡の空間。(「引用について」)


 小冊子はできたとはいえ、まだ制作途上のような、問いの中にいるような感じがして、うまく「生活」できていない感じがする。手紙を書いたり、ものを送ったりしなければ、と思いつつ、何日か経ってしまった。


 宮川淳をよんだのは、昨日、三浦雅士の『幻のもうひとり』を拾い読みしたからだった。手元にないので、うろおぼえだが、あとがきに書いてあったことが、気になっている。幻のもうひとり。いいタイトルだな、と思う。

2019年5月22日水曜日

拾い読み日記 122


 お昼をたべに外へ出て、たべたあと、図書館に本を返しにいくつもりだったのに、眠気におそわれ、帰ってねた。このところ、早朝に目が覚めたりしていて、眠りがうまくいっていなかった。昼寝をするひまもなかった。これからは、眠くなったら、時間のゆるすかぎり、どんどんねていきたい。

 今日は夕方、水中書店で15分くらいお店番。そのあと本を買った。ほしいと思っていた白い詩集(ノンブルが朱色)はなぜか買えなくて、朝吹亮二・松浦寿輝『記号論』(思潮社)を買った。本文の紙と組みにひかれた。読んでいると、金属活字が組まれた様子、インテルやクワタの質感までが、ぼうっと脳裏をよぎる。まるで亡霊のように、あらわれたり消えたりする。
 別冊の小冊子は、著者たちによる「NOTE」。そこでドゥルーズ=ガタリ『カフカ』が引用されていて、どきっとした。それはさっき本棚からえらんで鞄に入れてきた本だった。こんなことは、もちろんただの偶然なのだが、まるで本に読まれているようで、なんともいえない気持ちになる。ただの偶然、といいながら、本のおそろしさを、そこはかとなく、感じている。

 語そのものは動物「のような」ものではない。そうではなくて、みずからよじのぼり、吠え、うじゃうじゃとうごめく。そもそもが言語的な犬、昆虫、ネズミだからだ。

 昨夜は、書物論講座でいっしょだったOくんとTくんと、西荻窪でのんだ。Tくんが、「僕は書きます。あなたは読んでくれますね」という足穂の言葉を、Aさんが『ぽかん』の「ぼくの百」で引用していた、と教えてくれた。そういえば、たしかにそこで読んだのだった。
 新年会では3軒はしごしてのみすぎて、次の日もぐあいが悪かったが、今回は2軒でやめておいた。おとなになったのか。次回は読書会をやろう、という話になる。

2019年5月21日火曜日

拾い読み日記 121


 朝から雨。ぼうっと過ごす。

 昨日はSUNNY BOY BOOKSへ納品に。しばらくお店にいたがだれもこないので散歩に出た。飯島書店をみつけて入る。じっくり棚をみて4冊購入。2000円いかないくらい。財布にも2000円くらいしかなくてひやっとした。もっと入っているかと思った。

 4冊のうちの1冊、北原白秋訳『まざあぐうす』(角川文庫)は、スズキコージの挿絵もたっぷり入っていてたのしい。はしがき「日本の子供たちに」をよむ。ところどころうっとりとなるところがある。うたみたいな呼吸、間合い、リズム。

 マザア・グウスのおばあさんがそのがちょうの白い羽根をむしると、その羽根がやはり雪のようにひらひらと、地の上に舞(も)うてきて、おちる、すぐにその一つ一つが白い紙になって、その紙には子供たちのなによりよろこぶ子供のお唄が書いてあるので、イギリスの子供たちのお母さんがたはこれを子供たちにいつも読んできかしてくだすったのだそうです。いまでもそうだろうと思います。

 いつか白秋全集がほしい気がしたけれど、どうかんがえても置き場所がない。


2019年5月19日日曜日

拾い読み日記 120


 くもり。5時ごろ目がさめたが、もう一度ねて、9時に起きた。からだのあちこちが痛くて、つかれている。

 昨日は「ephemeral」の初日。ぜんたいに紙がひらひらした感じ。お店の奥の椅子に座っていると、おちつくけれど、ひとが来ると、じゃまじゃないかな、と外に出たくなる。kさん、mさん、Hさん、k.mさんが来てくださった。
 なんとなくかばんに入れてきたアントニオ・タブッキ『レクイエム』を、お昼にすこしよんだ。「はじめに」がとてもすきなので、そこばかりよんでしまう。

 このレクイエムにはレクイエムとしての厳粛さがないと言われれば、そのとおり、と答えるよりほかはない。だが、せっかく自分の音楽を奏でるのなら、大聖堂にふさわしいオルガンなどではなくて、ポケットにしまっておけるハーモニカ、さもなくば町なかでも持ち歩ける手回しオルガンの方がいい、正直わたしはそう思った。ドルモン・ジ・アンドラージのように、わたしは昔から俗っぽい音楽が大好きだから、こんな風に書くジ・アンドラージの言葉に同感だ。「ぼくはヘンデルを友だちに持ちたいとは思わない。大天使たちの朝の合唱なんてまっぴらだ。街がはこんできてくれたもの、なんの教訓も残さずに、ぼくらの命同様、きれいさっぱり消えるもの、それさえあれば充分なのだ」

 帰りに、流浪堂に寄った。『ホフマンスタール詩集』(小沢書店)、『牧野虚太郎詩集』(国文社)、滝田ゆう『昭和夢草紙』(新潮社)を買う。

 夫とMさんと一杯やって帰った。3人ともつかれきっていて、Mさんはグラスを倒したり、夫は箸を落としたりした。ときどきぼうっとしながら、話したり、のんだりたべたりした。Mさんが買った古本をみせてもらったり、自分が買った古本をみせたりした。こういうのはたのしい。Mさんが買った本は、マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』。気になるが、開いてみたら、自分にはちょっとよめないかもしれないな、と思った。

 りんてん舎の灯りがついていたので窓をコンコンたたくと、Fくんがギターを持って出てきたのが、おもしろかった。しばらく立ち話。

 昨日はそんな一日だった。

2019年5月14日火曜日

拾い読み日記 119

 
 曇り、ときどき雨。肌寒い。夕方から晴れた。
 
 ようやく本文の印刷が終わった。へとへとだ。そしてぎりぎりだ。

 何だかわれわれに関することだけしか、このおし合いへし合いの世界の中で、ただわれわれに関することだけしかあなたに書けなくなってしまいました。直接関係のないことはみんな全く縁がなくなってしまったのです。不当なことです! 不都合千万です! しかし唇は呂律が回らず顔はあなたの膝に埋もれたままです。(カフカ『ミレナへの手紙』)

 カフカの手紙は、つかれていてもよめる。むしろ、つかれているときによむのがいい。

 印刷しながら、いったい何をしているのだろう? と、ときどき思った。作業中、むかしすきだったアルバムを聴いていた。サニーデイ・サービス「LOVE ALBUM」とか、Fishmans「空中キャンプ」とか。なつかしさとともに、いったい何をしているのだろう? という思いがつよまった。むかしはもっと、ひとに説明しやすいことしか、していなかった。むかしの知人に会うと、何をしているのか、あんまりいえない。ちょっと、はずかしいのかもしれない。

 でも、今のほうが、たぶん、たのしい。こういうことをはじめなければ、会えなかったひとの存在に、ささえられている。
 
 今日は疲れたので夕飯はたべずに、もうねることにする。

2019年5月12日日曜日

拾い読み日記 118


 このところ、外を歩くと、ジャスミンの花の甘い匂いがする。日差しも強くなってきて、初夏らしい。麦藁帽子をかぶりはじめた。麦藁帽子は、かぶるのもすきだが、言葉としても、すきだ。

 今日も『ephemeral』の印刷をしようと活字を組み始めたら、買った活字がまちがっていることに気がついた。9ポイントと発注したのに、8ポイントだった。
 かなり精神的なダメージを受けたが、なんとかたてなおして、別のページを印刷した。誤植には気付いても、サイズのちがいに気付くのは、むずかしい……。
 スケジュール的には、まだまにあう。明日、交換してもらえばいいことだ。

 このところの娯楽は、作業しながら聞く音楽と、古本屋ぐらいしかない。古本屋は、水中書店まではいけないので、もっとも近いりんてん舎に、二日つづけて行った。今日買ったのは、鈴木創士『ひとりっきりの戦争機械』(青土社)。
 今日の作業が終わって、ビールをのみながら、拾い読みした。「ジャン・ジュネまたは類似の錯乱」。
 
 どうすればいいのか、残された身振りが、いまにも崩れ落ちそうな、埃だらけのアトリエのなかであれ、また遠い異邦の別の場所であれ、まだ死なずに、これからも死ぬことなくすでに死を知ってしまっていたのであれば。

2019年5月5日日曜日

拾い読み日記 117


 夜中に喉が渇いたので起きて水をのんでみたら、眠れなくなってしまった。ジャン・ジュネ『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』を読んだ。

 (……)もう一度言えば、彼は、彼の描線なくしてはけっして存在することのなかった白い紙を高貴にすることが、おのれの使命だと考えたように思われる。
 私は間違えているだろうか? そうかも知れない。
 しかし、彼が、自分の前にピンで白紙を止める姿を見ていると、私は彼が、白紙というものの神秘に対し、これから描こうとしている物に対するのと同じだけの敬意と慎みを抱いているような気がするのである(彼の素描は『骰の一擲』の頁組を思わせると、私はすでに記しておいた)。

 描かれているジャコメッティの姿と、それをみているジュネのまなざしを、思い浮かべる。そしてそれを書いているジュネの手を。眠れない夜の空気が、変質するのを感じる。
 机の下には、印刷する前の紙がある。箱に入って、刷られるときを待っている。

 このところTwitterに依存しすぎのような気がしてきたので、みるのをちょっとやめたい。それでもお知らせとかもしなくてはならないので、みるだろう。はがきもぜんぜん書けていない。郵便配達も休みだから、と自分にいいわけをしている。

 陰口をいわれて、とても怒っている人のTweetを、たまたま読んだ。
 年をとってわかったことは、陰口をいった人でなく、それを自分に伝えた人のほうに悪意がある場合が多い、ということだ。悪意は、無意識の場合もあるから、やっかいだ。
 もやもやすることがあまりにも多いので、やっぱり、Twitterは……。知らなくてもいいことを知りすぎる。退屈と好奇心のせい? だとするなら、向き合うべきは、そこなのだろう。ひとつのことに、集中できない。制作に、もっと力をそそぎたい。
 時間には限りがある。わかっていても、逸れていこうとする。

 お昼すぎ、図書館の近くで、灰色の雲が突然広がったのをみて、いそいで家に戻り、干していたふとんを取り込んだ。30分後、雨と雹が降ってきた。こういうとき、誰かに、よくやった、とほめてほしいと思う。ごはんをたべて、ぼんやりしていたら、猛烈に眠くなって、二時間ほど昼寝した。眠れないのは、たぶんそのせいだ。

2019年5月2日木曜日

拾い読み日記 116

 
 レイアウトのため、スキャンしたり、画像を調整したり、長くパソコンに向かい合っているので疲れる。午後から晴れてきた。ひさしぶりの青空。ただゆっくり歩いて、躑躅のピンクや山吹の黄色を目に入れるだけで、5月の気分が高まる。半袖で歩けるうれしさ。

 Twitterって、ときどき、授業中にまわってくる複雑に折りたたまれた手紙みたいだな、と思う。すぐ読んで、とこっそり手渡される手紙。小さな文字で大切なことが書いてあったりする。気付かない人もいる。受け取った人は秘密を共有したということ。誰でも読めるからといって、誰にでも伝わるわけではない。

 制作に入ったので、ゆっくり本が読めなくなった。まあ、制作中でなくても、読めないのだけれど。連休気分を味わいたいので、昼食のときに小瓶の黒ビールをたのんだ。のみながら、川上弘美「おめでとう」を読んだ。すぐに読めるから、何度も読んでいるのに、いつも、新鮮に感じる。「西暦三千年一月一日のわたしたちへ」。

 少し寒いです。今日は新しい年なんだとあなたが言いました。新しい年は、ときどきくる。寒くなると、くる。
 おめでとう、とあなたは言いました。おめでとう。まねして言いました。それからまた少しぎゅっとしました。
 忘れないでいよう、とあなたが言いました。何を、と聞きました。今のことを。今までのことを。これからのことを。あなたは言いました。忘れないのはむずかしいけれど、忘れないようにしようとわたしも思いました。

 珈琲屋で新聞を開いたら、祝賀の感じがすごかった。「おめでとう」の世界は、荒涼としていて、淋しい。そちらのほうに、愛着を感じる。
 平成は、最後まで、何年なのかよくわからなかった。

2019年4月30日火曜日

拾い読み日記 115


 昨日はscoolへ「サマースプリング」(ミニスキュル・シングス)をみにいった。
 窒息しそうなほどの緊張感。苦しかった。自分のたてる音でこの場をだいなしにしたらどうしよう、とも思った。隣の男の鼻息がうるさかった。異界からの鳥の声のようなものが、かすかに聞こえた。胸をしめつけられる。聞いたことがないような、ふしぎな響きの、儚くて、無垢で、思い出すほどに痛く切ない、うっとりするような声だった。
 それからあの音。本で壁を殴る音、ブロックを床に打ち付ける音。そこに音楽が重なる。音はきらきらした光の粒みたいで目がくらんだ。感じつくせないことが起きていた。

 閉じこめられるからだ、うなだれるからだ、ひきつるからだ、よじれるからだ。からだは波うち、逆立ち、倒れこむ。倒れたからだがなだれこんできて、それらは亡霊のように、いま、自分の心とからだの中にある。しばらくは、この亡霊といっしょにすごしたい。

Don't you leave me out here too long
Will you bring me out there too?
Red House Painters New Jersey”)
 
 「サマースプリング」は、たぶん、郡淳一郎さんと木村カナさんのアフタートークがなければ、みにいかなかったと思う。みることができてよかった。

 草間彌生の自伝を手にとり、コーネルに首を絞められたくだりを読んだ。膝の上の彼女を、「猫の子を扱うみたいに」首を絞めはじめ、急に立ち上がると、トイレに閉じこもって出てこない。心配になってのぞいてみる。

すると、半裸姿のジョゼフはひざまづいて、「神様、どうか私を許してください」と言って、一心にお詫びのお祈りをしていた。きっと、困り果てて、神様に許しを乞うていたのに違いない。その時、トイレの窓から見えた、ロングアイランドの真っ青な空の色は、いまだに忘れられない。(草間彌生『無限の網』)

 まだ昨日の疲れは残っているけれど、今日は夫と「平成」の打ち上げ。平成という時代に特別な思いはないけれど、酒の肴にはしてもいい。

2019年4月29日月曜日

拾い読み日記 114


 おととい拾った躑躅の小枝を水に挿しておいたら、今日、花が開いた。夜のあいだに開いたのだろう。はっとした朝だった。ふたつの花を支えているかのような葉も、つきかたがよく、綺麗だなと見とれる。

 昨日は、ポスタルコ主催のマーケットへ。村橋貴博さんのちいさなオブジェと灰色の箱と焼き菓子を買った。そのあとひさしぶりに八重洲ブックセンターへ。上のほうの、文学や美術書のフロアが閑散としていて、すこし、心配になる。カフェで30分ほど休む。そういえば、大学4年のとき、ここでOGの方の話を聞いた。むかしのことばかり思い出す近ごろだ。本屋さんの制服を着ている自分は、想像できない。制服も礼服も、できれば、着たくない。

 かばんの中には、今野真二『日本語の考古学』、荻原魚雷『活字と自活』、『私たちの午前三時』が入っていて、どれもちょっとずつ読んだ。

 「失われた部分」への意識をつねに持ち続けること。今目の前にある日本語がすべてだと思わないこと。そうしたことが、言語の長い歴史を復元していくときに必要な態度ではないかと思う。(今野真二『日本語の考古学』)

 読書になかなか集中できない。

2019年4月28日日曜日

拾い読み日記 113


 お昼前、空を見上げたら、雲のきわが虹色に光っていた。彩雲というらしい。はじめてみた。なんとなく、いいことがありそうな気がして、じっとみていた。誰の身にも、いいことがあるといいなと思った。

 昨日、りんてん舎でばったり会ったh.kさんといっしょに水中書店まで歩いて、それぞれじっくり棚をみて、本を買ったあと、誘ってごはんをたべにいった。古本屋の話、詩人の話、本の話、デザインの話、家族の話、男女の話など、とりとめもなく話をして、はっと気づくと、12時前になっていた。駅の近くで巻きタバコを吸うその人に別れをつげて、歩いて帰った。寒くて、冬みたい、と感じた。
 その人と会話しながら、このところ、夫がいそがしくて、人とじっくり話していなかったことに気がついた。突然、この日記がひとりよがりで感情的で矛盾だらけのはずかしいものに思えてきたのだが、それでも消す気にはなれない。だから、さらに書き続けて、昨日までのことを埋もれさせたい。

 文庫版『本が崩れる』(草森紳一)で「魔的なる奥野先生」という追悼文を読んだ。

 亡くなられる一ケ月位前、奥野先生にお逢いした日のことを想いだす。「これまで書いたものは随筆集ばかりだった。僕の生きかたは随筆のようなものだったから、これでいいんだ」となにかの調子にしんみりおっしゃったのだ。

 草森さんは、学問的な著作をまったく残さなかった師のことを、このように書く。

ただ先生は、やらなくてはという脅迫にいつもおびえていたから、無類の勉強家だったと思う。そしておびえながらついに先生はなにもしなかったのだ。逆説にきこえるかもしれないが、それはすばらしいことだったとも思う。

 この部分を書き写すだけで、ふしぎと胸がいっぱいになる。
 水中書店で奥野信太郎の本をなんとなく探したけれど見つからず、聞いてみたら、棚の一番下にひっそりあった。『おもちゃの風景』という、箱入りで、小さめの、美しく愛らしい本だ。

2019年4月27日土曜日

拾い読み日記 112


 午前中は晴れ。町中をいろいろなカップルや家族がゆっくり歩いていて、のんびりして、お祭りみたいな感じがした。今日から連休。活字と紙の手配が済んだので、ほっとしている。午後からまた雨。吉祥寺に出かけようと思っていたが、疲れているので、やめにする。
 頭の中の言葉が多すぎて、本も読めない。日記なら書ける。頭の中の言葉を外に出すことには夢中になる。「「夢中」というのは、たいした「痛み止め」なんだなと思う。」(草森紳一)

 ポリティカル・コレクトネスについて、今まであまり考えてこなかった。今回のことでは、政治的正しさの名のもとにおこなわれる暴力をみた気がした。
 けれど今は、彼女のことが気になっている。これまで、いろいろとひどいことを、年長の男性たちに、言われたのだろうと思う。そういう女性たちを、見てきたのだろうとも思う。それらの言葉が、傷になっていたのかもしれない。

 会社には5年しかいなかったけれど、ハラスメントも差別も、なかった(気がつかなかった)と思う。むしろ、同時期に入社した男性のほうに、上司の当たりが強かった気がした。彼の方が、自分よりずっと真面目で、勤勉で、意欲もあったと思う。まっすぐすぎて、見ていて、ときどき不安になった。その人は、ある日突然、会社に来なくなった。
 半年ほどたって、ある夜、電話してみたら、つながった。元気そうだったので、安心した。「ヤマモトさん、ふつうの会社はいいよ」と言っていたのをおぼえている。今思い出しても、彼に対しては、うしろめたい思いがある。自分だってそうとうへまをしていたのに。彼は今も、「ふつうの会社」で働いているのだろうか。

 おそらく、私には書物を読みかつ所有することに対する、劣等感が根深くあるにちがいない。本を読まない人間にたいして、すなわち本を読まないでも生きていられる人間に対して、はかり知れぬひけめをいつも感じる。(草森紳一「本棚は羞恥する」)

 自分は、本を読まない人にも、たくさん読む人にも、ひけめを感じる。本のまわりでうろうろしているだけで、年を重ねてきた。

 二日前、「Kさんとわたし」というテーマで、人前で話す夢をみた。裁判所の前で思い切って話しかけたことから語り起こして、最後、無事でいてくれたらうれしいです、と言い終えて、目が覚めた。朝、その話をすると、とても読解しやすい夢だね、と夫が笑った。

2019年4月26日金曜日

拾い読み日記 111


 なんだか、寒い日。連休前、ひとしきり入稿データを送って、ほっとした。

 いろいろなことがうまく言葉にできない。もやもやした思いばかりがたまっていく。Kさんの「炎上」について。
 「閉鎖的で性差別的な発言」と感じた言葉を、スクリーンショットを貼って拡散する、その行為が、おそろしいと思った。そのあとの「過剰に責められることを望んでいません」という言葉もふくめて。人を「炎上」させることの容易さ。そういう人が、人文書を編集している、ということに、何か、やりきれないものを感じる。彼女は、性差別でなく、別の侮蔑を感じなかったのか。怒るなら、そこではないのか。
 ただ、ふたりの間に、対話は成り立たないだろうとも思う。書物観の、次元がちがいすぎる。

 twitterはおそろしい。言葉に対する感覚が麻痺して、本への畏れも失ってしまいそうになる。それでも、読むのをやめることができない。それはひとつの病なのだろうが、その根は深すぎてよくわからない。

 あふれて受けとめきれないくらいの言葉にさらされているときに、本をどのように受け取り、読んだらいいのか、という問題は、もっと時間をかけて、考えていきたい。あたまを冷やして、しずかな場所で、言葉に向かいあいたい。本とは何だろうかと考えながら、本の読めなさに絶望しながら、本を読んでいきたい。

 昨日みた3つの展示(安岡友美子、村橋貴博、狩野岳朗)、どれも、とてもよかった。3つの場所に足を運ぶと、作品と空間の関係について考えざるを得ない。展示をみにいくことは、その空間に身を置いて、自分がどう感じるかを知ることでもある。自分のこころとからだが、どう反応するのか、ということ。

 安岡友美子さんの展示[tint]で読んだ言葉。

何処かに転がっているかもしれない小さな空き缶を想像してみる。
そうやって私は、視えない何億もの世界中の空き缶に気づく。
毛羽立った地平に光が降り積もって、柔らかい層を成している。いつもより30分早い、今日の朝だ。

 窓から午後のやわらかな光がさしこんで、白い空間の白が強まり、からだの中から浄化されていくようだった。

2019年4月18日木曜日

拾い読み日記 110


 よい天気の日。大阪から帰ってきて腰痛がひどくて、つらかった。異常にこころぼそくなり、いつもそばにいてうすよごれてきたぬいぐるみ(パペット)のにっこりした顔を見ているだけで、かわいそうになり泣けてくるほどだった。もしかしたら、どうかしているのかもしれない。

 大阪での「エア メイル」展をみた方が『葉書でドナルド・エヴァンズに』が好きな人におすすめしたい、と書いてくださっていてうれしかった。夫にそのことをいうと、平出チルドレンだものね、とのことだった。平出チルドレン……。なのかどうかはともかく、書物論講座を受講したことは、最近の制作に強く影響していると思う。ヒロイヨミ社もananas pressも、新宿私塾に行かなかったらはじまらなかったことをかんがえると、独学でなく、どこかに通って学ぶことは、とても大切で、必要なことだった。

 「すべての書物がスキャンされようとしている時代、それはプライヴェート・プレスにとっては挑みがいのある時代である」(平出隆)。つくりたいのは、空間なのだろうと思う。書物という空間。
 とはいえ、書物という言葉がふさわしいとも思えない、うすい冊子ばかりつくっている。今度の本も、薄くて、たよりない。どこかから流れ着いてきたようなものになったらいい。
 これからも、ちゃんとした、背のある本は、つくれないし、つくりたくならないような気もしている。先のことは、わからないけれど。
 
 『ヒロインズ』、少しずつ読みすすめている。

こういう貴重本の閲覧室に入ると、いつも寒々しい家父長的な空気のようなものを肌身に感じる。私の体温が永久保存の資料を傷めてしまうのではないかと、見張られているような気がして。(ケイト・ザンブレノ『ヒロインズ』西山敦子訳)

2019年4月15日月曜日

拾い読み日記 109


 神はこの広い世界のただ中に
 わたしを一人で立たせたのだ
 「おまえは女ではなく鳥なのだ
 だから飛べ——­­そして唄え」と

 7年前、ひとりの春に、スケッチブックに書き写したマリーナ・ツヴェターエワの詩。『pieria』(東京外国語大学出版会)で見つけた。前田和泉訳。

 まだ疲れが残っている。大阪に持っていった本はぜんぜん読めなかった。次に何を作ったらいいのか、まだ見えてこない。これからどこに向かえばいいのか。ときどき、制作を趣味のように思わることもあり、むなしさと無力感を感じる。それは、作るものの弱さのせいだろうか? 

 新しい『pieria』が届いた。小野寺拓也「過去の人々の手紙を読むということ」を読んだ。友人の祖母の手紙をずっと読んでいたので、目にとまった。彼女のこと、だけでなく、彼女たちのこと、彼女たちが生きた時代のことを、近くに感じることが、たいせつなのだと思った。「一見普遍的に見えるけれども、その時代固有の文脈のせいで起きていること」について、知ること、考えること。

 『ぽかん  07』に載っていた郷田貴子さんの「おばあちゃんからの便りと、最期の絵日記」、大阪行きの新幹線で読んでいて、心にしみた。
 
 入院した祖母に会いに行ったのも7年前のことで、そのとき、顔に見覚えはあるが誰だったか、といわれ、祖母が帳面として使っていた「大人の塗り絵」に「伸子(孫)」と書き残して別れた。それから3年後の葬式には、インフルエンザで、出られなかった。ほんとうはサンフランシスコのブックフェアに参加するはずだった、2月はじめ。

 何ができるだろうか? と途方にくれても、何もできないとは思わない。小さなことを小さなままやり続けてもいい。大きなことは権力につながりやすい。
 知識と知恵と力がほしい。感じ、考え、作り続ける力が。

2019年4月10日水曜日

拾い読み日記 108


 昨日いっしょにのんだ3人、全員が「文キャン」(早稲田の文学部キャンパス)出身ということで、その二人に、自分の大学時代の、あるおもいでを話した。
 Fくんというサークルで一学年下だった、痩せていて、無口で、ふしぎな雰囲気を持つ男子とキャンパスでばったり会って、本の話になった。彼は、ひとりごとみたいな口調で、沼正三の『家畜人ヤプー』の話をしていて、そのあたりのことは何も知らなかった自分は、静かに、圧倒されていた。
 自分は、大学二年になっても、文学のことも、詩のことも、映画のことも、ほとんど知らなかった。そういう話をする友人が、まわりにまったくいなかった。
 あのとき、なぜだか彼に、「東京」を感じた。彼は、すぐにサークルからいなくなったけれど、ときどき、ふとしたことで、その記憶はよみがえった。あの、こわいような、逃げ出したいような、なんともいえない気持ちで歩いた文学部のキャンパスが、なつかしい。あの気持ちは、もしかしたら、あこがれのようなものだったかもしれない、と、いま気づいた。
 その彼が、昨日twitterで「本物のSM女王様に縛られる可能性の高いエキストラ」を募集していた。それがまわってきた。映画の仕事は、順調なようだった。思えば、あのキャンパスでの会話から、28年が経っている。

 twitterは、キャンパスでばったり会うみたいに、人にばったり会う。自分もまた、いつかどこかで会った誰かに、見かけられたりしているだろうか?

 ほぼ毎日日記を書くのは過剰だろうと思うのだが、そのことは、恐れなくてもいいとも思う。『ヒロインズ』は次の冊子を作り始める前に読んでおきたいと思い、4分の1ほど読んだ。
 
 彼は職場の図書館に行く。本を読む。本に囲まれて生活する。古いページのなかに書かれた言葉、言葉、言葉のなかで生きている。私は書くことで壊れていく。
 
 わたしは、「彼」であり、「私」でもあるように感じて、感情が大きく揺さぶられ、あまり思い出したくないことまで思い出すのだが、ページをめくらずにはいられない。
 
 展示の準備と仕事で、くたくただ。Adrianne Lenkerをくりかえしきいている。春なのに、寒すぎる一日だった。
 

2019年4月8日月曜日

拾い読み日記 107


 寒い日。朝から製本作業。午後、3時半から5時前まで寝た。もう、昼寝しないと一日を乗り切れない身体になってしまったようだ。なってしまった、なんてつい書いたけれど、べつに、残念には思っていない。眠るのはいい。あたまもすっきりする。

 今週末からの展示と、来月下旬の展示と、準備することとかんがえることとがたくさんあって、本が読めない。最初から読もうという気力が起きない。いくつかの本をぱらぱらとめくる。自分の手の動きの中で本は断片化していく。拾い読みはきっと破壊の衝動にもつながっている。自分で壊したものを自分ですくいあげてじっと見つめる。

 なかなか手にとれなかった『ヒロインズ』(ケイト・ザンブレノ)を、ようやく、開いてみた。

 私は洞穴の入り口に座って、バラバラの破片を紙の上に綴じ合わせる。紙切れは風に吹かれて飛ばされそうだ、誰にも読まれることなく。
 この物語から、チョークで書かれた輪郭が浮かび上がる。それは、ひとりの女の形をしている。

 「これらの断片を支えにして、私は自分の崩壊に抵抗してきた」


2019年4月7日日曜日

拾い読み日記 106


 夕方、製本しながら、ふいに、もっと詩歌を読まなければ、と思った。もっとさかのぼって、もっと深く、もっと心を入れて。自分には、言葉のしごとをしていくうえで、根や、芯のようなものが、欠けているのではないかと思う。これではすぐに折れてしまう。


 今日、花をゆっくりみることはできなかったが、友人の元気な様子、しあわせそうな様子をみた。


 三井葉子随筆集『つづれ刺せ』を手にとり、すきなところを読み返した。

 心平さんの詩を読むと、いっそうひとの計らいがさやさやとたてがみのように、すぎてゆくときにふかれて鳴っているのを、わたしは獅子の野中に立つようにしておう。わたしは死ぬのもおそろしいけれども、いずれ、いつかそうおっしゃったように、さようならと言って、気球かなんかのようなものに乗って、ちょうどその時地球は花なんか咲いていたりしてきれいなんだな、とそう言っていらっしゃったからそうおもって、天地の境めを失っている。(三井葉子「心平さんのこと」)

2019年4月6日土曜日

拾い読み日記 105


 しごとの合間に缶ビールを持って、近所の公園へ。日をあびた桜と澄んだ空の色をみていると、とても、幸福を感じた。咲く花も散る花も、きらきらして、この世のものとも思えないほどうつくしいので、すこしだけ、涙が出た。花見は、大勢でなくて、ひとりか、ふたりがいい。しずかな気持ちで桜に対していると、何か、特別な力をあたえられる気がする。

 物言はぬ人こそよけれ櫻の夜  正木浩一

 髪をどうにかしようと美容院へ。はじめての美容院、はじめての美容師さん。30代くらいの女性で、口癖なのか、「逆に」とよく口にするのが気になった。「逆に髪が長いときがあったんですか」と聞かれ、「ええ、逆に長いときもありました」と、つい言ってしまった。仕事のこともたずねられ、「デザイン」というと、素敵ですね、とかいわれることがあり、それがすごくいやなので、家でデスクワークで、パソコンを使ったりします、とこたえた。

 これからまだ作業をしよう。昼間、また少し寝たので、まだ、眠くない。昼寝は、もう、日課として遂行する、ぐらいの考えかたでいいのではないか。眠くてしょうがないときは眠るしかない。

2019年4月4日木曜日

拾い読み日記 104


 来週に迫った「エア メイル」展の準備。レイコさんのエアメールを読んでいた。腰が痛い、とか、目が悪くなった、とか、何度も書かれている。そういうところに共感する。
 80年代の手紙にはちいさなaも登場した。とてもおとなしくていい子でびっくりした、と書かれていて、思わず、笑ってしまった……。

 ようやくあたたかくなったので、お花見へ。おべんとうと缶ビールを持って桜並木をずんずん歩いた。あまりいい場所が見つけられなかったが、公園の松の木のそばのベンチに座り、ひとやすみ。楓の葉の若いみどりが綺麗だった。

 帰ってきて珈琲をのんでいたらもうれつに眠くなり、布団を敷いて、寝た。起きたら暗くなっていた。なんだかちょっと、さみしい感じもした。
 このひどい眠気は、季節のせいというより、年のせいかもしれない。「更年期 眠気」で検索してみて、いくつかの記事を読んだ。

 さくらいろの鯛が波にのって並んでくるのは
 別れをさびしがっていた家や人や波が ももいろのなかから帰ってくるときであれば
 肉を踏みならしてくるおとこにも
 いろと香りはついていて
 そのたびの はらはらとあかく膿んでゆく船の宿

 (三井葉子「さくら」)

 5月の展示のタイトルは「ephemeral」に決まった。咲きながら散りゆく桜にも、この言葉はふさわしい。ひとひらひとひら、白いかけらはやがて町にとけてゆく。

2019年4月3日水曜日

拾い読み日記 103


 朝、製本しながらカエターノ・ヴェローゾの「ククルクク・パロマ」を何度か聴いた。映画をみにいきたい、と思った。映像の記憶で胸をいっぱいにしたいと。けれど、今はまだいけない。
 映画の中の恋人たちがなつかしい。踊ったり、囁きあったり、罵りあったり、傷つけて、離れて、また出逢って。さまよえる悪夢のような恋。
 発送を終えて、桜を見た。今年の桜は、冷たい風の中で揺れていた。

 ものも言わず、ときには生命のないこれらの被造物が、あふれんばかりの愛をもって私の目の前で私に迫ってくるので、幸せになった私の目には、まわりのどこにも、死の影が見えなくなっています。存在するものすべて、私が覚えているものすべて、混乱した私の考えが触れるものすべてが、私には、なにものかであるように思えるのです。(……)私のなかで、私のまわりで、さまざまな力が恍惚となって、ひたすら無限に抗争していることを、私は感じています。(ホーフマンスタール「[チャンドス卿の]手紙」)

 水中書店に寄ったあと、テオレマカフェで本を読んでいたら、ものすごく眠くなって、うつむいたまま、少しのあいだ眠ってしまった。夢をみて、目覚めた瞬間、忘れてしまった。何か、美しい、不思議なものに触れて、手の中でそれが溶けていったような感じが残った。『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』を2章まで読んだ。
 

2019年3月31日日曜日

拾い読み日記 102


 3月最後の日。朝、すこしの制作と製本のあと、フランクのヴァイオリン・ソナタを聴いている。ぼんやりしてしまう。このところ、突然眠くなったり、めまいがしたり、体調が安定しない。
 
 昨日はりんてん舎の開店日。Mさんに頼んで、夫といっしょに花を贈った。夜いってみると、おもてに置いてあった。「ヒロイヨミ社」と路上でみると、あらためて、おもしろい名前だなと思った。うさんくさいというのか……。りんてん舎は、いい名前だと思う。
 夫と、Mさんと、「ヒマラヤ」で乾杯した。3人とも、ひと仕事終えたような感じ。よい夜。

 先週の火曜日、3人の古本屋さんと話した夜も、なんだかよかった。文芸サークルの部室での会話みたいで。3人とも、自分より、ずっと広く深く本を読んできていて、みんな、先輩みたいだなと思った。
 もっと本を読みたいと思った。それから、もっと人とこんなふうに本の話をできたら、と思った。これまで何を読んできたのか。いま何を読んでいるのか。構えずに、気をつかわずに。親密に。まじめに、てきとうに。
 本を通じて知り合っても、本の仕事をしていても、意外と、集まりなどでは、本の話をしなかったりする。今は、むかしよりずっと、本の話ができる人がまわりにいてくれて、そのことを、ときどき、心づよく感じる。それは、読めないときでも、本棚の背表紙を見るだけで安心する感じと、たぶん似ている。

 平出隆『白球礼讃』を読み終えた。本を閉じてすぐ、野球がしたい、と思ったが、今は、その気持ちは、落ちついている。

 イケムラレイコ『どこにも属さないわたし』も読んだ。展覧会「土と星 Our Planet」で目にした一行が、ときどき脳裏をよぎる。

 Shall I show you my birdness ?


2019年3月24日日曜日

拾い読み日記 101


 いつのまにか日記の通し番号が100を越えた。何も続かない、と思っていたけれど、やってもやらなくてもいいことは、続けられるようだ。いつでもやめられるし、好きなだけ続けてもいい。
 二度目の結婚を機に「10年メモ」を買ってしばらく書いていたが、半年と続かなかった。10年分の空欄にプレッシャーを感じた。それに耐えられなかった。そんなに生きるのかなあ、と思ったり、そのころはどうしているのだろうなあ、と思ったりした。生きることへの不安が大きいのだろうが、それだけではない。予定されたもの、想定されたものからは、逃げたくなる。

「誠実な」日記なんてものを読んだことがありますか。「誠実な」日記なんて噓の極みでしょう……それに、つまるところ、誠実さなんて退屈きわまりない! 何の足しにもならない。(ゴンブロヴィッチ)

 スーザン・ソンタグ『書くこと、ロラン・バルトについて』からの孫引き。続かなかったのは、誠実さを要求されているように感じたからかもしれない。あのフォーマットもコンセプトも、自分には、つよすぎた。

 今日は昨日とちがい、すっきりと晴れている。桜もだいぶ開きそうだ。しばらくしたら出かけよう。

2019年3月23日土曜日

拾い読み日記 100


 イチローの引退会見を見たせいか、野球の本が読みたくなった。昨日から『白球礼讃 ベースボールよ永遠に』(平出隆)を読んでいる。
 野球へのなみなみならぬ愛がみなぎる、とても感動的な本だ。野球の魅力の核心に迫っていこうとする冒険譚のようでもあり、なかなか途中でやめられない。このところ、読書における集中力がまったくなく、拾い読みしかしていなかったが、この本は、もう、3分の2くらい読んだ。続きを読みたい、どうなるか知りたい、という、読書のたのしみのひとつを、ひさしぶりに思い出した。

 大切なのは、大気の中での実践の歓びである。ボールを投げること、投げられたボールを打ち返すこと、それに飛びつくこと、ボールが転々とするあいだに塁を走りめぐること、そして、それらの与えてくれる始原的な歓びをゆっくりと呼吸することである。

 昨日の自分と今日の自分とは体調も気分もちがうのだから、ちがう本を読みたくなるのはあたりまえだと思う。それでも同じ本を読み続けられるというのは、「物語」の力だろうと思う。顔を上げて、本の外に戻ってくるときも、物語はすぐそばにあって、不安定な身を、ささえてくれるようでもある。

 今日は、また冬に戻ったみたいな寒さの日。雪か雹が降ったらしい。近所の桜が、ちらほら咲いていたのを見た。ほんとうに咲いてる、と思った。
 

2019年3月21日木曜日

拾い読み日記 99


 風の強い、春分の日。朝から「かまくらブックフェスタ in 書店」の準備。昨日はいやな気分になる出来事があり、進まなかった。いやな気分で胸もあたまもいっぱいで、昼食のとき、うっかりして、服に大きなしみをつけた。とても気にいっていた、リネンのシャツだった。
 いやな気分、といっても、そこにはさまざまな感情が含まれていて、複雑だ。出来事については話せても、感情のことは、とても、語れない。ストレスのせいか、今日はすこし頭痛がした。

 膝に八つ折り判のノートをおいて
 思いつくことを書きしるしていると
 古い干し草の山や爽やかなクローバが風ににおう
 僕は目をつむる
 頭上では雲雀が囀りながら 上ったり
 下ったり ぼくにはわかる
 子供たちがぼくの前で自転車のかけっこ
 息をはずませている
 いろいろ柔らかな考えが自分に
 あったらと思う

 (フーゴー・ディットベルナー「思いつき」

 本は読めないと思ったけれど、詩を一編だけ、読んだ。
 今日、東京でも桜が開花したらしい。昨日のしみは、やさしそうなクリーニング屋さんが、かなり落ちると思います、といってくれて、うれしかった。午後、疲れて一時間ほど昼寝した。フローリングに寝そべっても、寒くなかった。

2019年3月20日水曜日

拾い読み日記 98


 4月のようにあたたかい。どこかに気のむくままに出かけたいが、なかなかそういうわけにもいかない。
 たのしい音楽を聴こうと「はらいそ」(細野晴臣&ワールド・シャイネス)を流す。ライブの感じが、すごくいい。口笛も拍手も曲の一部だ。「ここは住めば都の大都市 明日も抜けられない島国」。いっしょに歌うと、心がちょっと軽くなった。

 昨日は夫といっしょに、神保町と高円寺を歩きまわって、本をたくさん買った。高円寺では、たまには古着でもみようと、古着屋にいくつか立ち寄ったが、ほしいものが見つからず、結局、古本屋さんでまたいろいろ買ってしまった。二人あわせて10冊以上。
 夜は夫がごちそうくれたので、お礼に何か本を買ってあげる、と駅前の文禄堂に寄った。じゃあこれを、と持ってきたのが『メカスの映画日記』(3500円)だった。一瞬、おっ、と思ったが、買ってあげた。本を買うたのしさと、よろこびを、存分にあじわうことができた、よい休日だった。

 大石書店で、ロジェ・グルニエ『パリはわが町』を買った。
 パリの、番地や通りを手がかりにした、断章形式の回想録。たとえば、「レオミュール通り一〇〇番地(またしても、例によって)」では、カミュの思い出が語られる。1960年1月4日、カミュが亡くなった日の出来事。グルニエは、その知らせを聞いて、まるで逃げ込むように、「コンバ」紙の印刷機のある階に向かったという。そこはかつて、カミュと、印刷の職人たち、植字工や印刷工と、幾晩も過ごした場所だった。

われわれは、なんといってよいのかもわからず、印刷室の片隅でじっとしていた。わたしの眼差しはたえず、ドアのそばの一角に向いてしまった。カミュはしばしば、そこでページ組みに目を光らせては、校正刷りに直しを入れたりしていたのだ。そして一人が、ようやく口を開いた。
「きみがカミュの死亡記事を書くなら、ぼくたちが彼の仲間だったことをちゃんと入れてくれよ。」
 やがて、印刷工や校正者たちは、『アルベール・カミュへ。彼の本の仲間たち』というタイトルの本を書くことになる。彼らはわたしに序文を依頼することで、仲間に入れるという栄誉を与えてくれた。

 この本は、“À Albert Camus, ses amis du livre”という本のようだ。読んでみたいが、読むことは、できないだろうか? カミュのことも、グルニエのことも、すっかり、すきになってしまった。すき、というよりは、特別な存在、特別な作家になった。ロジェ・グルニエの祖父は、印刷工だったそうだ。
 

2019年3月18日月曜日

拾い読み日記 97

 
 朝から印刷。一件入稿して、お風呂に入り、掃除機をかけて、ばたばたと家を出る。用事がおわり、青山ブックセンターで気になっていた本を見つけて買った。

ダサいように見えて、実は、本当にかっこワルイ。いや、文字どおり、ダサカッコワルイのです。実はかっこいい、というような生易しさはありません。このダサカッコワルイところに、知覚できないが存在する外部を生きること、天然知能、のヒントがあります。(郡司ペギオ幸夫『天然知能』)

 今日はよく歩いた。疲れたので、もう寝よう。やろうと思っていたことは、明日やればいい。

2019年3月16日土曜日

拾い読み日記 96


 二日つづけて朝食にフレンチトーストを作ってたべた。ラジオから流れてきたジョニ・ミッチェル「a case of you」のカバーに、手を止めて聞き入った。声はだいぶ年をとった男性のもので、よろよろ歩くひとみたいに、あぶなっかしい歌いかた。女性の澄んだ声が、そこにやさしく手を添えるようにからんでくる。すごく感動して、プレイリストを調べて、何度も聞いた。
 歌っていたのは、クリス・クリストファーソンとブランディ・カーライル。アルバムは、「Joni 75」。声は一瞬で何かを伝える。あっけなく、あっという間に、心を摑まれる。

 朝から三鷹の地図を、Googleマップをみながら作った。午後から明るくなってきたので出かけたいが、まだいろいろと、家でやることがある。
 今日も、本はさほど読めない気がする。本の声は、歌とちがって、聞きにいかなければならないが、今は、なかなか、できない。

 この小さな書物を道でひらいてから、最初の数行を読んだところでそれをふたたびとじて、胸にしっかりおしつけ、見る人のいないところでむさぼり読むために、自分の部屋まで一気に走ったあの夕方にかえりたいと思う。/アルベール・カミュ(J・グルニエ『孤島』序文)

2019年3月15日金曜日

エア メイル



ananas press「エア メイル」展を、大阪で開催します。

4月13日(土)–5月4日(土) 


40数年前の手紙の束をおさめた作品『Letters from Reiko 1975–1984』 と、そこから生まれた『AIR MAIL』など、「手紙」にまつわる作品を展示いたします。
都筑晶絵ワークショップもあります。

昨年6月に名古屋のcolon booksで開催した「エア メイル」展は、あの場所、あの空間あってのものだったので、再現することはできません。だから、あたらしい展示のかたちを、さぐっているところです。

ふわりと浮いた手紙が風にのって、どこか、届くはずのないところまで、はこばれることを夢みつつ。

ぜひ、ゆっくりと、みていただけたら。


2019年3月14日木曜日

拾い読み日記 95


 紙は本のために改良を重ねられ、印刷や製本の技術は、紙の本のために工夫されつづけてきたから、私たちは紙を離れた本を想像しにくい。両親の膝元まで抱えていけること、ひとりの寝床に持ちこめること、書き入れで汚すことができること、お守りのように手元に置きつづけられること。これらはみな、紙の本だから得られた幸福で、もし紙を離れたなら失われてしまうかのように思えてしまうかもしれない。けれども、そんな幸福を人が手放すはずはないのだから、紙を離れた本など普及しないか、たとえ離れたとしても、あくまで紙の本の忠実な後継者であるはずだと楽観することもできる。
 人生のおわりの本がどんなものか、誰にもわからないように、歴史における本のおわりも、想像することは難しいけれども、本のはじまりを常に思い起こすことはできるし、それは、私たちが長い時間――歴史でも人生でも――をかけて手に入れた、数々の幸福をなおざりにしないことにつながるはずだ。(齋藤希史「数々の幸福」/『季刊 本とコンピュータ』終刊号   2005.6)

 この文章が載っていた「本とコンピュータ」、最後のテーマは「はじまりの本、おわりの本。」で、それは引っ越しのときに手放してしまったけれど、このページだけ、写真に撮っておいた。文章の、内容にも惹かれるが、句読点によってつくられる、独特の間合い、呼吸が、気持ちよいのだと思う。何度読んでも、新鮮に感じる。

 ある出来事によって、思いのほか、傷ついているのかもしれない、と昨夜、とつぜん、感じた。自分の身に起こった出来事ではないし、身近に感じていた人のことでもない。関係がないといえば、あまり関係がないのに、どうしてか、胸がいたむ感じがした。
 隠されていた、人の孤独や弱さというものを、抉るようにして見せられたのだと思う。そういうものは、もちろん、抜きがたく、自分のなかにもあるから、ひとごとといって切り離せるものでもない。
 揺れたり沈んだりしながら、心から、本が必要だと思った。さまざまなことに目をそらさず、感情的にならず、向かいあえる言葉がほしい。
 本がそばにあれば、きっと、絶望しないでいられると思う。橋であり、梯子でもあるような本。

2019年3月13日水曜日

拾い読み日記 94



 ある時、何かの拍子に「あなたが仕事をするのに、一ばんたいせつなのは何か」と、聞かれたことがあった。その時、私は、べつにふかくも考えずに、「静かな場所」と、こたえた。(石井桃子「静かな場所」) 

 よい天気なのに、なんとなく、朝から、もやもやしたり、気が散ったりする。今日の印刷、うまくできるだろうか。

 今朝寝床のなかでとつぜん思い出したが、もう何年も前に、上野公園でラジオの街頭インタビューを受けたことがある。美術館でのマナーについて思うところがあったら聞かせてください、といわれた。そのとき、絵の前で立ち止まっておしゃべりしたりするのをやめてほしい、といった。絵の話ならまだいいのだが、ぜんぜん関係のない話をしている人もけっこういて、気になっていた。

 相手が聞いているかどうかとか、まわりがどうとか、まったく気にならずに、自分の話をしゃべり続けられる人がいる。自分もときどきそうなりそうで、心配だ。だから日記を書いているのかもしれない。

 あのとき、取材の人に頼まれて、「たまちゃーん」と名前を呼んだ。あれは、もしかして、「たまむすび」という番組だったのだろうか。今となってはわからないけれど。(追記 どうやら、「たまむすび」ではなく「たまなび」らしい)

 テレビもないし、ラジオもあまり聞かなくなった。「静かな場所」をみだすものは、今は、ネットの情報やSNSの声で、距離のとりかたが、まだよくわからない。twitterも断章の迷宮のようなものなので、(まだ)飽きない。ときどき、疲れるだけで。

不安は、私が知りもせず知るすべもない多くの人々の生活と、アンテナかなにかでつながっているという自分の生活の感覚を失ったときに起こるのだ。(メイ・サートン『独り居の日記』)

2019年3月11日月曜日

拾い読み日記 93


 家族とか家父長制について、なんとなくかんがえたりする。
 自分は夫のことを「主人」とはいわない。20代のときに、確か『広告批評』の赤坂真理さんのインタビューで読んだのだが、インタビュアーに「ご主人は……」と言われて、「そんなSMみたいな言い方は……」と赤坂さんが応じていたのをおぼえている。記憶にちょっとまちがいがあるかもしれないけど、「主人」という言葉への違和感に共感した。それを読んだから、というわけではないが、使わない。身になじんでいないし、実感もない。ただ、人にその人の夫のことをたずねたりするとき、いい呼び方がない。「だんなさん」といったりするが、それもすきな言葉ではない。
 大学を卒業してしばらくして、小さな会社に就職することになったとき、父が反対して、地元にどこか「ちゃんとした」就職先を見つけてやるから帰るようにいわれて、いったい何をいっているんだろうと驚いた。あのときもし帰っていたら、いまごろどうしていただろう、と思うことがある。
  
 明らかに、奴隷の時代の彼らが求め守ろうとしていたのは、日本語でいう「家」としての家族ではなかった。個が殉ずるものとしての「家」ではなかった。日本語の「家」にはそういう背景があるから、わたしたちはべつの結びつきを意味するとき、「マイホーム」とか「ニューファミリー」とかいわなければならない。「大家族」もまずいから、コミューンという。
 奴隷の身分にあった彼らが守ろうとしたのは、愛情の絆とたがいのいのちだった。しかもそれは開かれ広がりうる性格をそなえたものだった。(藤本和子『塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性』)

 「絆」という言葉がずっと苦手だったが、この「絆」には、こころを強く揺さぶられた。愛情の絆という言葉は、「家族の絆」とちがって、自分を息苦しくさせない。広がりのほうへ、深さのほうへ、ひらかれていく気がする。

2019年3月10日日曜日

拾い読み日記 92


 曇りだけれど寒くはない。どことなく春の感じがする。沈丁花がにおうと、幸せな気持ちになる。先月のおわりだったか、歩いていて、ひさしぶりに沈丁花のにおいがしたとき、何のにおいかすぐにはわからなくて、立ち止まって、振り返った。においなのか何なのかもはっきりとはわからなくて、ただ、少しのあいだ、立ち尽くしていた。ふいに、清らかで甘くなつかしいものに触れられたような感覚が残っている。沈丁花に、呼び止められたのだ。


 昨日は蔵前のH.A.Bookstoreに『ほんほん蒸気』の精算に行き、山崎方代『青じその花』を見つけて買った。


 帰り、荻窪で降りて、ささま書店へ。3冊の本を買った。そのあと、喫茶店で、ゆっくりとそれらを繙く時間は、何にもかえがたい。


 方代さんの、愛用の土瓶についての文章が、よかった。捨ててあったものを拾って、とりあえず、と使い続けて、18年もいっしょにいる、土瓶。


(……)ひとり者の私にとっては、もう身内の一人である。とりとめのない旅から帰ってきた時などは「お前さん、帰ってきたよ」と声をかける。よくもまあ、この暗い小屋の中であきもせず嘆きもせず、置かれたままですましこんでいられたものだ。立派な人間のようにこれほどまでに親しく私を慰めてくれたものはそう数多くはないのだ。見ているとこのへんてつもないかりそめの泥の土瓶の顔が私の顔に重なる。

 ここに私が坐っている。土瓶がそこに存在する。この離れがたい空間のもどかしい思慕に私は眼をつむる。
 自分が現在、土瓶の前に坐っているということで、それを意識しない時間は無に等しいのだ。私の歌の調(しらべ)は、そんなもどかしさの中からほそぼそと生まれてくるような気がしてならない。

 本棚を前にした立原道造の文章(散文詩だったか)が思い出された。物を、無生物を前にした、「もどかしい思慕」。自分がいなくなっても、あきもせず嘆きもせず、そこにあり続けるであろう「もの」への想い。


 

2019年3月9日土曜日

拾い読み日記 91


 昨日は「言語と美術」研究会に参加するため、多摩美へ。展覧会「言語と美術——平出隆と美術家たち」のアーカイヴ化。展覧会を保存することで、展覧会で実現していないものを実現させる、というプロジェクト。
 自分は終わったことはすぐに忘れてつぎのことをしたいタイプの、きわめて飽きっぽい移り気な人間なので、その粘り強さと探究心が、すごいなあ……と思った。
 今井智己さんの撮影した会場記録動画について、アーカイヴ化について、話を聞いたり、意見を述べ合ったり。マイクがまわってきたら、いやだな、どうしよう、と思っていたが、やっぱり、まわってきた。マイクを通した自分の声が、何だか奇妙でおもしろく感じて、何を話したのか、はっきりと思い出せない。「言語と美術」展をみていたときのように、ふわふわしていた。
 
 展覧会の転身、転生ということ。みなでひとつの困難な、不可能なことのようにも感じられる目的に向かって、思考と言葉をつむいでいくすがたに、心が動かされた。
 展覧会もまた、生き延びることができるものなのだろうか。
 
 平出さんがいう書物の「谿」が、気になっていて、もっとその問題にせまりたいと思っている。

危機にある書物が教えるのは普遍性ではありえない。半ば開き、軸を据えて回転もし、両岸をはためかせもする「谿」が、人類の起源の地勢に関わるがゆえに、すべてを出会わせる場の可能性を秘めるのではないか。(「物の秘めたる­­――言語と形象の谿で」)

 帰りの電車の中でも、いろいろ話した。別れ際、遊んでください、といって、平出さんは電車を降りていかれた。「ここ」で、「このこと」を、遊ぶこと。おわりがない、果てしがない遊び。つぎの迷宮へ、誘われたのだろうか。