2018年7月31日火曜日

拾い読み日記 55

    西向きの窓辺に机があるので、このところ、午後2時以降は、暑くて座っていられない。今日もあいかわらず身体が重いので、横になってばかりいる。

    午前中、ある方から謄写版の道具一式が届いた。持ち主の方は亡くなっていて、その方が出された句集が一緒に入っていた。19歳から85歳までのあいだにつくられた俳句。ぱらぱらと、めくって読む。とても豊かな生を生きた方だなあと感じた。道具はどれも、丁寧に使われていたように見える。
    まだ、言葉にならない気持ちの中にいるけれど、まるで、ひとりのひとに、出会ってすぐに別れたようだ。茫然としてしまった。

    今日も、街に出て散歩するかわりに、本棚から目についた本をひきだして、すきなところを読む。「味わうまでは、ないことに気づかなかった、あるいは忘れていた、そしていま、今後も永遠にないのだと気づく感情。憧憬。美の体験は私のなかの欠如を意識させる。私が経験するもの、触れるものには、喜びと痛みがふたつながらにある。」(ペーター・ツムトア『建築を考える』)

    ceroの「outdoors」を何度かきいた(みた)。いつかきいて、すごく好きだったのに、すっかり忘れてしまっていた歌のよう。とても美しい曲だ。「何かを懐かしむほど生きていないのに 少しずつ身体は死んでく」

   午前中、取れてしまったカブトムシの足は、もとにもどらないの? と、子どもがラジオで相談していた。恐竜の肉はおいしいの? と聞く子もいた。夏休みの子どもたち。

2018年7月30日月曜日

拾い読み日記 54


 信じるかい? 何にでもなれるのさ、どこへでもいける。ceroの「レテの子」の歌詞が、頭の中でぐるぐるまわっている。「POLY  LIFE  MULTI  SOUL」。文学のことのよう。昨日、フジロックをiPhoneでみた。
 午前中に仕事をしてから、午後はゆっくり過ごした。昨日夜中に蚊に起こされたから、眠い。
 『歩道橋の魔術師』を、半分まで読んだ。幼いころの記憶をときどきよみがえらせながら。あのころ、おそろしいものや不思議なことが、たくさんあった気がする。深くかんがえはじめると戻ってこられない気がするので、深追いはしたくない。ひとりのとき、怖い気持ちになることも、恐れていた。
 この小説も、ときどき怖いので、途中でやめたい気もするが、手品をする人の前から離れられない子どもみたいに、読みつづけている。見ているものがすべて幻だった、と突然さとるようなたぐいの怖さ。語り手たちの声には、なんというか、とても親密な響きがある。夜中の電話で、まわりの誰かを起こしてしまわないか気にしながら、秘密の話をしているような声。

2018年7月28日土曜日

拾い読み日記 53


 貧血気味。ゆっくり、しずかに、すごそうと思う。台風も心配なので、買い物を早めにすませた。

 エーリヒ・ケストナー『エーミールと探偵たち』を読み終えた。『歩道橋の魔術師』と『デミアン』を少しずつ読み進めた。夏休み(の時期)だから、「少年」の物語に、なんとなく惹かれているようだ。

 今月は、本を躊躇なくどんどん買っているので、本棚がいっぱいになってきた。読みたい本が本棚にたくさんあるのは、いい。読む時間がないときは、多少圧迫を感じるかもしれないが、今はそんなことはないから、ただ、うれしい。
 ジョルジュ・ペレック『さまざまな空間』は、拾い読みにぴったりだ。

「指のすきまからこぼれる砂のように、空間は消えてゆく。時は移ろい、ぼくのもとに残るのは、もはや形をとどめぬ断片ばかり。

 書くこと。それはこころを込めてなにかを拾いとどめようとすることだ。ひろがりゆく空虚からくっきりした断片を救いだし、どこかに、わだち、なごり、あかし、あるいはしるしをいくつか残すこと。」

 こうした文章も、「少年」の物語の1ページのように思える。『歩道橋の魔術師』を読んだあとでは、特に。いくつもの本を同時に読むことで、毎日、あたまの中にアンソロジーをつくっているのかもしれない。それは、偶然に、瞬間的に生まれるものなので、目に見えるかたちにはならなくて、誰とも共有できるものではないのだが、読書の道筋は、そうした潜在的なコレクションによって、決められていく気がする

 雨が激しくなってきた。

2018年7月26日木曜日

拾い読み日記 52

    今日はすこし過ごしやすいけれど、なんだかだるくて力が入らない。こころがざわざわして、心身ともに重い。のろのろ洗濯や片付けをして午前中が終わった。すこし横たわって筋肉をゆるめるポーズをとっていたら、寝入ってしまった。
 日記が読みたくなって、須賀敦子の日記をよんだ。疲れてたり、眠かったり、ひるねしたり、仕事がはかどらなかったり、イヤな人に会ったり、そういうところを読むと、そうだよね、と思う。ほっとする。42歳の須賀敦子。仕事への思いと、ときどきふいにはさまれる、祈りのような言葉にうたれる。
 「沈黙のある生活というものが私は本当に好きだ」。これは痛烈な批判の言葉でもあって、「いい加減」な教会に対するものだけれど、沈黙のない生活を送るものにも、ぐさっときた。

2018年7月25日水曜日

拾い読み日記 51


「青年期、ジッドの著作を読むことはわたしにとってたいへん重要でした、そしてなによりもわたしが愛したのは彼の『日記』でした。それはその不連続な構造、その五〇年以上にわたる「パッチワーク」の面でたえずわたしを魅了し続けた本です。ジッドの『日記』では、すべてが起こります、主観性のあらゆる光彩の輝きが。読書、出会い、省察、そしてくだらないことさえも。わたしの心をとらえたのはこの面であり、それでわたしはたえず断章で書きたいと思うのです。」(ロラン・バルト『声のきめ』)

 昨日、夫が買った本を、すこし読む。自分もいろいろ買ったけれど、人が買ったばかりの本を読むのは、たのしい。表紙の写真がいいなと思う。ロラン・バルトはロラン・バルトらしい顔をしている。夢みるように、何かをみている。

 ニワトリや山鳩が鳴いている。雲が多くて陽射しはいつもよりきつくないけれど、湿気と暑さが、からだにこたえる。昨夜は雨音をひさしぶりに聴いた。

2018年7月24日火曜日

拾い読み日記 50



 まわりいちめん雪とつらら、
 嶮しい山の壁のつらなり、
 その向うには夢みるように、ひろく白く
 積雪のオーバーラント。
 
 ゆっくりと靴の一歩一歩を巌に置き
 雪の吹き払われた地面に置き
 山嶺に向って登りつづける、
 短いパイプを斜にくわえて。

 たぶんあそこまで行けば世と隔絶して
 氷と月との青い光の中に
 甘美な平和があるだろう――僕にないその平和が。
 そして棲んでいるだろう、まどろみと忘却とが。


 ヘルマン・ヘッセ「高山の冬」の「1   登攀」。中学か高校の通知表の裏面に、イラストとともに載っていた。その通知表を実家で見つけたのは、何年前だったか。この詩のことは、うっすらと、おぼえていた気がする。どうして山の詩がこんなところに? と、成績のことであたまがいっぱいの学生のときの自分は、思っただろう。けれど、何かを受けとっていた。たぶん言葉以上に、リズムに惹かれた。
 こんなふうに、うっすらとしかおぼえていないものに、影響を受けていることも、きっとあると思う。自分でも意識のおよばない、深いところで、ひそかに。どの先生かはわからないけれど、その先生のことが、なんというか、なつかしい。
 本屋でヘッセの詩集を見つけるたびに、開いてみて、この詩をなんとなく探していたが、訳がちがうことだけはわかって、なかなか再会できなかった。通知表を捨てなければよかった、と思った。

 ようやく夫の古本屋で、片山敏彦訳だったことを知った。『ヘッセ詩集』1962年、みすず書房刊。「先生」も、この本を手にしたのだろうか。わたしの生まれる10年前に出た本だ。「ヘッセの詩は、たしかに 〈憧れ〉 に名づけられたいろいろの名のようなものである. 深い根源的な憧れ,  痛切で,  無形で,  音楽的で,  そして持続的な憧れ――」(片山敏彦)

 今日は、昨日よりは、暑くないみたいだけれど、暑いことに変わりはない。何かひとつでいい、涼しい言葉を持ち歩きたい。

2018年7月23日月曜日

拾い読み日記 49


 ヤンソンさんの生まれた街にいるよ、とメールに書いてあったけれど、「ヤンソンさん」がすぐには誰か、わからなかった。「ヤンソンさんの誘惑」というじゃがいも料理のことを思い出したり、ホルスト・ヤンセン?とちらっと思ったりもしたけれど、ヘルシンキなのだから、それはトーベ・ヤンソンに決まっていた。
 ヘルシンキは、日陰はすずしく風が爽やからしくて、いいなと思う。はやく秋がきてほしい。

 吉祥寺の啓文堂へ。外国文学の文庫がわりと充実していて、なんとなく目にとまったので『トーベ・ヤンソン短篇集』を買った。「往復書簡」を読んでせつなくなる。すこし苦しいくらいのせつなさ。「往復書簡」というタイトルだが、小説は日本に住む「タミコ」から「ヤンソンさん」への手紙のみでできている。タミコは書く。
 
 「だれにも理解できて、だれもがこれこそ自分が思いえがいていたものだと感じる、そんな物語を書いてみたいのです。
 どれぐらい年をとったら、書くことができるのでしょうか。
 でも、あなたの助けなしには、とても書けそうにありません。
 毎日が、待ちわびる日々です。
 とても疲れている、そうあなたはいいました。
 仕事をしてはいるが、まわりにはあまりにもたくさんの人がいると。
 でも、わたしはあなたをなぐさめ、あなたの孤独をまもる人になりたい。」


2018年7月22日日曜日

拾い読み日記 48


 川沿いの道を駅に向かって歩いていると、お隣の女性がちょうど帰ってくるところだった。わたしを見て目をきらきらさせながら、「ちょうど今、水中書店のことをかんがえていたの」という。夫が作った「三鷹マップ」をお友達が見せてくれた、とのこと。その似顔絵がすごくそっくり、といわれる。ありがとうございます、とこたえて別れ、電車に乗って、ひさしぶりに街へ。

 東塔堂で「羽原粛郎の画道︱団扇と書画」をみた。みずみずしく、粋で、涼しく、かろやかな展示。羽原さんが話し出す前の、悪戯っ子みたいにきらっと一瞬きらめく瞳を思い出す。値段でも遊んでいるので、そういうところも素敵だなと感動して、作品をふたつ買った。お知らせのはがきに『本へ!』からの抜粋が載っている。

 夏は
 思いを寄せている人
 友人たちと
 海辺や
 湖岸や
 河川の
 砂浜で
 遠くの林の中で, 激しく, 鳴いている
 蝉の声をかすかに, 幽かに, 微かに,
 聴きながら
 君の性格について
 君の習慣について
 明日について
 人生について
 話そう.

 狩野岳朗「untitled」もみた。心の奥にあるものを探って、絵にするということは、身体を使った実験・冒険のようだと感じる。自他から吹いてくるさまざまな風のなかで、かたちのないものにかたちを与えること。絵を描いてみたくなる。言葉をすべて忘れたり、脱ぎすてたりして。岳朗さんは、詩に興味が出てきたそうで、これまで読んだことのないものを読んでみたい、という。そういう気持ちに触れられて、とてもよかった。澄んだ水ですすがれたよう。あとから夫に話すと、そういう気持ちにまさるものはない、という。ほんとうに、そう思う。

2018年7月21日土曜日

拾い読み日記 47

 午前中、洗濯ものを干していると、お隣の女性が白い日傘をさして、目が合うと「暑くて死にそうですね」と笑顔でいいながら、さわやかに出かけていかれた。

 『鄙の宿』はあと3分の1くらい。一度ざっくりと読んだヴァルザーの章を読んでいる。小さな紙片に小さな文字の「秘密通信」。〈内的亡命〉ということ。

 昨日、夕方からは『瀧口修造の詩的実験 1927〜1937』を持って出かけた。駅前のカフェで読んでいて、ふと顔を上げると、まわりの人たちから、あまりにも遠く隔てられているような感覚におそわれた。詩を読むことで生まれる「空間」について、ぼんやりかんがえた。詩は秘密の空間を用意する。
 そのあと、大量の食器が落ちる音が店中に響き渡った。ずいぶん長く続いた気がするが、いったいどれだけの皿が割れたのだろう。ほんとうに、途中で夢かと思うくらい、長かった。
 いま赤黄男を思い出した。「蝶墜ちて大音響の結氷期」。涼しく激しい音だった。

2018年7月20日金曜日

拾い読み日記 46

 昨日は、髪を切った。白髪染めも。そのあいだ、石垣りんさんの「花嫁」というエッセイを読んだ。銭湯で、突然知らない女性から、衿を剃ってください、といわれる話。カミソリを使ったことがないから、と断っても、重ねて頼まれる。そのあとに続く文章のみごとさと、描かれている女性のすがたに、胸があつくなる。

「ためらっている私にカミソリを握らせたのは次のひとことだった。「明日、私はオヨメに行くんです」私は二度びっくりしてしまった。知らない人に衿を剃ってくれ、と頼むのが唐突なら、そんな大事を人に言うことにも驚かされた。でも少しも図々しさを感じさせないしおらしさが細身のからだに精一杯あふれていた。私は笑って彼女の背にまわると、左手で髪の毛をよけ、慣れない手つきでその衿足にカミソリの刃を当てた。明日嫁入るという日、美容院へも行かずに済ます、ゆたかでない人間の喜びのゆたかさが湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている、と思った。」(『ユーモアの鎖国』)

 湯気のむこうに、ふたりの女性がいる。その輪郭はほのかに光っていて、なにかとても神聖で、したわしい感じがする。
 
 6年前、この町に越してきてから、ずっと同じ美容院に通っていて、そのたび、なんでもない会話をする。6年前は、髪がやけに長かった。のびてゆく髪を持てあましながら、切れなかったのは、たぶん不安のせいだった。今は、ひと月半ごとに、短く切る。もう髪をのばすことは、ないだろう。

2018年7月19日木曜日

拾い読み日記 45


 また、財布を忘れて出かけてしまった。駅前のドトールに入ったところで気がついて、引き返した。一瞬、絶望的な気持ちになる。母親の認知症の心配をしている場合では、なかった。
 また夫にお金を借りにいって、借りたお金で、お茶を飲んだり、ビールを飲んだり、ごはんをたべたりした。残りのお金を気にしながらなので、すこし、きゅうくつさを感じた。財布を持つのはやめて、ポケットに直接お金を入れて持ち歩くことも考えたが、ポケットがない服のときは、どうすればいいのだろう。
 しかし、さすがに、もう、忘れないだろうと思う。

 カフェで、ゼーバルト『鄙の宿』を読み進めた。ゴットフリート・ケラーについての章を、もうすぐ読み終わる。「物を書く術(クンスト)とは、どうにかまともな人格を保っておくために、ともすれば優位に立ちたがる黒いぐしゃぐしゃの塊を抑え込むこころみなのだ」。
 
 今日も、異常に暑い。夜も暑いけれど、今年は冷房を消さずに寝ているので、よく眠れている。だから、わりと元気で、いろいろ、作りたいもののことについて考えている。物を作る術とは。

2018年7月18日水曜日

拾い読み日記 44


 酷暑がつづく。昼間は外に出たくない。洗濯物を干しに出るだけで、びっくりするくらい暑い。 
 昨日はひさしぶりにK社へ。会社の近くを険しい表情の女性が黒いリュックを背負って歩いていた。むかし一度仕事をしたことがある人のような気がしたが、どうだろうか。たぶん目があってもお互い見過ごすだろうと思う。
 新国立競技場がだいぶ出来ていて、ああ、と思った。この先も何度か、この、骨組みだけの競技場の光景を、思い出すような気がした。あたりは静かだった。
 今朝は、石垣りんさんの散文を読んだ。知り合いではないのに、石垣りん、ではなく、石垣りんさん、と「さん」をつけたくなる。

「いつからか国土というものに疑いをもったとき、私の祖国と呼べるものは日本語だと思い知りました。言葉の世界に皇帝の位はありません。皇帝という言葉があるだけです。それは絶対ではない。」(『ユーモアの鎖国』)

 先日、ある展示で石垣りんさんの手紙を手にすることができた。文章から推測すると、詩を通して出会った、年若い人への手紙で、手書きの文字も文章も、ていねいで、やさしくて、あたたかなものだった。

2018年7月17日火曜日

拾い読み日記 43


 昨日は、財布を忘れて出かけてしまった。暑さでぼうっとしているのか、宅急便も送れなかったし、少し、おちこむ。とぼとぼ歩いて夫にお金を借りに行って、借りたお金(3000円)で小林秀雄『ゴッホの手紙』(100円)を買った。借りたお金でビールをのみながら、読んだ。冒頭、「烏のいる麦畑」の描写が、みごとで、引きこまれる。それからW.G.ゼーバルト『鄙の宿』を読み進めた。読んでいると、ところどころ、書き写したくなる箇所に遭遇する。たとえば、ジャン=ジャック・ルソーについて書かれたところ。

「彼自身、なによりも望んだのは、頭のなかで回りつづける車輪を止めることだった。にもかかわらず書くことにしがみついていたとすれば、それはもっぱら、ジャン・スタロバンスキーが言うように、ペンが手からぽろりと落ち、和解と回帰の無言の抱擁のうちに真に本質的なことが語られるであろう、というその瞬間を招きよせんがためだった。」(下線部は傍点) 

 昨日、宅急便にまにあわなかったので、これからとあるところへ届けにいかなければならないのだが、暑さにやられないか、心配だ。今日はぜったいに財布を忘れたくない。

2018年7月7日土曜日

拾い読み日記 42


 吉祥寺で「江上茂雄:風景日記」をみたあと、三鷹に戻って喫茶店で本を読んだ。しばらく詩を読んでいない、とはたと気づいて目にとまった『川田絢音詩集』だった。長い詩を読む気力がなくて、短い詩を探して読んだ。何度かくりかえして読んでみて、ふと、朗読したくなった。もしくは、誰かの声で、聞いてみたい気がした。

   夜

 黒ずんでべろんとした敷石 濡れてひかっている露地を
 歩きながら
 悲しみがこみあげて
 よその家のベルを チッと鳴らした
 知らない車に乗ってしまいどこかに連れていかれる
 ということだって
 考えられる
 建物の
 石の壁に手の甲を擦りつけて
 痛くなるまで
 擦りつけながら歩いていく


 江上茂雄さんは、島崎藤村が好きだという。「春」の一節をあげられていた。「あゝ、自分のやうなものでも、どうかして生きたい。」
 毎日、毎日、風景を描き続けるということが、実感として、わからないけれど、なんとなく、豊かな感じがして、憧れのような気持ちがわく。会場にいくつか貼ってあった言葉の中に、魂を鎮めるため、という言葉があった気がするが、どういう文脈のものだったろうか。

 昨夜は、遠くで花火が上がっていた。遠い花火は小さくて可憐な花のようで、幻をみているようだった。家の前で傘をさして、しばらく見ていた。

 今日は、七夕。風が強くて暑い。
 

2018年7月6日金曜日

拾い読み日記 41


 長谷川利行の絵を見にいった。絵の前にじっと立っていると、踊るような手の動きを感じた。目眩がするほど、はげしく、はやく、はなやかだった。描くことが、世界とダンスすることのようにも感じられた。筆がまさぐる、ぬりたくる。そこは、水も風も空も人も、いきいきと流れて動く世界だった。「少女」のしずけさにも、深くこころをうばわれた。肌の色、輪郭線、表情。音楽を聴いているようだ。
 利行の「いのちの無駄遣いをしない」という言葉には、どきりとする。しかし、素直に、自分もしない、とはいえない。何が無駄かは、最後まで、わからない。帰りは、武蔵小金井までバス。喫茶店の窓からの眺めはほぼ灰色で、利行の世界がなつかしく、淋しかった。

 ヴェイユ『工場日記』がかばんに入っていた。「ある女生徒への手紙」を読む。「あなたは、一生の間、どうしても多く苦しまずにはおれないような性格の持主だと思います。きっとそうだという感じがするのです。あなたという人は人一倍血の気の多い、烈しい気性の人ですから、今の時代の社会生活には、とても順応して行けないのです。でも、そんなふうなのは、あなたひとりではありません。それに、苦しむといっても、そこに深いよろこびが感じられるなら、なんでもないことです。」

2018年7月5日木曜日

拾い読み日記 40


 ある小説を読んでいて、三分の二ほど読んだところで、突然、読めなくなってしまった。たぶん、ほんとうは、読めなくはないのだが、なぜ、いま、この本を読んでいるのか(読まなければいけないのか)、わからなくなった。「トカトントン」みたいな感じ。おもしろくない、退屈、というのとも、すこしちがうような気がするが、わからない。
 その本は途中でやめることにして、べつの本を読む。『エミリ・ディキンスン家のネズミ』。むかし持っていたはずだが、読んだ記憶がないのでまた買って、今度はすぐに読み始めて、読み終えた。
 エミリの詩を読んだネズミは、子どものころ、はじめてひとりで外に出てみたときの気持ちを思い出す。

「黒い草の上にあおむけになって、白く燃える月と星々を見つめていたとき、激しい感情が、わたしの心をよぎってゆきました。——生きてここにいるということの、悦びと不思議。わが身の不安。手のとどかないものに触ってみたいという、つよい願い。誰なのだろう、わたしは? なぜ、ここにいるのだろう? これから、どこへゆくのだろう?」

 エミリとエマライン(ネズミ)のちいさな詩集は、絵によると、和綴じのようだ。題箋が貼ってある。自分がつくるなら、どうするかな、とかんがえることは、たのしい。
 ちいさな本の運命について。それは、書いた人も作った人も、見届けることはできない。エマラインはいう。「「誰でもないもの」として出発したわたしは、たぶん、「誰でもないもの」として終わるのでしょう。けれども、数えきれないほどたくさんの不思議なことばがこの世にはあり、わたしはそうしたことばを見つけてゆきたいのです。」

 昨日はシモーヌ・ヴェーユ『重力と恩寵』、エーリヒ・ケストナー『エーミールと探偵たち』も買った。それぞれ読み進めて、すっかり遅くなる。帰りは、雨に遭った。

 

2018年7月2日月曜日

拾い読み日記 39


 このところ、たくさん本を買っている気がする。読める本を、読んでいる。いつになく、読み終えるたのしさを、感じている。ほぼ何も終えられない毎日のなかで、それは充実感を与えてくれる。

 一昨日、伊藤 亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか 』(光文社新書)を読み終えて、昨日、多和田葉子『容疑者の夜行列車』を半分まで読んで、今日は、『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を読んでいる。『そろそろ〜』は、今日買ったばかりで、明日の読書会(みたいな会)までには読み終えられない気がする。けれどおもしろい。まだ4分の1しか読めていないが、手にとってよかったと思う。
「できるなら誰だって、自由に、好きなように生きたいはずなのに、いまの日本には、それを言ってもいけないような空気があると思う。人心まで緊縮している。でも、わたしたちは「人を自由にするための経済」を求めていいんです。」(ブレイディみかこ)
 
 この、「読み終えたい」時期は、いつまで続くのだろうか。それにしても、毎日、暑すぎる。