2026年1月9日金曜日

拾い読み日記 339

 
 今日も、活版TOKYOのための制作。レイアウトしたり紙を切ったり。昨日と同じく、夕方には疲れきって眠くなる。寒さのせいだろうか。ふとんをあたためて、二時間ほど横になっていた。

 一昨日は髪を切って軽くなった。Mが行っていい感じになって帰ってきた美容室で、金髪の美容師さんは、Mの家族、と知ると、コンノさんの、おかあさま? といった。関西の人だったら、誰がおかあさまやねん、とハリセンか何かでぶったたくところだが(偏見かも)、自分は東京(北陸)の人なので、つ、妻です、とびっくりして立ち上がって主張?した。美容師のKさんは気の毒なくらいにうろたえていて、この人のこのあとのパフォーマンスに影響しないか心配になったが、そこはプロで、すっきりといい感じに仕上げてくれた。何度も謝りながら。

 そこまで年の差があるようには自分では見えないのだが、どうなのだろうか。そういえば、最近Mはスキンケアを始めて、肌がツヤツヤしている。わたしは気付いたら5キロ痩せていて、それでやつれて見えたりもしたのか。もしくはKさんのまわりには、妻がけっこう年上の夫婦がいないのか、Kさんが想像していたMの妻がわたしのようではなかったのか。
 そんなことをあれこれ考えてもむなしいことはわかっていて、もうすぐ54歳になるのだし、確実にMより老化が進んでいることは事実なのだった。年をとることは、自分の内なるエイジズムやルッキズムと向き合うことでもあるようだ。
 ここで思い出したのは、メイ・サートンの日記の一節である。

 私は五八歳であることに誇りをもち、いまだに生きて夢だの恋だのと関わりあい、かつてなかったほど創造力もあればバランスも保ち、可能性を感じている。肉体的な凋落のいくつかは気にならないことはないけれど、つきつめてみれば気にはならない。それに、ビルが送ってくれた、死の直前のイサク・ディネセンのすばらしい写真を見れば、そんな心配はふっとんでしまう。なぜなら、結局私たちは生きてゆくことで自分の顔を作ってゆくのだし、若いあいだに、今の彼女のような顔に誰がなれただろう? あの微笑の、言葉につくせないやさしさ、そこから感じられる完全な受容と喜び、生命も、死も、すべて受け入れられ、まるで賞味されているかのよう——そして、そのなかに身をゆだねきる。(メイ・サートン『独り居の日記』武田尚子訳)

 メイ・サートンの描写するイサク・ディネセンの顔はうつくしく、読むものの不安も受け入れて、つつんでくれる。こんなふうなまなざしが存在することに、ほっとする。