彼女にとってだいじだったのは、人生に自分をむきだしに曝すこと、そうすることで、「傘なしに悪天候のなかにいるように」、人生がじかに彼女に降りかかるようにすることだった(「なにをしています? なんにも。生をわたしに雨と降りそそがせているのです」)。(ハンナ・アーレント『ラーエル・ファルンハーゲン』)
生は、わたしにじかに降りそそいでいるだろうか。「生」を「人生」に変えて問うてみると、そのこたえは異なる気がしたが、どこがどうちがうのか。うまくいえないからこそ、そのちがいは、だいじなことのように思える。
朝、光るうろこ雲をみた。真珠の飾りがついた毛布のような、きよらかさとやわらかさのある雲で、窓から、ベランダから、何度もみた。ひかりがおだやかに降りそそぐ。雲をみているひとにも、みていないひとにも。
