2026年8月10日月曜日

Gという男


 傷心のGという男をはげますために、ひたすら、あたまや背中や頰をなでていた。彼はなにかをうしなったらしかった。とりかえのきかないなにか。必要としていただれか。その喪失をつかのまでもわすれるために、彼はひとの肌をもとめていた。うつくしく繊細だが、どこかおろかなところのある男で、もう中年といっていい年齢なのに、まるで幼児のように、ひととの距離感がはかれないあやうさを持っていた。そしてそのあやうさが、Gの魅力のひとつでもあった。

 彼がもとめていたのは、わたしの肌、手のひらや指だけでなく、声の肌や、言葉の肌でもあるのだった。だから、彼のからだをさすりながら、声をかけることもわすれなかった。そんなふうに自分のすべてをさしだすことに、どこか、陶酔するような感覚があった。いつまでも、こうしていてもいい、と思った。もしかしたら、彼のうつくしさと繊細さに、ひかれていたのかもしれない。

 だいじなものをみせてあげる、といわれてドアの外で待っていると、Gが持ってきたのは、犬のぬいぐるみだった。ショコラとかなにか、あまったるい名前がついていた。よくみると、ぬいぐるみのあたまが人形になっている。つぶらなひとみとつるんとした肌を持つ、可愛らしいおんなの人形で、それをみたとき、これか、と思った。これだったのか。彼に起こるすべてのもめごとの理由を目の前にして、さとった。わたしは彼をはげましていたのではなく、あまやかしていただけだった。

 それは、あまり、ひとにみせないほうがいいと思う、とちいさな声でつたえて、路面電車に乗って、家に帰った。つぎつぎあらわれては消えてゆく景色をながめながら、Gはこれからも、ひとをはげしくすきになったり、とつぜんきらいになったりするのだろうな、とぼんやりかんがえていた。