2019年3月7日木曜日

拾い読み日記 90


 仄聞するところによると、ある老詩人が長い歳月をかけて執筆している日記は噓の日記だそうである。僕はその話を聞いて、その人の孤独にふれる思いがした。きっと寂しい人に違いない。それでなくて、そんな長いあいだに渡って噓の日記を書きつづけられるわけがない。(小山清「落穂拾い」)

 午後、珈琲をのんだら眠くなり、少し寝た。起きたら、頬にセーターの跡がついていた。なかなか落ちついた気持ちになれない。何かしなくてはいけないことがあると、静かな時間をつくることは困難だ。
 眠いのは雨のせいか、季節のせいだろう。朝もなかなか起きられない。時間に追われて張り詰めていたころは明け方に目が覚めたりしたので、今は、気持ちがゆるんでいて、それはたぶん、いいことなのだろう。
 ブラームスのチェロ・ソナタを聴いた。この曲が、あの曲だったのか、と知った。雨の日は、バッハより、ブラームスが似合うと思った。