2026年2月24日火曜日

拾い読み日記 349

 
 このところ、すこし言葉に関して過敏になっているのか、見るだけは見ていたXに流れてきたある作家のらんぼうな言葉を読んで、もう無理だ、と思い、アカウントを削除した。そして、「タイムライン」から解放された。

 あのような、無思慮かつ威圧的な人間の書いた本が広く読まれていることを、どう考えたらいいのか。くらい気持ちになった。このことは、現在の出版状況や政治状況とも、無縁ではないと思われる。アテンション・エコノミーという怪物がのさばっている。そこから、どう身を守るのか。
 もう無理だ、と思ったのは、自分が、その人の、唐突にも思える攻撃的な言葉に、何が起きたのか、知りたい、といっしゅん思ってしまったからだった。こころと言葉の危機を感じた。

 私は、自分はひとりぼっちでいるほうが、いい人間になれることを考えて、おかしくも思ったが、それは、うそいつわりのない事実であった。元来、不器用な人間が、すばやいひとたちについてゆこうとすると、納得もしないうちに物事を切りあげ、何かを口にし、先へ歩いていかなければならない。いつも中途半端なところで、粗雑に生きていかなければならない。(石井桃子「ひとり旅」/『石井桃子集7』)
 
 ブログは、反応がないから、続けられる。SNS的には、隠居、みたいな。偏屈とか変人とかいわれてもいい、とMにいったら、彼は、だいじょうぶ、俺のほうが偏屈だから、といった。

2026年2月22日日曜日

拾い読み日記 348

 
 本を数冊買いもとめた日の翌朝は落ちつかない。やってきたばかりの本や、このあいだやってきた本や、ずっとあった本を、気の向くままにぱらぱらめくり拾い読んでいると、それぞれの本の言葉にひかれ、ふかく共鳴するような感覚をおぼえる。さまざまな音が鳴っている。もっと読みたい、読まなければ。そうした思いも、その音によって、みだされてしまう。

 ドアを開けて外に出る。強い風にのって走っていく枯れ葉たちとすれちがった。もう退散します、といったような風情でどこかへ去っていった。橋のところで、かすかに、よい匂いがした。帰りに、また風が、その匂いをはこんできたので、花をさがした。どこにいる? すぐには見つからず、左右を見まわしながら、歩いて、見つけた、低い木の、ちいさな花。まだはんぶん以上は、蕾だった。沈丁花の匂いを、どうあらわしたらよいのか、わからない。よい匂い。きよらかな匂い。おくゆかしい匂い。うつくしい匂い。

 一昨日の夜中、足が二度つった。しぬかと思うほど痛くて、今もまだすこし痛い。昨夜の卓球でも、足があまり動かなかった。動画を撮りたいというひとに協力して、その動画を送ってもらって見ると、角度のせいか、体型のせいか、前傾姿勢のせいか、どこか、熊っぽかった。体は重そうだが、ここぞというときに相手に一撃をくらわせるところとか(比較的フォアハンドが強い)。球技をおぼえた熊。もっとかろやかにプレーしているつもりだったのに。

 午後、バシュラールをときどき繙きつつ、針と糸を使った制作をすすめる。

 書かれた夢想を知るもの、ペンの流れとともに生きること、十全に生きることを知るものにとって、現実世界は何と遠いものだろう。いわねばならなかったことが、思わず書きたくなるものによってたちまちとってかわられるので、書かれる言語が自分自身の世界を創造することがよくわかる。(G・バシュラール『空と夢』宇佐見英治訳)
 
 軽くなるためには、書かなければならない。「動体(モビール)」になるために、書くこと、夢をみること。

2026年2月19日木曜日

拾い読み日記 347


 ひかえめな光沢のある水色の紙を、少しだけ針の先で削ったようなかたちのひこうき雲が、ゆっくり、ゆっくり、進んでいった。ふかみどりのプールの水面がきらめいている。水のなかにはさまざまな生きものがひそんでいるのだろうな、と思う。つぎの夏が来るまで生きものは増えつづけ、みどり色はより深くなる。
 月にはいつも不意をつかれてきたけれど、今日は二日月だと知っていたから、さきまわりして待っていた。繊細な、いまにも消えてしまいそうな弱さで光っている。細い月がすきなのは、細い文字がすきなことと、関係があるのか、などとかんがえながら、見ていた。

 今日も美術館へはいけなかった。午後、絵本を一冊、読んだ。規則正しく生活して、まじめに仕事をする、くまの話。ひとりで起きて、ひとりで働いて、ひとりで眠る、ある日のくま。すきな仕事をして、おだやかに暮らすぬいぐるみのくまのすがたを見ているだけで、気持ちがおちつく。

  それから、エプロンを かけ、
 パンのきじを つくります。
 パンのきじを どさっ どさっ どさっ!
 と こねます。どさっ どさっ どさっ!
 それから、パイやケーキを つくります。

 (フィービとセルビ。ウォージントン作・絵『パンやのくまさん』まさきるりこ訳) 

 こういう、「どさっ どさっ どさっ」という擬態語や、ものの数をかぞえるところ(「1こ、2こ、3こ!」)では、たのしそうにさけぶ子どもの声が聞こえる気がして、いつも、ゆかいな気分になる。きっと、読んでいるとき、すぐそばに、しらないこどもや、こどものじぶんが、いるのだ。

2026年2月15日日曜日

拾い読み日記 346


 散歩の帰り、鹿毛の馬を2頭見た。注意書きがあった。大きな音に馬が驚きます/ご注意ください。馬にふさわしいように、できるだけしいんとした自分になって、金網越しに凝視していると、馬はとても
凜々しくて、艶やかで、しずかで、あこがれのひとを盗みみている気がした。それほど、うつくしいのだった。遠いむかし、馬に恋してむすばれた娘の気持ちが、なんとなくわかる。もっと近づきたいけれど、こわい気もする。大きいからだに構えてしまいそうだし、一度ひかれるとのめりこみそうだし、そうしたらそのままどこかに連れ去られて、帰ってこられなくなるかもしれないし。

 昨年ばっさり枝下ろしされた梅の木に、白い花が咲いた。それで、マティスの日記を読み返す。
 
 ヴァンスに着いてどうして自分があんなにひとりぼっちの気持だったのか今朝それがわかりました。それはつまり——樹木がすべて枝おろしをやられていたのです。(『マティス 画家のノート』)

 これまでにしたしんだ木のことを思った。あるときは近所のスダジイに、あるときは隣家の泰山木に、またあるときは目の前の柿の木に、こころを寄せてきた。木をじいっと見ているときは、いつもひとりだったけれど、ひとりでなければ、ふかまらない関係があるのだろう。木はいつでも、しずかな力で、明るいほうへ、わたしをのばそうとした。

2026年2月13日金曜日

拾い読み日記 345

 
 二度、葉擦れの音に立ち止まった。二度目の木はたしかシラカシで、一度目の木より、やや低い音がした。同じ葉擦れの音といっても、葉の厚さや、大きさや、風の吹きかたによって、微妙に異なる。日陰で、すこし寒いと感じた。それでも、世界の秘密をささやいているようなその木を前にして、かつて、どこかで、このような音を聞いた気がして、立ち去りがたかった。

 帰ってきてから、宮沢賢治の詩集を手にして、その音に似たものを探したのだが、見つけることはできなかった。「わたくしは森やのはらのこひびと」。異界からの声だったかもしれない。異界とは、きっと、なつかしい場所なのだろう。

 50年以上前に刷られた文庫本は、表紙も天地も小口も茶色く焼けてしまって、詩が、木の肌でおおわれているように見える。

2026年2月10日火曜日

2月のおしらせ


  森雅代さんの版画展が渋谷のウィリアムモリス(カフェ/ギャラリー)で開催中です。DMをデザインしました。『窓の韻』や、詩と版画の小冊子もありますので、お近くにお越しの際は、ぜひいってみてください。今月28日までです。詳細は、森さんのInstagramをごらんください。

 翻訳家の川野太郎さんによる読書日誌「読んだり、読まなかったり」で『ある日 読書と断片』がとりあげられています。こんなふうに読んでもらえるとは、本にして、よかった! と思いました。

 佐々木活字店の塚田さんのインタビューが、雪朱里さんのnoteで読めます。ぜひ。
 2007年ごろに活版印刷機を買ってすぐ、佐々木活字店にいって、何から何まで教えていただきました。はじめてのとき、名刺の版を頼もうとしたら、(活字を)拾ってみる? と中に入れてくれたり、うまく刷れないときは相談にのってくれたりと、とても親切で、あたたかいかたでした。
 『春の詩集』、『雨の日』、『窓の韻』、『ほんほん蒸気』の表紙、そのほか、ヒロイヨミ社の本の活字は、ほとんど佐々木活字店で組んでもらったものです。お店にうかがって、塚田さんとちょっと話すのがたのしみでした。印刷や制作への(ときには生活への)そこはかとない不安も、塚田さんの笑顔と活字の重さで、だいじょうぶ、といわれたような気がして帰ってきたりして。ささえてもらっていました。
 もっと話を聞きたかった、と思っていたので、インタビューの公開、ありがたいです。
 今でも、榎町にいけば塚田さんに会える気がします。とてもさみしいです。

2026年2月9日月曜日

拾い読み日記 344

 
 今日も卓球はたのしくて、ころされる夢をみたことなんてすっかりわすれてしまった。それでも書き留めておきたいと思うのは、なぜだろう。打撃を受けて倒れ、うつ伏せで、ダイイング・メッセージを残そうとしたが、どう書いたらいいか迷っているうちに、とどめを刺されてしまった。お腹ににぶい痛みを感じ、やがて、ブラックアウト。はやく書けばよかった、と後悔しながら。なにものかに追われる夢やちいさないきものをしなせてしまう夢は、むかしからよくみていたが、ころされる夢ははじめてかもしれない。顔も声もない不気味なころし屋だった。

 ピン・ポン・ピン・ポン・ピン・ポン・ピン・ポン。その音は異様にさわやかで、僕らは異様に気持ちが軽くなった。汗が流れた。殴られた痛さなんかはもう、汗といっしょに流れ出ちゃったような感じで。(パク・ミンギュ『ピンポン』斎藤真理子訳、白水社)

 卓球場以外では会わない、年上のひとびと。ずいぶん年上でも、上手くても、えらそうな人なんていない。白い球を打ち合うだけで、異様にたのしい。ここでは大声を出したり、くやしがったり、ふだんより素直に感情をあらわすことができる。卓球場を出ても、そのたのしさやすがすがしさはつづいていて、もっと、何か、できそうだ、とわけもなく前向きな気分になれる。

2026年2月8日日曜日

拾い読み日記 343


 雪が降りしきるなか、投票所へ。思ったより寒くない、そのことを忘れていた。あしうらが雪を踏む、きしきし、という感触がなつかしかった。あしがよろこんでいた。白い空から白い雪が降る。見上げると、白い雪は薄いグレーだった。墨を一滴だけおとしたくらいの淡さ。空の一部がはがれて、欠片になっておちてくるようでもあった。欠片はつぎからつぎへと、天から地へはこばれていった。

 天地(あめつち)の息合ひて激し雪降らす  野沢節子
 
 鼻をぐずつかせながら投票して、立会人の机にボックスティッシュがあったので、一枚いただけますか、といったらその人はとてもおどろいたようだった。箱が開いてなかったから? いわなければよかった、と思ったが、戸惑いながらもその青年は、箱を開けて、2枚くれた。

 木に積もる雪を立ち止まって見つめた。あのとき、人も車もいなくて、とてもしずかで。ちり、とかすかな音がした。雪片が傘に触れる音。お酒を買って家に戻り、のみながら、本を読んだり窓の外を見たりして過ごす。雪からひろがるしんとした世界のなかで、息をふかく吸って、吐いて。

 白い紙に白い箔押しは、雪にのこされた足跡みたいだ、と思う。だから何度も触りたくなる。指が表紙のうえを、あきることなく歩きまわる。

2026年2月7日土曜日

拾い読み日記 342


 ある不安のせいで、図書館に火の手が迫る妄想がふくらんで、起きぬけに、渡辺一夫の、本を疎開させるエッセイを読んだ。本はまもられて、ここにきた。書棚の前にしゃがみこんで、べつの本を手にとる。

 彼らの存在はぼくにとって生きている強い何かだった。それは紙とか革とか金箔とか以上のものだった。ぼくは彼らの友情の暖かさを感じていたし、また彼らはぼくの仕事を見守ってくれていた。彼らはみな、その静かな調子によってわれわれの世界の持続を信じるようにぼくを勇気づけてくれる、ひとつの声をもっていた。(『ジュリアン・グリーン全集14 日記**』 小佐井伸二訳、人文書院)

 本に避難すること。同時に、本を避難させること。すなわち、「本」が身をひそめていられるような心身をたもつこと。のぞみをうしなわないこと。そのために、ときには、「今」から身をひきはがし、本を読み、本について、書く必要がある。「常套句(フレーズ)(カール・クラウス)から遠く離れて。

 窓から見える空は淡い灰色で、塵のような雪片が舞っている。散りながら消えてゆくちいさな花びらのようでもある。かたちのちがう二本の木が並んで立っている光景を、うつくしいと感じる。そしてまた、「本」がやってくる。

 じぶんが、この美しいきものをぬぎすてた、飾りけのない、あらあらしい自然のすがたを好きになれたことを、モグラは、うれしく思いました。モグラは、そのはだかの骨ぐみの中まで、はいりこんでみましたが、それは、しっかりしていて、強くて簡素でした。(ケネス・グレーアム『たのしい川べ』石井桃子訳、岩波書店)

2026年1月27日火曜日

拾い読み日記 341


 書物的には一年間の日記であるが、現実的には十数年間の「日記」であり、書いた、というよりは、引用した、というのが実感に近い。人が書いたものだけではない。自分が書いたものの引用。だからだろう、自分の本を出した、とはいえ、まったく、晴れがましい思いはない。むしろ疚しい。その疚しさを引き受けて、つぎは、日付のない本を作ってみたい。

 このところ、昼間はひきこもっていたので、昨日は、近くの川辺を散歩した。鳩が歩いていたり、鴨が泳いでいたり、鴉が止まっていたりして、昼の光のなかに、生きものがいる、それをみているだけで、とても幸福になる。それからほかにみたものといったら、紅と白の梅、落ちている団栗、扇状にのびた葉、実の生っている木、沈丁花の蕾。これから開こうとするちいさなもののあつまりを目にして、これは、「予感」そのものだ、と思った。そしてようやく、この倦怠とつかれのほとんどが、冬によるものだ、とわかった。

 ヤン・アンドレアの本を読んでいる。

 そうなのだ。僕はあなたになり代り、あなたのようになりたいので、そこに、その離れ孤島のような場所に、流れ着いてみたい。その場所で、あなたの口から、あなたの頭から、またはどこからやってくるのか分らないそうした言葉の数々が、あふれ出てくるのを待っていたい。(『デュラス、あなたは僕を本当に愛していたのですか』)

 読むことで、デュラスをうしなったヤン・アンドレアのくるしみが、うつってくる。文学が「虚」で生が「実」として、彼はデュラスの本に出会ったときから、虚が実に、実が虚になってしまった人であるのだと思う。それからふたりで生活して、本を作って(「書いて」)、デュラスの言葉と肉体に、ふかく、かかわった人。

 彼の文体、その息づかい、呼吸のリズムに同調してしまうと、この長い濃密な恋文のなかに閉じ込められてしまうような感覚をおぼえるが、もちろんそれは錯覚で、ひとつの恋の果てのなさ、終わりのなさを知ることは、どこにもない場所への扉を指し示されることに似ている。Cet amour-là。

 書かずにはいられなかった人の言葉と呼吸、「声」によって、書くことへみちびかれる。息がくるしいときは、自分の手で、自由に息継ぎできる空間をつくり出す必要があるから。何を書くか、よりも、どこで点を打つか、のほうが、切実に大切なことだって、あるだろう。点はちいさな余白をつくる。ちいさな息をつくための、ちいさな余白を。

2026年1月22日木曜日

拾い読み日記 340

 
 日がしずんで彩度の低いラベンダー色の空に、宝石のかけらのような月がみえて、あまりに綺麗だったので、超越的な存在からの贈りものと思うことにして、すこしのあいだ祈った。「もし君とすれ違ってしまったら世界全体とすれ違うことになる」。昨日みた映画の主人公がいっていた。今日の自分にとっての「君」は、あの月である。月は細ければ細いほど、あやうい気持ちになる。人は際に立っている。

 映画のあと、食事をして、ほろよいで、古本屋に入った。通りすがりの古本屋でたまたま目についた本をぱらぱらめくって、これはどうしても読みたい、と思ったなら、それは遠くから届けられたもの、今届いたばかりのもの、と思って、ただそれを受け取るしかない。

 かくて私たちは、おまえも私も、私からおまえに向って行く言葉、一葉の紙に印刷された燃え立つ言葉に比べてみれば何ものでもないのだ。なぜなら、私はただその言葉を書くためにのみ生きたのだし、その言葉がおまえに宛てられたものだとすれば、おまえはその言葉を聞くだけの力を持ったということで、これからも生きてゆくだろうから。(G.バタイユ『無神学大全 内的体験』出口裕弘訳、現代思潮社


2026年1月21日水曜日

それではない、と死者がいう


 それではない、と死者がいう。焼香をあげて手を合わせる前におりんを鳴らしたときだった。手元を見ると、いくつかのおりんとりん棒がある。では、これか、と別のおりんを鳴らしてみた。このおりんには、この棒がいい、という組み合わせがあるようだった。めんどうくさいな、とすこし思った。ところであなたは、しんでいないのではないですか。たずねると、いや、軀がまだあるから、今だけ、話せるのだという。気配を感じてドアを開けると、不意をつかれて立ちすくむ人がいた。そのまんまるい目と息をのんだときの音をおぼえている。

2026年1月20日火曜日

人の姿は見えなくて、球だけが


 人の姿は見えなくて、球だけが見えた。並木のむこうで、空の青に球の白が、ゆるやかな放物線を描いている。少年から少年へ、球は往き来する。その朝、なぜそんな光景にあれほど感動したのか、といえば、不安だったからだろう。あるいは、幸福を感じていたから? 不安も幸福も、ほとんど同じひとつのことに感じるときがある。「もの」を投げる相手がいること。受け取ってくれること。投げ返してくれること。そこにあるのは「信頼」で、それがこのように何気ない、うつくしいかたちであらわれ、自分のまわりの、「信頼」の放物線を意識させてくれたことに、感謝していた。朝の冷たい空気のなかで、バスを待っていたあいだ。

2026年1月19日月曜日

活版TOKYO


 活版TOKYO2026、ぶじに終了しました。ご来場のみなさま、スタッフのみなさま、どうもありがとうございました。
 イベントに参加するのは2019年のかまくらブックフェスタ以来で、終始、どぎまぎ、あたふたしておりました。それでも、
たくさんの人に会えて、参加させていただき、よかったなあと思います。両隣のブースに旧知の方々がいらして、こころづよかったです。
 活版の魅力がストレートに伝わってくるような、素晴らしい活版作品・活版雑貨が多いなか、ヒロイヨミ社は簡素な冊子ばかりのブースで、いったいこれはなんじゃいな? と思っているにちがいない人々の顔を、たくさん見ました。ですが、手をのばして、一冊一冊ゆっくり見てくださる方も多くいらして、うれしく思いました。

 『あるひ』(とくに「あきふゆ」のほう)をご購入の方々へ、紙の厚みのため、綴じが弱いものがありました。綴じが外れてしまった方は、お手数ですが、あたらしいやり方で綴じなおしますので、ひとまず以下のアドレスまで、ご連絡をいただけますでしょうか。
 
  yamamotonobuko122@yahoo.co.jp 
 
 ご迷惑をおかけして、たいへん申し訳ありません。
 どうぞよろしくお願いいたします。

2026年1月14日水曜日

活版TOKYO 2026 



 活版TOKYOに向けて、小さい『ある日』(2020年/2022年刊)と大きい『ある日』(2025年刊)、それぞれのリミックスバージョンとして、
8ページの『あるひ』を制作しています。「はるなつ」と「あきふゆ」があります。タイトルとクレジットは活版印刷、図版は型押し版画ですので、中身も外側も一点一点異なります。手作業で薄い(たよりない)冊子を作っていると、なつかしいというかなんというか……原点に帰ったような気がします。

 『ある日 読書と断片』『窓の韻』『fumbling』『ほんほん蒸気』3〜5号、『水草』春号のほか、ananas pressの本や、在庫がわずかに残っている本とポストカードも持っていきます。
 活版TOKYOは今度の金曜から開催ですが、わたしの出店は土日だけです。会場は、神保町三井ビルディングとテラススクエア、ふたつにわかれておりまして、わたしはテラススクエア1階の奥のほうにおります。17日と18日、神保町でお待ちしています。

2026年1月13日火曜日

湿った土の匂いのする小屋で、


 湿った土の匂いのする小屋で、詩人の朗読は始まった。聞いている者はわたしひとりだったが、彼はそのことを気に留めてはいなかった。それで、彼はわたしを待っていたのだ、とわかった。どのような詩だったか、すべて忘れてしまった。長い詩だった。耳で聞いても流れていってしまうから、言葉をひとつだけ、拾ってもらったらそれでじゅうぶんだ、と詩人はいった。

 その後、塔のなかにいた。とつぜん無重力の世界に変わる。とても無口な人とつかまりあって空中にうかび、ゆらゆらしているうちにその人は黒いかたまりになってしまった。そのかたまりに、もう手を離してもいいか、とたずねると、まだここにいてほしい、という。

 目が覚めると隣の人と目が合って、今朝も、いい顔で(トラーみたいに)、笑いかけてくれる。夢をたくさんみた、とだけ伝えた。この世界ではない世界で出会ったひとたちのことは、いわなかった。


2026年1月9日金曜日

拾い読み日記 339

 
 今日も、活版TOKYOのための制作。レイアウトしたり紙を切ったり。昨日と同じく、夕方には疲れきって眠くなる。寒さのせいだろうか。ふとんをあたためて、二時間ほど横になっていた。

 一昨日は髪を切って軽くなった。Mが行っていい感じになって帰ってきた美容室で、金髪の美容師さんは、Mの家族、と知ると、コンノさんの、おかあさま? といった。関西の人だったら、誰がおかあさまやねん、とハリセンか何かでぶったたくところだが(偏見かも)、自分は東京(北陸)の人なので、つ、妻です、とびっくりして立ち上がって主張?した。美容師のKさんは気の毒なくらいにうろたえていて、この人のこのあとのパフォーマンスに影響しないか心配になったが、そこはプロで、すっきりといい感じに仕上げてくれた。何度も謝りながら。

 そこまで年の差があるようには自分では見えないのだが、どうなのだろうか。そういえば、最近Mはスキンケアを始めて、肌がツヤツヤしている。わたしは気付いたら5キロ痩せていて、それでやつれて見えたりもしたのか。もしくはKさんのまわりには、妻がけっこう年上の夫婦がいないのか、Kさんが想像していたMの妻がわたしのようではなかったのか。
 そんなことをあれこれ考えてもむなしいことはわかっていて、もうすぐ54歳になるのだし、確実にMより老化が進んでいることは事実なのだった。年をとることは、自分の内なるエイジズムやルッキズムと向き合うことでもあるようだ。
 ここで思い出したのは、メイ・サートンの日記の一節である。

 私は五八歳であることに誇りをもち、いまだに生きて夢だの恋だのと関わりあい、かつてなかったほど創造力もあればバランスも保ち、可能性を感じている。肉体的な凋落のいくつかは気にならないことはないけれど、つきつめてみれば気にはならない。それに、ビルが送ってくれた、死の直前のイサク・ディネセンのすばらしい写真を見れば、そんな心配はふっとんでしまう。なぜなら、結局私たちは生きてゆくことで自分の顔を作ってゆくのだし、若いあいだに、今の彼女のような顔に誰がなれただろう? あの微笑の、言葉につくせないやさしさ、そこから感じられる完全な受容と喜び、生命も、死も、すべて受け入れられ、まるで賞味されているかのよう——そして、そのなかに身をゆだねきる。(メイ・サートン『独り居の日記』武田尚子訳)

 メイ・サートンの描写するイサク・ディネセンの顔はうつくしく、読むものの不安も受け入れて、つつんでくれる。こんなふうなまなざしが存在することに、ほっとする。