2023年6月9日金曜日

ある日/読むひと


夜、友人と食事して、帰り道。いきつけの焼き鳥屋に夫がいるのが、窓から見えた。カウンターで、熱心に本を読んでいる。中に入って声をかけようか、と一瞬思ったけれど、やめておく。彼の貴重な読書の時間を、邪魔したくなかった。
ところが、家に着いたら、彼がいた。聞けば、見かけた直後に店を出たらしい。べつの道を通って、早歩きで帰ってきた。ふしぎでもなんでもないことなのに、狐につままれたみたいだった。
夜が明けても、彼のまぼろしを見たような、奇妙な感じは抜けない。ページを射貫くような、強くまっすぐな目で本を読んでいたひと。またどこかで彼を見かけたら、やはり声はかけずに、だまって通り過ぎるだろう。