形象であたまがいっぱいになる。さまざまな色やかたちや線が、それらがつくりだすイメージが、つかのまくみあわさって、はなれて、うかんで、ながれていく。またすぐにやってくる。うごいて、おどって、うたっている。たわむれている。それを、ずっとみている。きいている。ついていこうとする。ふれようとしてみる。つかれる。なにも、きめられない。ことばはまったくあたまにはいってこない。それでもことばとはなれたくない。それらはすべて、ことばによってあつまってきた形象だからだ。ことばのようで、ことばでないもの。それはわたしを、ことばの外へ、つれだしてくれる。ことばによるかんがえの外へ。
「絵は描く人それぞれのオバケ」(清宮質文)。わたしのオバケは、このあたまのなかの漂流状態から、ぶじに、ぬけだすことができるだろうか。
