2020年3月7日土曜日

拾い読み日記 162


 しごとのあと、本屋をのぞき、そのへんで一杯のみながら本を読むのが、最近のたのしみだ。神保町は、本屋もカフェも多くて、いい。
 東京堂でカサーレスかビラ゠マタスか、ちょっとなやんで、すでに読んだことのある『バートルビーと仲間たち』を買った。ビラ゠マタスの翻訳、もっと出るといいのに、と思いつつ。

 路地裏の、シャンソンが流れるカフェに入って、白ワインをたのみ、本を開いたら、背後でずっと説教している男がいた。仕事の仕方から文章の書き方から話し方から、淡々と、ネチネチと、後輩の女性に、ダメを出している。
 イヤフォンをして自然の音を流しても、バッハを聴いても、ぜんぜん読書に集中できず、30分ほどであきらめて、立ち上がった。
 レジで、1500円です、といわれ、えっとうろたえて、「……ワイン一杯で?」というと、「二杯じゃなくて?」とレジの女性がいう。うろたえながらも、「一杯です」とどうにかこたえると、「800円です」と、ふつうにいう。なぜこちらだけうろたえなければならないのか、釈然としない気持ちで店を出た。気付かないうちに二杯のんだのか? いやそんなはずはない、ともやもやがしばらくおさまらなかった。

 『バートルビーと仲間たち』の出だしを、書きうつそう。

 わたしは女性に縁がなかった。背中が曲がっているが、つらくてもそれに耐えるしかない。身内の人間で近しいものはひとり残らず死んでしまい、哀れな独身男としてぞっとするような事務所で働いている。そうした点を別にすれば、幸せに暮らしている。とくに、一九九九年七月八日の今日は、この日記を書きはじめたせいでいつになく幸せな気分にひたっている。

 800円といわれたけれど、今レシートを見てみると、800円に消費税で、880円だった。ワインはゲヴェルツトラミネールで、まあまあ、おいしかった。