2020年12月5日土曜日

拾い読み日記 219

 
 寒いので、家から出なかった。買いものも夜の食事づくりも夫がやってくれるので、のんびりしている。
 今日の仕事は、もう終わった。本棚から『永井陽子全歌集』をひきぬいて、ゆっくりと、ページをめくる。

 「モーツァルトの電話帳」の最後にある散文にひかれた。
 東京のホテルに着いて、疲れ切って、むしょうにモーツァルトが聴きたくなる。ウォークマンは置いてきてしまった。それで、自宅の留守番電話のメッセージの背後にかすかに流れる「トルコ行進曲」を、くりかえし聞く。「まるで虚空から一滴の真水を掬い取ろうとするかのように」。
 そこから、電話をめぐって、想像がふくらんでゆく。

 私が死んでも、部屋に電話が放置され、番号が生きているかぎり、私の分身はこの世に残り続けるのではないか。百年たっても二百年たっても、街を歩いていたその日のままに生き生きと。

 いなくなった人に電話をかけて、その声を聞いて、こころをしずめるようなことに似ているだろうか。疲れた夜に本を開いて、歌をよむということは。