ドアを開けて外に出ると、階段のまんなかであおむけになっている蟬がいた。「あんた……なんでこんなところで……」。つい声をかけてしまう。あとからかんがえると、蟬に「あんた」はへんだったし、なんだか、よっぱらって家にたどり着けずに階段で寝てしまった人に対する口調みたいだった。誰かに踏まれないように、羽をつまんで端に移動させようとすると、びびびびといって動き出し、飛び去ったので、うわあっ!と声が出た。しばらくのあいだ、動悸が止まらなかった。
「わたしたちが身体を持っているのは、〈いまここ〉によりいっそう付着するためにではなく、場を変え、時間を変え、空間を変え、形態を変え、物質を変えることができるためである。」(エマヌエーレ・コッチャ『メタモルフォーゼの哲学』) ねむっていた蟬は、めざめて、どこへ向かったのか。やみくもで、ふらふらしていて、まるで、あれは、自分をみるようだった。よわよわしいけれど、たしかにそれは、ひとつの生命の力であって、その変化のエネルギーが、指のさきから一気にながれこんできたせいで、まだ、どきどきしている。
