2018年2月23日金曜日

拾い読み日記 20


 雨の音で目が覚めた。雨樋の雨が地面を叩くぱちぱちという音が、揚げ物をする音に似ていた。目が覚める直前、夢の中で、隣人が何か揚げていた。その前の夢は、何かとても奇妙でロマンチックなものだった気がする。

 今日は400枚印刷。刷り色は黒。ムラや印圧の調整に時間がかかり、試しながら刷っていた。半分くらいきたところで、これがいい、と思える刷り具合になった。刷るまではそれはわからなかった。たくさん刷っていると、途中で、何をしているんだろう、とほんの一瞬だけ、笑いたいような気持ちになる。
 作業の合間に『ヴァルザーの詩と小品』を少し読んだ。

「ひとはあこがれるものだけを手に入れる、所有する、——ひとはこれまでそうでなかったものに、なる。ぼくはそこに実際いる人間というよりひとつのあこがれ、ただあこがれの中にだけ生きている人間、どこからどこまでひとつのあこがれにすぎない人間だった。ぼくは何の値打ちもないからこそあるひとりの人間の、享受の中に漂い、ちっちゃなものだからこそあるひとりの人間の胸の中という結構きわまる場所に住んでいた。自分を愛してくれるひとの魂の中に手足を伸ばしていられるのは、とても言葉にはならないほどうっとりすることだった。こうしてぼくは歩み出した。歩み出した? いや、歩み出したというより——ぼくは虚空を散歩したのだった。」(ローベルト・ヴァルザー「夢(Ⅰ)」)

 この作品の語り手は、ほとんど、夢想そのもののように思われる。
 
 言葉が流れていく。それを追うことに疲れたとき、ヴァルザーを読みたくなるのは、逃避だろうか。シェルターのようなもの。sanctuaryといっても、よいのかもしれない。しばらくは本棚の中に隠されてある、そういう場所を転々としていたい。 
 
 機械を洗浄する前に、ホットワインを作って飲んだ。金柑とスパイスと蜂蜜を入れた。まだ少しだけ、喉が痛い。