表参道を歩いていたらオーバーオールを小粋に着こなした知り合いの男の子にばったり会いました。彼とは年は10歳くらい離れていますが、数年前に肩をならべてタイポグラフィを学んだ、いってみれば同級生のようなものです。やけに強い陽射しの下ですこし立ち話をして別れたあと、ふらっと立ち寄った古本屋さんで、『VOU』を買いました。それから喫茶店で、買ったばかりの冊子をいそいでかばんから取り出して、活字とレイアウトの硬質な美しさに胸を高鳴らせつつぱらぱらめくってたら、ある詩を読んで、さっき別れた人のことをふわりと思い出しました。
blue 伊藤元之
コカ・コーラをのんだ少年が
“スカッと!さわやか”
に透明人間になった
〈空があまりにも青い〉
と思ったら
宇宙パイロットになったきみの風船だったんだね
(『VOU』115号〈1968年6月〉より)
「詩ってなんですか?」「どういうのが詩ですか?」と、以前にいってた彼。なんどもなんどもヤマモトのモトをまちがえる彼。やけにメールが短い彼。あまり本を読まない、わけではないだろうけど、本を切実に必要としない人の、まぶしい健やかさ。本を買うこと、読むこと、なにかを書くことは、どこか健全でないような、うしろぐらいような感じがすることがあります。とくにこんな、光にあふれた夏のはじまりのような日には。
本棚から突然救済の翼が静かに、懐かしい予言者のように降りてくる、この妄想が振りはらっても振りはらってもわたしをつかまえている日がある。そんな日には本は見つからないことが多い。妄想のほうが激しいためどんな本もあの翼の形には合わないように思えてくる。帰って、とらわれているなにかのための言葉を探す。貧しい自分の中にしか、それはなかったりする。
(中村和恵『キミハドコニイルノ』彩流社)
今日もなにかにすがりたいような、ただわけもなく救われたいような気もちで、本棚の前に座りこんでいたら、奥のほうから何年か前に買った冊子が出て来て、開いてみると最近知り合った人の文章が載っていました。どれどれ、と読んでみたら、自分とおなじ匂いがして、なんだかちょっと安心しました。
さてこれから部屋の片付け。居間にぽこぽこ出現していた「本の斜塔」を、しかるべき場所に移動させようと思います。
追伸 レジに知り合いの店員さんがいると本が買いにくい…ので、そっと棚に戻しました。かたじけない