2024年4月9日火曜日

拾い読み日記 298


 昨日は、散り始めた桜の木のそばで、ビールをのんだ。今日は、強い雨風で、桜の花びらが一枚、また一枚と、ベランダまで飛ばされてくる。桜の季節はそろそろおわりだけれど、欅に続いて銀杏の木も芽吹いて、あたまからうすみどり色のレースをまとったようなすがたに見とれる。

 もやもやとさわがしい気持ちをしずめる言葉を必要として、古本屋で買った、ペーパーバックのエミリ・ディキンスンの詩集を手に取り、開いた。
 ある事情から、この詩集の前の持ち主を知っている。英文学者で、会ったことはないが、その人の本は、読んだことがある。うっすらと親しみを感じている。その人は、この詩集を、どんなふうに読んだのかわからない。だいぶ古びていて、何度もめくられたようだ、ということは、わかる。

 「本の頁に/ほら おまへがのこした指紋がその言葉をきいてゐる」(立原道造「室内」より)

 ページの上で、指と指が、眼差しと眼差しが、言葉と言葉が、交差する。一瞬、そのひとの気配を感じたとき、奇妙にしずかな気持ちになった。