2020年6月2日火曜日

拾い読み日記 188


 あたまのなかで何かが鳴り響いているのか、今はどんな音楽をかけても、うるさく感じる。
 アントニオ・タブッキ『レクイエム』を読み終えた。長い時間をかけて読んだ小説だから、読み終えるころには、淋しくて、ひきかえしたいような気持ちになった。「みんな、さよなら。そして、おやすみ。」もっとずっと読んでいたかったのに。
 読み終える、といったって、じつは、終えてなどいなくて、本を閉じたあとも、読書は続いていく。きっと、7月の暑い夜、どこかの街角で、なつかしい人影を見かけたり、耳元でささやく声を聞いたり、よぎる言葉に気をとられたり、するだろう。またどこからでも読めばいい。

 このレクイエムは、ひとつの「ソナタ」であり、一夜にむすんだ夢でもある。わが主人公は、同じひとつの世界のなかで、生者に会い、死者に会う。そこに出てくるひとびと、事物、場所は、たぶんひとつの祈りを必要としていたのだろう。そして、わが主人公には、物語という彼なりのやり方でしか、その祈りを唱える手だてがなかった。(「はじめに」)