『ある日 読書と断片』は、以下のお店で取り扱っていただいています。気になる方はどこかで見ていただけたらうれしいです。
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・葉ね文庫(大阪)
・blackbird books(大阪)
・本屋とほん(奈良)
・ほんの入り口(奈良)
・本の栞(兵庫)
・ロバの本屋(山口)
・ひとやすみ書店(長崎)
・Bareishoten(大分)
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本が読みたくなった、とか、何か書いてみたくなった、とかいわれると、作ってよかったなと思います。わたし自身も、読み返すと、そういう気持ちになります。
ヒロイヨミ社をはじめたころは、自分で自分の本を作ることなどまったく考えていませんでしたが、自分の身体や感覚にしたがって活動を続けてきたら、こういうものができた、という感じです。
このように書いて気付きましたが、以前は、自分で自分の本を作ることに、ちょっと、はずかしさを感じていたようです。でも今は、全然そんなふうには思っていません。
ヒロイヨミ社をはじめたころは、自分で自分の本を作ることなどまったく考えていませんでしたが、自分の身体や感覚にしたがって活動を続けてきたら、こういうものができた、という感じです。
このように書いて気付きましたが、以前は、自分で自分の本を作ることに、ちょっと、はずかしさを感じていたようです。でも今は、全然そんなふうには思っていません。
すきな映画監督が、10年ほど前に対談でいっていました。「職人的な、手仕事的な部分をつねに持っておくことが、ぼくには必要なんだ。仲間との関係から生まれる部分、ちょっとした日曜大工的な部分。もしすべてがあまりにプロ風になってしまったら、なぜ自分が映画をつくっているのか、わからなくなってしまうだろう。自分が映画をつくる理由、それはまさに、ある特定のやり方で、近しい人々と一緒に映画をつくるためだ。この社会とは別のところで自由の空間を手にすること。撮影行為とはそういうものだ。」(ギヨーム・ブラック)
そのとき、この社会とは別のところで自由の空間を手にすること、という言葉に特にこころ打たれて、書き留めておいたのでした。
これからも、本の仕事をしながら、本を読みながら、書きたいことを書いて、作ってみたいものを作っていこうと思います。〈本〉とはなんだろう、という問いの渦中にいるために。自由の空間で、その問いをいきることができるように。
