もやもやとさわがしい気持ちをしずめる言葉を必要として、古本屋で買った、ペーパーバックのエミリ・ディキンスンの詩集を手に取り、開いた。
ある事情から、この詩集の前の持ち主を知っている。英文学者で、会ったことはないが、その人の本は、読んだことがある。うっすらと親しみを感じている。その人は、この詩集を、どんなふうに読んだのかわからない。だいぶ古びていて、何度もめくられたようだ、ということは、わかる。
「本の頁に/ほら おまへがのこした指紋がその言葉をきいてゐる」(立原道造「室内」より)
ページの上で、指と指が、眼差しと眼差しが、言葉と言葉が、交差する。一瞬、そのひとの気配を感じたとき、奇妙にしずかな気持ちになった。