2018年7月20日金曜日

拾い読み日記 46

 昨日は、髪を切った。白髪染めも。そのあいだ、石垣りんさんの「花嫁」というエッセイを読んだ。銭湯で、突然知らない女性から、衿を剃ってください、といわれる話。カミソリを使ったことがないから、と断っても、重ねて頼まれる。そのあとに続く文章のみごとさと、描かれている女性のすがたに、胸があつくなる。

「ためらっている私にカミソリを握らせたのは次のひとことだった。「明日、私はオヨメに行くんです」私は二度びっくりしてしまった。知らない人に衿を剃ってくれ、と頼むのが唐突なら、そんな大事を人に言うことにも驚かされた。でも少しも図々しさを感じさせないしおらしさが細身のからだに精一杯あふれていた。私は笑って彼女の背にまわると、左手で髪の毛をよけ、慣れない手つきでその衿足にカミソリの刃を当てた。明日嫁入るという日、美容院へも行かずに済ます、ゆたかでない人間の喜びのゆたかさが湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている、と思った。」(『ユーモアの鎖国』)

 湯気のむこうに、ふたりの女性がいる。その輪郭はほのかに光っていて、なにかとても神聖で、したわしい感じがする。
 
 6年前、この町に越してきてから、ずっと同じ美容院に通っていて、そのたび、なんでもない会話をする。6年前は、髪がやけに長かった。のびてゆく髪を持てあましながら、切れなかったのは、たぶん不安のせいだった。今は、ひと月半ごとに、短く切る。もう髪をのばすことは、ないだろう。