え、と思うほど、それはちいさかった。種みたいなもの、花みたいなもの、うつわみたいなもの、糸、透ける布、これは、ひとの爪? いや、そんなわけはなくて、なにか、ささやかな、なにかの痕跡。
ぼうぜんとしていたと思う。ちかよってみたり、はなれてみたりした。そっと、それらをふきとばしてしまわないように、しずかに。そのものの大きさと、とりまく景色がすこし変わった。あたらしく、あらわれつづけているようだった。
それがなにかはわからないままに、これはじぶんのためにつくられたのだ、ということは、わかった。ここに、いまいる、わたしのために。これまでいきてきて、ようやく、ここにやってきた、わたしのために。きっと、いわわれて、いのられている。
もっといろいろなことを、たくさん、ふかく、感じたかったけれど、できないうちに、時間がきた。うながされ、身をかがめ、それらとわかれた。
帰りに入ったカフェで、持ってきた白い本をひらこうとしたが、近くの席で数名のやり手っぽい人たちが、自動車業界におけるSDGSの話をしていて、そのはきはきした声がやけによく聞こえるので、読めなかった。
今日のなごりに、白くて四角い石みたいなおもたい本を買って帰って、駅に着いて、いきつけのお店でひらこうとしたが、隣で若い男女が、奨学金の返済や自己破産の話をしていたので、気になって、読めなかった。
帰り道、沈丁花の花がにおって、夜道がきよらかなものになった。
このところ、じぶんのための精神的な居場所を、じぶんの手でつくることについてかんがえていたけれど、それは、遍在するものなのかもしれない。つくろうとして、つくれるものではないのかもしれない。