2019年2月16日土曜日

拾い読み日記 76



 朝、ベランダに出たら、春の気配がした。西の空にオーガンジーのリボンのような雲が浮かんでいた。天から舞い降りて、また舞い上がっていくものに見えた。

 午前中はSufjan Stevens「Michigan」を聴きながら『ほんほん蒸気』の製本など。
 春の詩を探したりもした。
 
 お昼をたべに近所に出かけて、それから石垣りん『焰に手をかざして』を拾い読みした。読んでいると生活や家族や老いや死といったことがのしかかってきて、今は、それが、重かった。なかなか作業に戻れない。

 あとがきで、堀文子さんのお母さんの話が出てくる。夕食後、「今夜は遅くなりますから、泊めていただかなければなりません」というので、堀さんがお姉さんと思わず顔を見合わせた、という話。「私もまた、泊めていただかなければならないこの世の宿ということを、思わないわけにはゆきませんでした」。
 
 身体のこわばりがなかなかとれない。いろいろ考えすぎてしまって疲れる。
 明日も晴れますように。

2019年2月15日金曜日

拾い読み日記 75



 今日も、とても寒い。二月の寒さは身体にこたえる。今朝は目が覚めて時計をみたら、9時すぎだった。ほんとうはもっとはやく起きたい。

 Angelo de Augustineを聴いている。最近知ったばかり人。名前をなかなか覚えられない。最近知った好きな声の人は、ほかに、James Vincent McMorrow。「Higher Love」のカバーが、とてもよかった。
 カバーに惹かれる、それはヒロイヨミ社のしごととも関係があると思う、というと、夫は、「テクスト性に敏感なんだね」というようなことをいった。テクスト性? 間テクスト性? 実際には何といわれたのか、わからなくなってしまった。

 ガートルード・スタイン『地理と戯曲』を少しずつ、気まぐれに、読んでいる。通読しなさいといわれたら、たぶん逃げ出すと思うが、そんなことは誰にもいわれないので、のびのびと、読んでいる。お菓子をちょっとつまむ、みたいな愉しい時間。

 そして僕たちは、しばらくのあいだ膝突き合わせて、彼女の妙ちきりんな文章を、いっしょに読んだ。「言葉が、新しい、なにかもっと親密な味わいを持って来たみたいで、そのくせ、誰でも知っている言葉が、まるで殆んど初めて見る言葉みたいに見えるね。そうだよね」と兄は言った。(シャーウッド・アンダスン「ガートルード・スタインの仕事」)

 昨日は紙事×阿部寛文二人展「紙が書く 記憶が書く」をみにいった。紙と絵の関係がおもしろい。この紙だからこの絵になった、というようなこと。
 紙と文字の関係。自分ももっと、遊んだり試したりしてもいいなと思った。心もからだも、まだ何かにしばられている。本をつくりたい気持ちと、「本」から逃れたい気持ちのあいだで。

2019年2月13日水曜日

拾い読み日記 74


 寒い朝。Sandro PerriのIn Another Lifeを聴いている。すきな声、すきな音。歌詞の意味はよくわからないけれど、さまざまな感情や記憶がよびさまされ、それは欠片になって音とたわむれる。いつまでも聴いていたいと思う。
 今朝は明け方に目が覚めることなく、8時すぎまでぐっすり眠れた。おかしな夢をいくつもみたけれど、疲れはわりととれた気もする。
 おかしな夢。ある人に、自分が買った本について誤解される夢だった。買っていない本を買ったと思われ、軽く失望されて、ちがう、といいたいのに伝わらない夢。本を買うことをめぐる厄介な自意識についてかんがえさせられる。人のことは、別に気にしなくてもいいのに、と目が覚めた今は思う。

 昨日は夫と神保町散歩。二人とも本をたくさん買った。今日はそれらをテーブルの上に積みかさね、気の向くままに、開いたり閉じたりして、過ごしたい。

 わたしはまだ生きていてそのことに感謝している、自分自身を裏切らず生きていこうとすることでその感謝の気持ちを示すことももしや許されるのではないでしょうか。わたしが遠慮することなく思いのままに物を書くようなとき、生真面目この上ない方々の眼には、少しばかり奇妙に映るのかもしれません。しかしながら、言葉の中にはそれを呼び覚ますことこそ喜びであるような未知の生のごときものが息づいている、そう願いつつ望みつつ、わたしは言葉の領域で実験を続けているのです。(ローベルト・ヴァルザー「わたしの努力奮闘」)

 ある夜に展示を見に来てくれた方の様子と物腰が、やわらかな旋律のようだったなと思いだしている。その人に、書くように刷りたいと思った、といった。書くように、書くこととして。『三日月と金星のあいだ』は、少しずつ刷っていく過程で、言葉を足したり引いたり組み替えたりしたことが、実験みたいで夢中になれた。
 「楽器を演奏する人は誰でも、その楽器を通して歌おうとしていると思うんだ。」(Sandro Perri)
 活版印刷は、自分にとって楽器なのかと一瞬思った。他のやり方で歌いたいとはあまり思わない。

2019年2月11日月曜日

拾い読み日記 73


 目が覚めたら11時過ぎだった。ちょっとびっくりした。
髪を切り、吉祥寺に出て、春物のシャツを買って、喫茶店でカフェオレをのんだ。なんとなくチャーミングな店主の、小さな、静かな店で。ペソアとタブッキの本がかばんに入っていて、どちらにしようか少し迷って、タブッキにする。『夢のなかの夢』の一篇を読んだ。「詩人にして変装(なりすまし)の人、フェルナンド・ペソアの夢」。何度も読んでいる一篇。
 ずいぶん読書から離れていた気がするので、何を読んだらいいのかわからない。何を読みたいのか、何なら読めるのか。しばらくは、探りながら本を開こう。くりかえし読んだ言葉をふたたび読むと、心が落ちついて、どこかから戻ってきたようだと思った。
 
 カエイロはため息をもらし、それから微笑んだ。長い話になるが、とかれは切り出した。だが筋道立てて事細かに説明したところで仕方がないし、話を端折っても、きみなら理解してくれるだろう。これだけは知っておいてほしい、わたしはきみだということを。
 わかりやすく話してください、とペソアは言った。
 わたしはきみの心の一番奥深い部分なのだ、カエイロが言った。きみの闇の部分なのだよ。それだからわたしはきみの恩師なんだ。
 隣村の鐘が時を告げた。
 それでぼくはどうしたらいいんです? とペソアは訊ねた。


 

2019年1月31日木曜日

三日月と金星のあいだ



「三日月と金星のあいだ」

星幸恵 ヒロイヨミ社
2月2日(土)—2月10日(日) 11時—20時(日曜日 11時—19時
はいいろオオカミ+花屋西別府商店(南青山)にて

秘められた詩,密やかな声に想いを馳せて,星幸恵の紡いだ文字と,ヒロイヨミ社の掬った言葉を展示します.


  )))))))))


小さな冊子をつくっています。