眼鏡をはずすと、本棚にならぶすべての本は輪郭をうしなう。あいまいで、やわらかなかたまりになり、今にも漂いだしそうになる。水のなかにいるようなぼやけた視界で、本をみつめ、数冊の本をつかんで、身にひきよせる。
いつだったか、美術館の「ロスコの部屋」で、眼鏡をはずしてみたとき、とつぜん絵が接近してきて、たじろいだことがあった。にじんだような赤や茶色から、血や土のなまあたたかささえ感じられ、洞窟か、胎内にいるみたいだ、と思った。絵がとけだして、自分のなかに入ってくる。描かれたものに、いだかれる。
また本が読めるようになった。そのことを、とても、幸福に感じる。机の上には、ベンヤミン、中西夏之、李禹煥、ラルフ・ジェームズ・サヴァリーズ。