2024年1月24日水曜日

拾い読み日記 292

 
 人見知りというのはいくら年をとってもなおらないもののようで、はじめて会う人だけでなく、ひさしぶりの人と会うときにも、どこか、居心地のわるさを感じることが多い。
 このあいだも、ある催しに行って、知り合いの姿を何人も見かけたのだが、会が終わったあと、誰にも声をかけず帰ってしまった。その日聞いた、ある人の、話と声があんまりすばらしかったので、誰とも話したくなかったのかもしれない。誰かと話したら、すぐに忘れてしまう気がして。

 先日、尾崎真理子『ひみつの王国 評伝石井桃子』を読み終えた。今年最初の読書。
 ときどき本の厚みを確かめて、101年という時間の長さに、思いを馳せた。今の自分からすると、だいたい、半分くらいだ。

 評伝を読んでいた20日間ほどのあいだ、くる日もくる日も、石井桃子さんがそばにいてくれるようで、心づよかった。
 年をとることには、なにかしら不安がつきまとうものだが、記憶しておきたいことを、書き留めておく。73歳で自伝的長編小説『幻の朱い実』の執筆を志し、準備をして、79歳で書きはじめ、87歳のときに刊行されたこと。89歳のとき、ミルンの自伝を翻訳するために英語のレッスンを受け始め、91歳で取りかかり、96歳で刊行されたこと。(そのタイトルは、『ミルン自伝 今からでは遅すぎる』。)

 「どうしたら平和のほうへ向かってゆけるだろう、と、人間がしているいのちがけの仕事が、「文化」なのだと思います」。これは、100歳になられた際のインタビューでの言葉。

 おかしな話だが、わたしという未熟な子どもに、これからますます、さまざまな経験をさせたい、よい本を読んでほしいと、大人のわたしが思っている。支配しようとしてくるものにあらがって、自分のあたまと手で、ものごとに向き合える人間になってほしいと。