2019年3月11日月曜日

拾い読み日記 93


 家族とか家父長制について、なんとなくかんがえたりする。
 自分は夫のことを「主人」とはいわない。20代のときに、確か『広告批評』の赤坂真理さんのインタビューで読んだのだが、インタビュアーに「ご主人は……」と言われて、「そんなSMみたいな言い方は……」と赤坂さんが応じていたのをおぼえている。記憶にちょっとまちがいがあるかもしれないけど、「主人」という言葉への違和感に共感した。それを読んだから、というわけではないが、使わない。身になじんでいないし、実感もない。ただ、人にその人の夫のことをたずねたりするとき、いい呼び方がない。「だんなさん」といったりするが、それもすきな言葉ではない。
 大学を卒業してしばらくして、小さな会社に就職することになったとき、父が反対して、地元にどこか「ちゃんとした」就職先を見つけてやるから帰るようにいわれて、いったい何をいっているんだろうと驚いた。あのときもし帰っていたら、いまごろどうしていただろう、と思うことがある。
  
 明らかに、奴隷の時代の彼らが求め守ろうとしていたのは、日本語でいう「家」としての家族ではなかった。個が殉ずるものとしての「家」ではなかった。日本語の「家」にはそういう背景があるから、わたしたちはべつの結びつきを意味するとき、「マイホーム」とか「ニューファミリー」とかいわなければならない。「大家族」もまずいから、コミューンという。
 奴隷の身分にあった彼らが守ろうとしたのは、愛情の絆とたがいのいのちだった。しかもそれは開かれ広がりうる性格をそなえたものだった。(藤本和子『塩を食う女たち 聞書・北米の黒人女性』)

 「絆」という言葉がずっと苦手だったが、この「絆」には、こころを強く揺さぶられた。愛情の絆という言葉は、「家族の絆」とちがって、自分を息苦しくさせない。広がりのほうへ、深さのほうへ、ひらかれていく気がする。