2024年7月23日火曜日

カフカを読みながら

 


 丸田麻保子さんの詩集『カフカを読みながら』(思潮社)の装幀をしました。(高遠弘美さんの本では「装訂」でしたが、思潮社では、「装幀」です。)
 装画は鈴木いづみさん。編集は藤井一乃さんです。

 この詩集を手にした人のこころに、すっとなじむかたちになっていたら、さいわいです。わたしも、また、しずかなきもちになって、ひとつひとつ、詩篇をたどっていきたいと思います。

 表題作「カフカを読みながら」のように、この詩集を読みながら(読んだあと)眠ったら、夢をみました。夢のなかで、9年も前になくなった人のことを心配していて、起きてから、もう、心配しなくていいのだとわかって、すこし、ほっとしました。目がさめたとき、喪失感もあったけれど、ひさしぶりに会えたようなふわっとした感じもあって、微妙に混乱していて、なんだか、詩集のなかにはいりこんだような夢でした。
 それから、夢をみることと読むことの類似について、とりとめもなく、かんがえていました。
 
 鈴木いづみさんの作品展「誰にも知られずに」が、代々木上原のapril shopにて、まもなく開催されます。

 また、小縞山いうさんと鈴木いづみさんの本『しるすされない』(デザインしました)も、取り扱いのお店が増えましたので、お知らせします。

dessin(中目黒)
B&B(下北沢)
benchtime books(西荻窪)
twililight(三軒茶屋)

 どこかで手にしていただけたら、うれしいです。

2024年7月21日日曜日

拾い読み日記 306

 
 昨日、異常に暑い体育館で試合があった。朝から16時ごろまで。6試合やって、2勝4敗だった。暑さでどうにかなりそうだったが、水をたくさんのんで、隙を見てロビーで涼んで、どうにか、のりきった。

 いいラリーができると、楽しい。知らない人と、息を合わせて、複雑な踊りを踊りきったような達成感がある。それから、一体感のようなもの。来歴のわからない、同年代か、もっと年上の女性たちと真正面から向かい合って、球を打ち合うことが、好きなのだと思う。同志、というとたぶんおおげさだが、そんな感じ。みな、つよい気持ちをもって、ひとりで、「ここ」に、立っている。不安と緊張のなかで、自分の持っている力を、すべて出し尽くしたいと思う。力は、自分だけで出すものではなくて、相手によって引き出されるものだということが、よくわかる。応えたい、と思う。

 田中真知『風をとおすレッスン』を読み進める。自分のなかにいるさまざまな「わたし」の存在に、思いを馳せる。悪霊になりかけている「わたし」も自分の大切な一部である、というくだりを読んで、そうか、と思った。わたしの悪霊を、追い払うのでなく、よろこばせるもの、なだめるものを、ひとつでも、見つけていくことが、できればいい。もしかしたら、卓球もそのひとつかもしれない。

2024年7月18日木曜日

拾い読み日記 305


 疲れきって眠っても朝まで眠りが続かず、午前2時ごろに目をさます日が続いていたので、このところは、昼間に眠気がおとずれたら、積極的に、眠るようにしている。眠りの波に、すうっと身をまかせ、ただよいにいくイメージで、寝床にはいる。

 筋肉の痛みも、ようやく取れてきた。ただ、まだ、右肩に、少し痛みが残っている。

 長時間バスにのって、知り合いの家にいく夢をみた。その家で、ふと、足もとを見ると、右と左の靴が違っている。右足にはヒールのあるブーツを、左足にはスニーカーか何かを履いていて、おどろいた。どうしてここまで気がつかなかったのか、と思った。

 昼寝からさめて、詩集を開いた。「午睡」の連作があったので、読む。(ぼう、ぼう、)という文字を見たとき、よみがえった音がある。うなるような、低い、かすかな歌声。耳の中で鳴っていたのか、遠くから聞こえていたのか、わからない。

 あたまの中に、あたらしい、あいまいな六面体があらわれる。

2024年7月4日木曜日

拾い読み日記 304

 
  先週、カルダーの展示を見に、Mと麻布台ヒルズというところにいってきた。ふたりでさんざん迷って、閉まる30分前に到着して、展示をみた。静かで、やや暗めのギャラリーだった。 木の匂いがした。どことなくマンションのモデルルームみたいだった。
 ゆかいな色と形のモビールを見上げていると、あかるい光と風のなかにモビールを持っていきたい気持ちになったけれど、そう思うだけで、すこし、あかるい光と風のなかに、招かれている、ともいえる。
 カルダーの絵は、どこか、ミロに近いようだな、と思ったせいだろうか。見終えてから、展示のことを話題にするとき、カルダーのことをミロといってしまう。ミロの展示、よかったね。ミロじゃないよ。カルダーだよ。7回くらいまちがえたらしい。そうとう、疲れているのかもしれない。脳が。
 カルダー展でみた映像。少年がモビールを見上げる目が、きらきらしていて、とても素敵だった。

 柴崎友香『あらゆることは今起こる』を読むと、思い当たることがたくさんあった。パニックになりやすい(でもまわりからはそう見られない)とか、眠りすぎるとか、たくさんの人と会った翌日は頭の中でずうっと話をされているみたいでぐったりする、とか。すべて脳の性質によるのだ、と思うと、多少、気がらくになる。