2018年7月25日水曜日

拾い読み日記 51


「青年期、ジッドの著作を読むことはわたしにとってたいへん重要でした、そしてなによりもわたしが愛したのは彼の『日記』でした。それはその不連続な構造、その五〇年以上にわたる「パッチワーク」の面でたえずわたしを魅了し続けた本です。ジッドの『日記』では、すべてが起こります、主観性のあらゆる光彩の輝きが。読書、出会い、省察、そしてくだらないことさえも。わたしの心をとらえたのはこの面であり、それでわたしはたえず断章で書きたいと思うのです。」(ロラン・バルト『声のきめ』)

 昨日、夫が買った本を、すこし読む。自分もいろいろ買ったけれど、人が買ったばかりの本を読むのは、たのしい。表紙の写真がいいなと思う。ロラン・バルトはロラン・バルトらしい顔をしている。夢みるように、何かをみている。

 ニワトリや山鳩が鳴いている。雲が多くて陽射しはいつもよりきつくないけれど、湿気と暑さが、からだにこたえる。昨夜は雨音をひさしぶりに聴いた。