2018年6月26日火曜日

拾い読み日記 37


 火災報知器が突然鳴りだした。あわててうろうろと家の中や外の様子をみてみたが、あたりは人気もなく、静か。においもしない。誤作動のようだった。しばらくどきどきが止まらない。心臓を鷲づかみにされるような、おそろしい音だった。

 しばらく本をよんで過ごしていた。何冊か読み終えた。ビラ=マタスの『パリに終わりはこない』を読み終えたときは、淋しかった。書くことをめぐる、長い、「さまよえる悪夢」の物語。語り手の孤独とアイロニーには伝染性があるかもしれない。「《とにかく書きなさい、一生書き続けるのよ》と彼女は私に言った」。彼女とは、デュラスのこと。いつかまた、はじめから読んでみたいような、読んでみたくないような、奇妙で愛しいねじれた小説。

 松村圭一郎『うしろめたさの人類学』と石田英敬『自分と未来のつくり方』を読み終えた。どちらも、読みやすく、わかりやすかった。「親切」な本。語りかけられている学生の気持ちで読み終えた。いい講義を聴いた感じ。

 たてつづけに読みとおしたので短いものが読みたくなって、石井桃子『みがけば光る』を手にとった。すきな作家の言葉はいつも、すっきりとして、穏やかで、やわらかだけれど、確かなてざわりがある。曖昧になってしまった自分の輪郭を取りもどせるような気がする。
 「私がほんとにしたいのは会に出たり、電話で応答したり、知らない人からの手紙に返事を書いたりすることではない。その間に、私は、日本の昔話をじっくりと読みあさり、家に本を読みにくる子の心をさぐり、私のなかから流れてくるものを書きたいのである。」(「私の周辺」)
 「私がほんとにしたい」ことと「私のなかから流れてくるもの」は、なんだろう、と考えた。それを大切にしたい。暑いけれど、風のある日。