長谷川利行の絵を見にいった。絵の前にじっと立っていると、踊るような手の動きを感じた。目眩がするほど、はげしく、はやく、はなやかだった。描くことが、世界とダンスすることのようにも感じられた。筆がまさぐる、ぬりたくる。そこは、水も風も空も人も、いきいきと流れて動く世界だった。「少女」のしずけさにも、深くこころをうばわれた。肌の色、輪郭線、表情。音楽を聴いているようだ。
利行の「いのちの無駄遣いをしない」という言葉には、どきりとする。しかし、素直に、自分もしない、とはいえない。何が無駄かは、最後まで、わからない。帰りは、武蔵小金井までバス。喫茶店の窓からの眺めはほぼ灰色で、利行の世界がなつかしく、淋しかった。
ヴェイユ『工場日記』がかばんに入っていた。「ある女生徒への手紙」を読む。「あなたは、一生の間、どうしても多く苦しまずにはおれないような性格の持主だと思います。きっとそうだという感じがするのです。あなたという人は人一倍血の気の多い、烈しい気性の人ですから、今の時代の社会生活には、とても順応して行けないのです。でも、そんなふうなのは、あなたひとりではありません。それに、苦しむといっても、そこに深いよろこびが感じられるなら、なんでもないことです。」