2026年8月31日月曜日

拾い読み日記 377


 8月31日。曇天の下、高いところから人気のないプールを見守るひとのすがたが目にとまる。その日焼けしてひきしまったうつくしい肉体を、終わろうとしている夏が、もてあましているようだった。
 すこし日が出てあかるくなってから、泳ぎにいった。水がつめたかった。7月1日のプール開きの日も、こんなふうに水はつめたかった。

 水にもぐった瞬間は、いつでも、アナーキーな気分になる。どうなってもいい、と思う。水につけるとむくむくふくらむ紙の花みたいに、たのしさがわあっとひろがる。今日は泳いでいるときに、からだがさかなのようにしなる感覚があって、水にのって、いつまでも泳げる気がした。からだが、水のなかで、水のリズムでうごいていた。

 家に帰ってすこしねむってから、本を読んだ。「そしてわたしの主要な闘いは、「シニフィアン」の勝利のため「シニフィアン」の崇高なるエロチスム、その衝動と解放のためなのです」。ロラン・バルトのように、ロラン・バルトを読むことができたら、と思う。水のなかで、水のように泳ぐこと。


*「ロラン・バルトとの対話」(蓮實重彦『批評あるいは仮死の祭典』せりか書房)