2018年3月4日日曜日

拾い読み日記 26



 あたたかな風が吹き荒れている。ニワトリも相変わらず鳴いている。さまざまなものたちが動きだしている気配に、春だなあ、と思う。

 昨夜、作業のあと出かけて、本屋でなんとなく『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン)を買った。かつて持っていたし、読んだことはある気がしたが、開いてみたら、また誘われているような気がして。そのあといつものお店で、ゆっくりと読んだ。言葉を追ったり、写真を眺めたり、顔を上げたり、森を散歩するように、気ままに。
 
「鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレイン——夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ——のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。」

 やさしくてみずみずしい言葉にふれられて、身体に力がみなぎるのを感じた。よい夜だった。
 
 今日も一日、製本の日。その前に近所をすこし歩いてみよう。さっき、畑に二羽の白鶺鴒がいた。身体の色が、白、黒、灰色で、上品で美しい。尾を上げ下げする様子は、かわいらしい。

 「……毎日視点を新たにします こんなにさまざまなことに近づきたい気持ちが 毎日ふくらんでゆきます……指で掘った穴の中に 植物と動物の名をうずめます そのあと草に座って しだの形とくじゃくの尾を愛でるのです」(ズビグニェフ・ヘルベルト) 7年前に手帳に書きとめた言葉を、ふと思い出した。たしか、安曇野のちひろ美術館で手にした本で拾ったのだっただろうか。そのあとこの本を買った気がするが、今は手元にない。
 知ることより感じることのほうが大事、とレイチェルはいう。